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交渉成立

 私、『魔法使い(そっち側)』なの!?


 アルルちゃんは無邪気に笑ってるけど、私はかなり動揺しています。


 だって私が『サンドリヨン』だったんじゃ?


 私がサンドリヨンじゃなかったら、王子様から逃げようと頑張ってたのって大いなる勘違い、とんだ自信過剰ヤローじゃないですか!

 チョ〜恥かしいわ。


「リヨンちゃんの魔法はすごいよね〜」

「だって私、彼に『お前、めっちゃ可愛くなったな!』って褒めてもらえたもんね」

「私も私も」

「だよね〜」


 キャッキャウフフと盛り上がるアルルちゃんとアミーちゃんを、私はジトンと見ることしかできません。

 ……あれ? でも。


 ああ、これはさらにチャンスかも。


 私が『魔法使い』なら、『王子様のお妃様』になることはなくなりますもんね。

 つまり、私が積極的に『本物のサンドリヨン』を探して王子様の元に無事届ければいいんですよ! 『サンドリヨン』と書いて『身代わり』と読むのは気のせいです。


 やっぱりいい流れになってきました。わたし的に。


 さっきの衝撃から立ち直ると、俄然やる気が出てきました。よ〜し、このままこの波に乗るぞ〜。波に乗って平凡な生活を手に入れるぞ〜!

 まずはこの『恋の魔法使い』というのを定着させなくちゃ。うふふ、なんだかカリスマ美容部員みたいでかっこいいですね。考え方を変えるだけで超ポジティブシンキングになりました。

 それにはたった二例だけじゃまだまだ甘いですね。もっと頑張らなくちゃ。

 そしてメイク(これ)でお金を稼ぐ方法も確立しなきゃね。

 お金を稼ぐことが軌道に乗ったら、最後は『子爵令嬢のリヨン』を上手くフェードアウトさせることが最大の問題になるわね。う〜ん、どうやって雲隠れしよう? ショーレが全力で捜索したらすぐに手がかりつかんじゃいそうだしなぁ。ここは慎重に、うまいこと考えないと。

 考えることがありすぎて時間が必要ですね、こりゃ。

 フェードアウトの件はこれからぼちぼち考えるとして。

 まずは『恋の魔法使い』を定着させることから始めましょう!


「ふふ……ふふふふ……」


「リヨンちゃん、なんか一人で笑ってるね」

「最近忙しかったって言ってたから、疲れてるんじゃない?」


 アルルちゃんたちが私を見てヒソヒソしていたようですが、自分の考えに没頭していた私は気付きませんでした。




「こんなところで盛り上がって、どうしたの?」

「トロワ!」


 そこにひょいっと顔を出したトロワ。


 ……って、トロワ!


 あの日以来ぶりのトロワとの対面に、私の胸の鼓動が跳ね上がりました。

 ちょっとまって、心の準備が。あれから時間は経ってるけど、なんか顔合わせづらいっつーか、なんつーか。

「リヨンちゃんにお化粧してもらったら可愛く変身できた〜って話」

「そうそう! リヨンちゃんのお化粧って、魔法みたいよねって」

「へぇ。そうだね、確かにリヨンはお化粧上手だよね」

 二人がさっきまでの話をトロワにしているけど、私一人がドキドキして会話に入れません。

 平常心、平常心。今まで通りに接したらいいのよ、何も変わることないから。……って、今まで意識したことなかったから普通がわかんない。

「あれからリヨンちゃんがしてくれたのを真似してお化粧してるんだけど、あんなに上手くいかないわ」

「そうかな? アルル、十分可愛いけど」

「トロワもそう思うでしょ?」

「うん」

 私は適当な笑いを顔に貼り付けたまま固まっているけど、三人の話は途切れることなく続いています。

「ほんと?」

「うん、ほんとだよ。アルルは花屋の看板娘なのに、これじゃぁ花が霞んじゃって困るよ」

「もうっ! トロワったら褒めるの上手いんだから! あ、でも褒めても私はもう彼氏いるからね!」

「あはは! そうだったね」

 穏やかな笑顔を浮かべてアルルちゃんを褒めるトロワ。嬉しそうに笑うアルルちゃん。

 確かにアルルちゃんは可愛い。でも。


 なんでそうナチュラルに褒められるかなぁ?


 楽しそうな二人にイライラする私。

 あ。まただ。またこの感じ。


 う〜ん…………。


「トロワって、褒めるの上手だね。きっとそれで勘違いする子いそう」

「そう?」

 アミーちゃんの言葉に意外そうな顔をしたトロワは、私の方に顔を向けてきました。ちょっと、こっち見ないでよ。

「さあ?」

 そっけなく答えましたけど。




 私の思った通り、アルルちゃんたちから話を聞いた女の子が『メイクをしてほしい』とお願いしにやってくることが増えました。

「『恋の魔法使い』に魔法をかけてもらうのには、私にまず話を通してね〜」

 と、いつの間にかアルルちゃんが仲介役になっています。宣伝・営業してくれるってありがたいです。ついでにマネージメントもしてもらえたら嬉しいなぁなんて。まあ、メイクをしてほしいとお願いしてくるのはだいたいアルルちゃんのお友達か、そのまたお友達ばかりだから自然とマネージャーみたいになりますよね。

