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薬草の野原

「これがお義母様、これがリールお義姉様、こっちがニームお義姉様の荷物です。下着はここに入っていて、ドレスはこっちに……」

 

 お義母様のお部屋で。

 私はテキパキとトランクを用意し、お義母様たちに説明します。

 お泊りの間は自分のことは自分でしなくちゃならないんですよ、しっかり聞いておいてくださいね!

「あ〜はいはい」

 なのにお義母様たちったら適当に聞き流してるし。

 もう知らないんだから。

 私が手を止めずせっせと荷造りしてるっていうのに、

「もういっそサンドリヨンを侍女として連れて行こうかしら。ねえ、お義母様?」

「あら、いいこと言うわねリール」

 人の話を聞く気がないリールがとんでもない提案をしだすし。

 いつもなら催し物に連れて行くなんて即却下なお義母様も、リールの言うことにまんざらでない感じに頷いています。


 はあ? 私までお泊りに連れて行くですって?


 いやいや待って。私には私の予定ってもんがあるんですよ勝手にそっちの都合に組み込まないでいただきたい。

「私のようにみすぼらしい娘を連れていたらお義母様たちが笑われてしまいますわ。おやめになった方がよろしいのでは?」

 お貴族様の別荘なんてとんでもない! 私は薬草を摘みに行くという大事な約束が……っと、それは内緒内緒。

 ここは大げさに慌てたふりして遠慮すると、

「ふん、確かにサンドリヨンの言うことは一理あるわね」

 悔しいけどお義母様、納得です。

 そうそう。母娘三人水入らずで遊んできてください!

 私は私の道を行きますので。


 なんとか三人とぎっちり荷物の入ったトランクを馬車に乗せ、追い出す……ゲフゲフ、お見送りすることに成功しました。




 いやっふぅぅぅ。久々のおひとり様! って、のびのびしている暇はありません。私も早く支度してトロワのお店に急がなくちゃです。

 トロワとの約束は午前十時。私のせいで配達を遅らせるわけにはいきません。

 私は急いで自分の支度に取り掛かりました。

 汚れてもいい普段着を着、底がフラットな編上靴を履きます。これで歩きやすいし動きやすい。あとは日焼け予防の帽子、軍手代わりの手袋、喉が渇いた時用のお水をカゴバッグに入れたら準備完了です。

 私はいそいそと市場に向かいました。


 なんとか約束の時間よりも少し早い目にお店に着いたのですが、トロワはちょうど荷馬車に荷物を積み込んでいるところでした。

「リヨンごめん、あともう少しだから」

「ううん、私が早く着いただけよ。慌てなくていいからね。待ってる間、おばあちゃんの薬局に行って最終確認してくるわ」

「終わったら呼びに行くよ」

「は〜い」

 

 ということで、私はおばあちゃんの薬局に寄って、薬草を入れる袋と今日摘む薬草を教えてもらうことにしました。


 薬局に入ると、おばあちゃんはもうすでにいろいろ用意してくれていました。

「今日は基本的な薬草を摘んできておくれ。乾燥させて使うものから順番に摘んでいくんだ。そのまま使うものは最後の方に摘むんだよ」

「了解です!」

「摘んだものはこの袋に種類別に入れる」

「了解です!」

 おばあちゃんから麻袋を何枚か受け取りました。種類を書くタグもあります。

「あまり欲張っちゃダメだよ。使いきれる分量、持てる分量だけ摘む」

「了解です!」

 おばあちゃんの注意をよく聞きメモします。

 順番ね、ふむふむ。

「詳しく説明している時間もないから、ここにいろいろメモしておいたよ。道中読みなさい」

「はい!」

「それから、この袋は、困った時に開けるんだ」

「困った時?」

「ああ。ま、開けることがないように祈ってるけど」

「ふうん?」

 おばあちゃんは私にノートと、小さな巾着袋を渡しました。困った時ってなんだろう?

