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まだまだ勉強中

 薬局で売れたお化粧品の売り上げの一部を『働き賃』としていただくことで合意した私と魔女のおばあちゃん。

「でも、私がお化粧したことで売れた化粧品と、そうでないものの区別ってつかない気が」

「どの子も大抵『リヨンちゃんが使ったのは〜』って言うからわかるし、ここにきた娘の顔くらい覚えておるて」

 ちょっとしたことが気になりおばあちゃんに尋ねたら、カカカッと笑い飛ばされました。さすが商売人。お客の顔くらい覚えてるってね、すごいです。

 おばあちゃんは売り上げの半分をくれると言いましたが、さすがにそれはもらいすぎでしょう。ということで六四ということになりました。それでももらいすぎな気がしますが、おばあちゃんは本業の薬の方で儲かってるから気にしないそうです。本業も原価0円だもんね。


 まだまだ軌道に乗ったとは言い切れませんが、これでとりあえずお仕事が見つかりました。


「このお仕事が順調になってきたらお屋敷を脱出する算段しなくちゃ。家もいるし、何よりどうやって……」


『子爵令嬢リヨン』を失踪させるか。


 これはかなり難しい問題です。焦っちゃダメ。


 そもそもお父様の件が片付かないと身動き取れませんが、事故からかなり経っています。ショーレからは『探しているから諦めないで』と言われているけど一向に連絡がありません。さすがにこれは厳しいかなと、覚悟はできています。

 とにかく『見つからなかった、諦めて』という知らせが入ったらすぐにでも家出が決行できるように準備をしておかなければ。

 まだいろいろ時間がかかるでしょうから、『リヨン失踪』の件はじっくり考えることにしましょう。


 初めてのお給料が入った麻袋を両手で弄びながら考えにふけっていると、


「え? リヨンはフォルカルキエのお屋敷を辞めるつもりなの?」


 トロワがびっくりした顔でこちらを見てきました。

「あ、うん。いずれは」

 てゆーか、準備が整い次第さっさと出ていきたいところだけど。

「子爵家って、待遇良さそうなのに」

「そんなことないよ!!」

 トロワは何の気なしに言ったようですが、私は食い気味に返事しました。

 待遇最悪ですよ。なにせタダ働きですから。……というのは言えません。

 ブラックもブラック。超ブラック。食事と部屋があるだけマシでしょうか?

 私が勢いよく否定したから、トロワがちょっと引きましたね。

「そ、そうなんだ」

「あ、うん、まあね。そもそも子爵家で働いてるのだって、いつか自立するためのお金を貯めるためだからね」

「えらいね。リヨン!」

 引き気味だったトロワが、一転してニコッと微笑みました。


 ごめんなさい。真っ赤な嘘です。


 純粋に褒められると良心が痛むわぁ。

 お父様の事故さえなければ、私は未だに〝普通のお嬢様〟だったでしょう。

 なんの運命のいたずらか〝サンドリヨン〟になっちゃって、気がつけばお嬢様から転落、タダ働きの使用人の身ですよ。

 前世の教訓から身の丈に合った生活をしようと思って、運命ストーリーに逆らっているわけですよ。王子様のお妃様なんてごめんですからね!

「あ、でもこのことはお屋敷の奥様たちには内緒にしててね。そんなことを聞いたらいい気しないでしょう?」

「そうだね。わかった」

「ありがとう、トロワ!」

 

 実行前に計画が漏れるとか、絶対ダメ!




 メイクは、やはり私の都合もあって、今のところ週に一から二度ほどしかできません。それでも私のいないうちにお化粧品を買い求めてくれるお客様がいるので、ちょっとしたお小遣い程度にはバイト代(私が勝手にそう呼んでいる)がもらえるようになりました。