 でも私は基本使用人の身。

 買い物には自由に出られるけど、そう長居することはできません。あまり外出時間が長いとお義母様たちからお小言くらうんですよね。

「どこをほっつき歩いてたの! 家の用事もほったらかして!」

「申し訳ありません」

 昼寝から起きたお義母様とかが勝手口で仁王立ちしてることもあります。そんな待ち構えなくても、って思うけど。

「小腹が減ったから、お茶とおやつを持ってきてちょうだい」

「はい! 急いで用意いたします」

 それ、家の用事じゃないじゃん。……とは言えません。

「つまらない物買って、無駄使いしてるんじゃない?」

「とんでもございません!」

 ジロッと睨みながらお義母様が言いますが、無駄使いしてるのはそっちでしょ! ……とも言えません。

 逆らわずおとなしく。その場はやり過ごすに限ります。


 とまあこんな感じなもんで、私にはあまり時間がありません。メイクするのもせいぜい一日に一人が限界。それも不定期開催。

 それでも途切れずメイクの依頼がくるからありがたい。むしろ『気まぐれ魔女の恋の魔法』とかいってレアがられる始末。二つ名が増えてるよね? しかも痛い方向で。すごく恥ずかしいんですけど!!


「リヨン、すっかり最近忙しそうだね」

「まあね」

 

 今日もトロワは、私が女の子に『魔法をかける(メイクする)』のを感心しながら見ていました。好きな人のために可愛くなろうって思う乙女心、男の人でも理解できるものかな?

 とりあえずお義母様たちががっつり昼寝をする日だけ限定で、薬局でメイクをしています。

 今日もアルルちゃんのお友達に『恋の魔法』(もう開き直り!)をかけてあげました。

 あだ名が増えているように、私の『魔法使い』という肩書きは順調に定着してきているようです。羞恥心は後回し。

 で。後はこれをどう金儲けにつなげるか、なんだよなぁ。

「はぁ〜。(お金欲しい)」

 年頃の女の子のつぶやきとしては不適切なので、後の言葉は心の中だけに止めてますよ。

 私がため息をついていると、

「おやおやリヨンはお疲れのようだね。まあ、これを飲んで元気を出しな」

 魔女のおばあちゃんが甘い香りのハーブティーとクッキーを持ってきてくれました。

「わぁい! おばあちゃん、ありがとう!」

 おばあちゃんの淹れてくれるお茶は適度に回復の魔法が効いていて元気になるし、何より味がいいんです。

 最近ではメイクをした後に出してくれるのが定着しています。

 お疲れな私に合わせてブレンドしてくれたハーブティーをありがたく味わっていると、

「はい、これ」


 そう言っておばあちゃんが差し出したのは、ふくらみのある麻の小さな巾着。


 私の持ち物じゃないのに、どうしてこれを出してきたのかしら。

 意味がわからなくて小首を傾げていたら、

「リヨンの働き賃だよ」

 と言って私の手に巾着を握らせました。同時に聞こえる『ジャリッ』という硬い音。


 私の働き賃? 私いつバイトしたっけ??


 やっぱりキョトンとしていたら、

「リヨンがここで若い娘たちに化粧をするようになってから、うちにある化粧品がどんどん売れるようになったんだよ。『リヨンちゃんが使ってくれたの、これですか?』ってね。今まで以上に売れるから、これはリヨンの取り分だよ」

 今までは流行りが『こってりメイク』なゆえに、塗装……ゲフゲフ、色塗り……これも違うな、白粉や口紅、チークなど、どちらかというと『メイクの仕上げ』のものばかりが売れていたそうなのですが、私が『基礎化粧』としてマッサージをしたり保湿に重きをおくことを伝授したことによって、化粧水やクリームなどの、基礎的な化粧品が売れるようになったそうなのです。

 おばあちゃんがそう説明してくれました。


 なんと。知らないうちに販促してたのか〜!!


 そしてこれが初給料! 手のひらの上の麻袋を見ながら感激します。

「とっ、トロワ! どうしようお金、いただいちゃった!!」

 家でも給料なんてもらったことない、タダ働きなのにね!

「うん、そうだね。リヨンが心を込めてお化粧したから、みんなも『次も使いたいな』って思って買ってくれるようになったんだから、ありがたくいただいておきなよ」

 そう言ってポンポン、と頭を撫でてくれるトロワ。

「でも場所代とか、お茶とかお菓子出してもらったりしるし……」

 やっぱりなんとなく遠慮してると、


「場所代なんて気にしないでいいんだよ。お茶だって、うちの庭で育ててるハーブを使ってるんだからタダも同然。お化粧品も、私が薬草集めて作ったものに魔法をかけてるだけだからタダも同然。リヨンはそれを売ってくれてるんだから、ありがたくもらっておいておくれ」


 まさかの原価0発言! 利益率百パーセント!!


 いやいや。人件費は計上してね、おばあちゃん!


「じゃ、じゃあ、遠慮なく……」

「そうそう。これからも、化粧品が売れたらそのいくらかはリヨンに分配するのでどうだい?」

「というと?」

「リヨンはここでうちの化粧品を使って化粧をする。うちはそれで売れた化粧品の一部を、リヨンの取り分として分配する」

「なるほど。ウィンウィンですね」


 すかさず出した私の右手をおばあちゃんががっちり握る。固く交わされる握手。


 交渉成立です。


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