「ねえおばあちゃん。この巾着の中——」

 巾着の中身が気になった私が、おばあちゃんにそのことを聞こうとした時、


「リヨ〜ン。そろそろ出発するよ〜」


 と、出発準備の整ったトロワが呼びに来ました。

 ああ、そうだ配達もあるし、急がなきゃ。

「あ、今すぐ行く〜。じゃあ、おばあちゃん、行ってきます!」

「気をつけて行ってきな」

 さっきの巾着のことはノートに書いてあるでしょう。あとで調べたらいいことだもんね。

 私はおばあちゃんから受け取ったものを全部カゴバッグに入れて、薬局を飛び出しました。




「ふふふふふ〜ふ〜ふ〜ん〜」


 荷馬車の荷台に乗せられて、山道をガタゴトのんびり進んでいきます。

 一頭立ての荷馬車。

 横にはお酒の入ったボトルがいろいろ。木箱に入って整然と積まれています。

 隙間に私。

 トロワがフワモコクッションを用意してくれていたおかげで、なかなか快適です。これでおしりと背中が痛くない〜。

 一緒に前に乗る? と聞かれましたが、道中おばあちゃんが渡してくれたメモやノートを読みたかったので遠慮しました。

 てゆーか、この荷馬車の御者台はそんなに広くない!

 大人が一人余裕で座れるくらいの広さです。二人だとピッチピチじゃないの、まったく。

 でも荷馬車の荷台で揺られていると思い出すのは某子牛を売りにいく曲。ついつい鼻歌。

「なんの歌?」

「子牛を売りに行く歌〜」

「はあ?」

「ねえ、もうそろそろ? まだな感じ?」

「うん、もうすぐだよ」

 

 民家が立ち並ぶ都のはずれを出てのどかな田園風景を抜け、私たちは山を登り始めていました。トロワの向かっているのはこの山の上にある集落で、私が行きたい薬草の群生地はその途中にあるのです。


 進めど進めど森。森。フォレスト。


 周りは木だらけで(当たり前か)、地面は落ち葉や枯れ木ばかり。じめじめしたところを好む薬草もあるけど、暗い森の中一人で黙々とそれを摘むのは……初心者には寂しすぎるから今は遠慮したい。もっと上級者になってからトライします。

 そんなところかドキドキしていると、

「もうすぐ森が開けたところに出るんだけど、そこがリヨンのお目当ての場所だよ」

「そうなんだ」

 トロワによると、そこは開けたところだそうです。よかった〜。

 やっぱり薬草はしっかりお日様の光をいっぱい浴びて栄養満点になっててほしいですもんね。それに今回は香り付けの花もあるから、やっぱり鬱蒼とした森じゃあ育たなさそうだし(勝手な推測)。


 おばあちゃんの地図によると、そこで欲しい薬草は大体そろうみたい。張り切って摘まなくちゃ。

「じゃあ、そこで私だけ降ろしてもらって、また帰りに拾ってくれるのでオケ?」

 トロワが配達に行ってる間にチャチャッと摘めば、トロワの邪魔にならないと思って言ったのに、

「えっ? 何言ってるの? もちろん僕も一緒に手伝うよ」

 御者台から振り向いたトロワが驚いた顔しています。って、こっちが驚きですよ! あなた仕事どーすんの。

「トロワは配達があるでしょ! 山の上の村の人も待ってるじゃない、待たせちゃダメよ。私なら一人でも大丈夫だから」

「ダメだよ。配達は別に今日中ならいいんだよ」

「そんなアバウト!?」

「そんなもんだよ〜。ほら、野獣が出たりするからリヨン一人ぼっちになんてできないよ」

「うそ!? そんな危険動物出るの!?」

 おばあちゃん、そんなことひとっことも言ってなかったよね!?

 私が思わず慄くと、

「出るよ〜。狼とか、野犬とか、熊とか」

「きゃ〜!! それ全部ダメなやつ!!」

 トロワが指折り数えるそれらはフツーに超危険動物じゃないの!

「ここにちゃんと猛獣除け用の銃もあるから、僕は大丈夫だけどね」

 余裕の表情でニコッと笑うトロワ。

「トロワさん、よろしくお願いします」

「素直でよろしい」

 背に腹は代えられないから! その代わり配達を手伝わせてもらいます!