 もちろんバッチリ貯金してますよ! どこにかは内緒です。


 いつものように、午後からの時間が空きましたので、予約のお客様のメイクをすることになっています。

 今日のお客様は私よりも年上の、きりりとしたしっかり者っぽい人でした。

 アルルちゃんの近所のお姉さんで、小さい頃から面倒を見てくれていた人だそうです。

 切れ長の涼しげな目元が印象的なお姉さん。

 流行りのこってりメイクで素顔がわかりにくいけど、パーツは悪くないと思うんですよね。お化粧落とさないことには断言できないけど。

 パンダ目メイクに濃ゆいチーク。……って、何もかもが似合ってなくて残念です。

「まずはお化粧水で肌を整えていきましょうね」

 もはや最初のステップとなったメイク落としから。今度おばあちゃんに言って『メイク落とし兼お化粧水』の開発してもらおう。

 優しくソフトにメイクを落としていくと。


 あらららら。


 すっぴんのお姉さんは、予想以上にめちゃくちゃ美人さんでした。


 やっぱり。パーツ、よかったですもんね。配置もよかった。

 しかし、美人さんをさらに美人に……って、きゃ〜!! 腕がなります!

 素材を殺さず、最大限に引き出す。頑張らせていただきます!

 私が素晴らしい素材おねえさまを前に指をワキワキさせていると、

「あの……、私でも綺麗になれるかしら……?」

 不安げに聞いてくるお姉さま。

 私〝でも〟!? 何を言ってるんですかむしろ上の上ですよあなた!!

 むしろ控えめなのが奥ゆかしい。

「周りには『ケバ子』だの『派手子』だの、散々言われてきたの。だから、好きな人はおろか、誰からも相手にされず今まできちゃった。周りは結婚してる子が増えてきたというのに」

 お姉さまは悲しそうに言いますが、それ、そのお化粧のせいですよ絶対。

 合わない化粧は魅力半減どころか激減させてしまいますからね。

 中にはこってりメイクが似合う人もいますよ。でもお姉様はその人たちとは違うんです。

 しかしお姉さまをブス呼ばわりした男どもは見る目ないですね。メイクの下に埋もれた素顔を見たらビビっちゃうかも。

「大丈夫です! 私が魔法をかけてあげますよ。自信を持ってくださいね」

「ほんとう?」

「もちろん!」

 私がドンと胸を叩くと、お姉様はホッとしたように微笑みました。

 さ、そろそろメイク再開しましょうか。

 あんまり素肌のまま放置してたら乾燥しちゃいます。乾燥はお肌の大敵。

 私がマッサージと保湿のためのクリームを手に取ったところで、カランカランと入り口の扉についたベルが鳴り、


「リヨン〜。今日の買い物は終わったの?」


 のんびりとした声とともにトロワが薬局に入ってきました。

「あら、トロワ。今からメイクをするところなの。だから買い物は——」

 この後でするわ、と答えようとした時。

「きゃっ!」

 と言って、お姉さまが顔を隠してしまいました。

「え?!」

「なに?」

「おや、まあ」


 どうしたどうした!?


「お姉さん?! どうしました?」

 両手で顔を覆い机に突っ伏すようにしているお姉さまを覗き込むと、

「お化粧してない顔を見られるのはちょっと……」

 さすがは奥ゆかしいお姉さま。

 なるほど、女心ですよね!

 私ったらうっかりそんな配慮を忘れていました。

 前世で、彼氏と一緒にカウンターに来るお客様も多かったから、男の人が立ち会うという抵抗がなかったんですね。しかもトロワは彼氏じゃないし。すみません。

「ああ、そうですよね」

 すっかり女子力低下してるわぁと反省していると、

「ほれほれ、トロワはしばらく店に帰ってな」

 おばあちゃんがトロワに向かって手を〝しっしっ〟と振っています。トロワ、犬かい。

 でもトロワは犬扱いを気にすることなく、

「うん、そうだね。ごめんごめん。じゃあリヨン、メイクが終わったら店に寄って」

「うん、そうする」

「じゃ」

 お姉さまにもう一度『ごめんね』と言うと、あっさりと薬屋を出て行きました。

 これからは、メイクする日をトロワに教えておいて、店に来ないようにお願いしといた方がいいですね。勉強になりました。

 トロワが出て行って、ようやく落ち着いたお姉さまにメイク再開です。

 凛々しい美人さんなので、可愛い感じよりもクールな感じが似合いそうです。でもやりすぎると冷たい印象になってしまうので、ここはさじ加減が重要ですね。

 クールさの中に甘さを入れて……って、自分でハードル上げてどーすんの。


 いやいや、お姉さまのため。お客様の満足のため!


