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令嬢たちは排除する

 ……おかしい。

 物語の中の王子様はかっこよくて優しかったはず。


「なのになんでお妃候補がバトルロワイヤルしてても放置なんですかねぇ……」

「ん? リヨン? 何か言った?」

「いいえ、何も」


 微妙な思いを抱きつつ、私はシャルトル王子とヴィルールバンヌ侯爵令嬢とメリニャック侯爵令嬢が、表向きは三人で楽しそうに(・・・・・・・・)おしゃべりしているのを遠巻きに見ています。おしゃべりって言っても、お嬢様方が主に話をしていて、時おり王子様が相槌うってるだけですけどね。ヴィルールバンヌ嬢とメリニャック嬢が取っ組み合いしても、王子はきっとスルーなんだろうなぁ……こわっ。

 そして談笑する三人の周りには、それぞれのご令嬢方の取り巻きのお嬢様方が、お互いを牽制し合いながら控えています。以前、私に飲み物を引っ掛けたにっくきお嬢もいますね。

「もういっそ、両方とも正妃にしちゃえばいいのに」

「それはさすがにできないよ」

 ショーレが苦笑いしました。

 そうですね、正妃が二人なんて争いの元にしかなりませんもんね。

「政略結婚なんだし、どっちでもいいならくじ引きにする?」

「いやいやいやいやいや。……ほら、メリニャック家は侯爵が財務大臣でしょ。財務系の貴族を抑えてるし、一方のヴィルールバンヌ家の方は軍部を司ってるから、武門の家にモノが言える。今、どっちも力が強いから、むやみにその均衡を崩すわけにいかないんだよ」

 やれやれといった感じでショーレが肩をすくめました。そりゃあ確かに決めがたいですね。

「あら〜……。いろいろ大変ね」

「そ。いろいろ大変なの」

「じゃあいっそ、その二つの派閥じゃない、第三勢力的なところから選べばいいじゃない」

 おお、私いいこと思いついたじゃないですか。なんのしがらみもないところから正妃様をもらい、ヴィルールバンヌ嬢とメリニャック嬢は側室にする、と。そうしたら立場は一緒だから全て丸く収まる。

 さっそくショーレに提案したんですが、

「そりゃ僕たちも考えたさ。でも実際王子に近付けようとしたら、あの二人(・・・・)が邪魔してくるんだよ……」

「じゃあ、よその国からお姫様もらってきましょ!」

「それも考えたさ。でも、なぜか(・・・)こちらの国に来る際に邪魔が入って来国できなかったりするのが続いて断念した」

 曰く、途中の山道ががけ崩れで通れなくなって来れないだの、出したはずの親書(王子様の釣書)が届いてなかっただの。

「メリニャック嬢……ヴィルールバンヌ嬢……」

 すごいねその執着心! そこまでして王子様をゲットしたいの!? あの王子様のどこがいいのかさっぱりわからないわ。

「てゆーか、たまたま偶然が重なったのかもしれないけど、もし、もしもよ? それらが意図的なものだったとしたら……国際問題じゃないの?」

「もちろんちゃ〜んと調査はしてるから。大丈夫」

 そう言ってニコッと微笑むショーレ。とっても素敵な微笑みなのに、なぜだろう、黒いものを感じる……。


 私がショーレからお妃選定の現状を聞いていると、視界の端に我が義姉たちが見えました。

 二人してどこに……あっ、まさか王子様にアタックとか!?

 いや、ちょ、まって。やめた方がいいって空気読んでお義姉様!!

 突然のお義姉様たちの登場に私が顔色を変えていると、私の視線を追ったショーレが、

「おや、いいところに第三勢力の登場だよ。まあ見てるといい」

 なんて涼しい顔して言ってるけど。


 それ、うちの義姉様たちだから!! うちのお義姉様、いいサンプルにされてる〜!


 私たちの予想通り、お義姉様たちは王子様たちのところにまっすぐ向かって行きました。

 でも王子様の元にたどり着くには、まず取り巻きのお嬢様方を乗り越え、次に侯爵令嬢たちを踏み越えないといけません。

 まずは第一の砦・取り巻きお嬢様方からですね!

 取り巻きお嬢様方はリールとニームを冷たい視線で見つめ、待ち構えています。しかし当のリールとニームはそれに気付いているのかいないのか、

「失礼いたしますわ〜! わたくしたち、王子様に一言ご挨拶を申し上げたいんですの」

 だからちょっとおどきになって〜と、正面から突撃していきました。

 そんな鈍感力全開の二人に向かってお嬢様方は意地の悪い微笑みを浮かべると、

「あら、ご挨拶はとっくになさったんじゃありませんの?」

「必要ないんじゃなくて? 何回ご挨拶したって、王子様の目には止まりませんから」

「そうですわ。時間の無駄ですし、お帰りになられたら?」

 三倍になって返ってきました。


 お、お嬢様方怖いっ!!


 さすが第一の砦。私はお嬢様方の氷の嘲笑に引きました。優雅に微笑んでるけど、言ってることがちっとも優しくないの!

 でもうちのお義姉様たちには通じていないようで、

「あら、ではあなた方も王子様に顔を覚えてもらおうとここにいらっしゃるのかしら?」

 しれっとニームが言いました。ニーム、勇者か。

 あまりお嬢様方を刺激したら、ドレス汚されたり破かれたり、恥かかされますよ!

 私はハラハラしながら見守っていたのですが、意外とニームの口撃が効いたらしく、

「はぁ!?」

「……そ、そんなこと……っ!」

「何をおっしゃってるのかしら、わたくしにはわからないわ」

 明らかに動揺、しどろもどろになるお嬢様方です。おや、あなたたちってば侯爵令嬢の取り巻きなのに、あわよくばとか狙ってたんですか?