 トロワの言う通り、しばらくすると森が開けて明るい場所に出ました。

 草や花が生い茂って絵本の中の野原みたいです。

「わぁ! 綺麗なところ〜」

 私は大きく深呼吸しました。マイナスイオンで日頃のストレスをリセットだ。

「うんうん、綺麗だよね。何度も通って来たところだけど、まさかここが薬草の群生地だとは知らなかったなぁ」

 トロワも感心しています。

 深呼吸してる場合じゃなかったわ。さっさと薬草摘んじゃわないと。トロワがのんびりしてるから、ついつられちゃった。

「さあ! 張り切って摘むわよ〜!」

「頑張るよ〜」

 まずは乾燥させて使う薬草からだったわね。


 おばあちゃんから預かったノートを開け、目当ての薬草を探します。

「これをまずは探して……って、あった!」

「これ?」

「そう」

 野原を分入って地図の示す場所に行くとちゃんとありました。おばあちゃんの地図正確だわ〜。

「葉っぱを乾燥させて使うから、葉っぱだけを採ってね」

「了解」


 二人でせっせと集めると、あっという間に袋いっぱいになりました。欲張らず、ほどほどに、でしたよね。


 袋の口をぎゅっと縛りタグをつけたら、張り切って次いってみよ〜!

 おばあちゃんの地図はやっぱり正確で、迷うことなく次々に欲しい薬草が手に入りました。これも魔女の魔法なのかしら。


「わぁ……すごい崖……」

 薬草の全てが安全な場所に生えてるわけもなく。

 切立った崖っぷちに生えてるものもあったりしました。おばあちゃんの地図にも『この先崖! 要注意!』って赤色で書かれてます。危険なのは見れば分かるって!

「その、崖のところに生えてるのが必要なんだね?」

 二人で崖の下を覗き込みます。

 崖の下、一メートルくらいのところに少し飛び出したところがあって、そこに欲しい薬草が生えてるんです。でもその下はどれくらいあるがわからないくらいの谷になってて、下の方に川が流れてるのが見えます。落ちたら一巻の終わりってこともわかります。

「そうなんだけど……ダメだ」

「リヨン! 大丈夫!?」

 あまりの高さにくらっとめまいがして後ずされば、すかさずトロワが支えてくれました。

 しっかりとした男らしい腕に、思わずドキッとします。

 いやいや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


 諦める? あ〜でもその草って保湿成分なの。絶対欲しいの。


 危険と商売、両天秤にかけたらすこーんと商売に傾きました。ええ、商売大事。

「ん〜、どうしようかな。地面に寝そべって手を伸ばしたら届く?」

 私は地面に這いつくばり、崖から手を伸ばそうとすると、


「ダメだよ! もう、危ないんだから!」


 慌てたトロワがひょいっと私を抱き上げ、崖から離してしまいました。

 もうちょっとで届きそうだったのに!


 って、お姫様抱っこ!!


 自分の現状に気がついて、今私は真っ赤になってると思います。トロワったら、なんでお姫様抱っこなんてするのよ〜! 引っ張り上げるくらいでいいじゃない。

「重いから降ろして!」

「はいはい。崖から離れたら下ろすよ」

 そう言うとトロワは、崖っぷちから少し離れたところに私を降ろしました。


 崖下覗いた時よりドキドキしてるわ。


 私は赤くなった顔をごまかすために口を尖らせ、プイッとそっぽを向きました。

「だってその草、絶対欲しいんだもの。じゃあ、トロワが後ろで支えてくれる?」

「それもダメ」

 トロワが支えるなら大丈夫かなと思ったのに、これも即ダメ出しくらいました。もう、どうすりゃいいのさ!

 諦めきれない私が採る方法を考えていると、


「あの草だね? 危ないからリヨンは後ろで見てて」


 そう言って今度はトロワが地面に這いつくばると、そのまま崖下に手を伸ばしてしまいました。


 その姿を見てギョッと慌てたのは私。


 うっわ〜! これすっごい危険じゃない!


 自分がやるぶんには気になりませんでしたが、他人がやってるのを見るとハラハラします! そりゃトロワに止められるわ。

 トロワは片方の手を崖の淵に添え、片方の手を崖の下に伸ばしています。


 ああもう、ハラハラする〜!


 声を出したらトロワがバランス崩して落ちそうだし、でもじっと見てらんないし……。

「〜〜〜〜〜!!」

 私は指を組み、声にならない声を上げながら見守ります。

 そんな私の心配とは裏腹に、トロワは不安定なこともなく、ひょいひょいと薬草を採っては地面に置いていきます。

 その姿が頼もしく見えて。


 ひょろっとしてるように見えて、やっぱり男の人なんだなぁ。


 さっき抱きとめられた時の腕といい、私を軽々と抱き上げた力といい、そして今みたいに、危ないことは私にさせず自分でしちゃうところといい。

 

 ……キュンとしちゃったかも。


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