 目元が綺麗なのでしっかり輪郭を取ってあげましょう。黒だときついのでちょっと抑えて紺色に。シャドウはうっすらと青色でクール。

 キメの細かい美しい肌には、白粉はうっすらと。

 口元は……どうしようかなぁ。

 お店に置いてある口紅のラインナップを見ながらチョイスするのですが、ピンとくる色がありません。

「おばあちゃん、口紅ってこの色しかないの?」

 濃い赤、濃いピンク、濃いオレンジ。かろうじてローズピンク、コーラルレッド。

 今まではこれでなんとかなったんですが、今日はちょっとニュアンスが違うんですよねぇ。

 私が今欲しいのは、ボルドーっぽい深い大人っぽい赤なんです。

 混ぜるっても、今ある色合いじゃあ欲しい色目ができません。

「そうだねぇ。うちじゃ流行りの色しか置いてないから、それしかないねぇ」

 おばあちゃんところの品揃え、意外と流行のものだったんですね。当たり前か。

「ほらもっとこう、ミルキーなのとか、スモーキーなのとか、シャイニーなのとか……」

「なんだいそれは。新しい呪文かい?」

「ごめんなさい」

 ないならしょうがない。

「う〜む。じゃあ、奥の手」

 濃い赤のリップにブラウンの粉(主にアイメイクに使用)を混ぜましょう。マットになっちゃうけど仕方ない。

 塗った後にももう一度上から軽くブラウンの粉を乗せて。

 ボルドーとはいかないけど、真っ赤よりはダークな感じの色ができました。

 ブラウン入ってるから柔らかい感じになったし。


 どうでしょうか! 今日も完璧です!


「どうでしょう?」

 鏡を渡しながらお姉さまに聞きます。

 いつでもこの瞬間がドキドキします。

 わたし的にはお姉さまにバッチリ合うように考えてメイクしたつもりですが、本人が気に入らないと全てが水の泡になっちゃいますから。

 お姉さまは黙って鏡を受け取ると、黙ってじっと見つめています。


 しばし、沈黙。


 無言とか、ちょー怖いんですけど。

 気に入らなかったのかしら。思っていたのと違ったのかしら。

 冷や汗が吹き出てくる!

 今まで結構すぐにリアクションあったから、こんなこと思ったことありませんでした。

 う〜ん、もっとお姉さまの好みとか取り入れながらの方がよかったかしら? カウンセリングは基本だったよね?! 今になってじわじわといろんなことを思い出してきました。『恋の魔法使い』とか言われて調子に乗ってました。

 まだまだ勉強不足だなぁ。

 お姉さまが黙っている間にも、私はひとり脳内反省会を繰り広げていました。

 でもこれって収穫よね。これから改善していけばいいんだもの。

 何事もポジティブシンキングです。


 と、考えが前向きになったところで、

「すごい、これが私なんだ……」

 うっとり、という感じでお姉さまがつぶやきました。

 お姉さま、ひょっとして今までフリーズしてただけ? しっかり者っぽいけど、結構天然?

「そうですよ。お気に召しましたか?」

 気にくわないといった感じの反応ではないので、思い切って聞いてみると、

「自分ってわからなかったわ。すごく、素敵。ありがとう、リヨンちゃん」

 ふわっと微笑んだお姉さま。まさに花が咲きほころぶといった感じ。

 メイク前の不安そうな顔は霧散し、一転晴れやかな顔になったお姉さまは更に魅力アップです。これはもう、モテモテ間違いない。

 お姉さまは足取りも軽やかに帰って行きました。




「さっきの話だけどね」

 お姉さまが帰って、私も帰り支度をしているとおばあちゃんが声をかけてきました。

「さっき?」

「そう。口紅の色が〜ってやつだよ」

「ああ、あれね」


「欲しい色があれば自分で作ればいいよ」

「はい?」


 おばあちゃんがこともなげに言ってきましたが、前世も今も、私はただのカウンターのお姉さん。

 さすがに商品開発、というか、製造はしたことないんですけど??

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