 それはそれで怖い世界です。

 リールとニームはお嬢様方がひるんだ隙にぐいっとかきわけ、王子様たちに近付いて行きました。

 まさかの第一関門突破!

「おお、リヨンのお姉さん、なかなかやるねぇ」

「私もびっくりよ」

 ヒュゥっとショーレが軽く口笛を鳴らしました。

「でも次はラスボス……じゃなかった、侯爵令嬢相手だから、さすがにどうかしら」

「楽しみだね」

 ショーレ……この状況を楽しんでるんですか……。まったく。

 ニコニコ笑っているショーレを呆れ目で見ているうちにも、お義姉様の次なるアタックは始まっていました。

 

 第二関門・両侯爵令嬢です!

 

「ごきげんよう、シャルトル王子様。わたくしはフォルカルキエ子爵家のリールと申します」

「同じく、ニームと申します」

 最上級の笑顔(※当人比)で王子様にご挨拶するお義姉様たち。おっと、名前を名乗れました! これは王子様に届くか!?

 さすがに無愛想王子が義姉たちに目を向けたところで、


「あらぁ、フォルカルキエ子爵といえば、先日の嵐で行方不明になられたとか?」

「お父様の生死もわからぬデリケートな時期だというのに、パーティーになど参加していてもよろしいのかしら?」


 王子様が何か言う前に令嬢方にぶった切られてしまいました。

 

 さすが鉄壁のガードです。的確に痛いところを突いてきましたねぇ。

「えっ……」

「ええっと……」

 今度はお義姉様たちがしどろもどろになる番でした。

 そうそう、令嬢方の言う通り。私もこんなパーティー来てる場合じゃないですね! しかも私の場合実子だし。そうだそうだ、今度からパーティー辞退しよっ……

王家側こちらが招待してるんだから、関係ない」

 王子様じゃなくてショーレがボソッとつぶやきました。しかも私をじとんと見ながら言ってるし?

 そっすか。

 これでお城にこない言い訳できた〜お嬢様、ナイス! と喜んだのも束の間、エスパーなショーレに考えを読まれて先制パンチ食らいました。

 やっぱりフェードアウトできませんか。

 向こうは向こうで、


「子爵の件はこちらも手を尽くして探している。気にすることはない」


 そう言うだけ言ってワインのグラスに口をつける王子様。あら、会話終了ですか?

「さすが、シャルトル様。お優しい」

「だそうよ。よかったわね」

 王子様の後を継いで令嬢方がお義姉様たちに声をかけると、『はいこれで会話終了』とばかりにお義姉様たちに背を向け、再び王子様とのご歓談体勢に入りました。

 令嬢方、共通の敵が来た時は共闘するんですね。やっぱ怖いわ。




 お義姉様たち(第三勢力)が弾かれるのを目の当たりにしました。これじゃぁなかなか王子様の縁談が進まないはずですよ。

 でもこれはいい時間稼ぎになりますよね。

 お妃選定に手こずってる間に私は家を出て貴族社会からおさらばするんです。え? 物語の中の舞踏会は『国中の女の子を集めて』だったじゃないかって? そんなもん、お腹痛いだとか風邪ひいたとか仮病使ってお休みすればいいんだしなんとでもなるわ。庶民が一人くらいいなくったって誰も気付かないし気にもしないわ。ああ、それまでに子爵令嬢としてのリヨンの存在をうまく消さなきゃね。ああ、どうやったらいいのかしら。

 いっそ魔法で消えてしまいたい……って、魔法! そうだ、魔法だ。魔法使いだ。

 王宮にも魔法使いっているものなのかしら?

「ねぇねぇショーレ」

「なに?」

「お城にも魔法使いっているの?」

 魔法と、それを操る存在を最近知ったばかりの私です。何気なくショーレに聞いたのですが、

「え? いるけど、今頃その質問!?」

「え? むしろそんな一般的な存在!?」

 めっちゃ驚かれました。

 知らなかった……。魔法使いはそんなにポピュラーな存在だったんだ……。

「ほ、ほら私あまりお城にこないから……あはは」

「そっか。魔法使いは大きく『王宮付き魔法使い』と『一般魔法使い』の二つに分かれていて、前者は城で、後者はそれ以外で暮らしている。どちらも数が少ないから、国家で手厚く保護されているよ」

「保護されてるのね。魔女裁判とかなくてよかったわ」

「魔女裁判?」

「あ、なんでもない! ええっと、普段魔法使いさんは何をやってるの?」

「王宮付きは、国に関わることを色々とね。ああ、前に疫病が流行った後に色々対策を施した中に下水道の整備があったんだけど、汚れた水を浄化するのにも魔法が使われているよ」

 具体的には秘密だけどね、とショーレが教えてくれました。

 下水の処理がそんなファンタジーだったとは。驚きです。




「あ、そろそろハンドクリームがなくなるんだった。買いに行かなくちゃ」

「じゃあこれから行こうか」


 いつも通りに市場へ買い物に来て、トロワと会って、一通り買い物を終えた時にふと思い出しました。魔女のおばあちゃん謹製のハンドクリームはとてもよくって、手荒れがすぐに治りました。治った上でさらにツルツルになるから、もう手放せません。ハイスピードで使ってたからあっという間になくなってしまったんです。次は大事に使おう。

「あのハンドクリーム、すごいね〜。あっという間に手荒れ治っちゃったわ」

「ばあちゃんの作る薬は世界一だからね」

「ほんとだわ」

 トロワと他愛のない話をしながら市場の中を歩いていると、薬屋さんが見えてきました。


「ばあちゃ〜ん」

「こんにちは〜」


 私たちが扉を開けて中に入ると、


「あ! リヨンちゃん!」

「あら、アルルちゃん!」


 今日は先客がいました。


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