お妃候補が決まらない
トロワに連れて行かれた薬局で、まさかの魔法発見——!
薬師のおばあちゃん、めっちゃナチュラルに魔法使ってた! しかもトロワも、それが全然フツーのように見ていたし!
魔法、私が知らなかっただけでこの世には存在したのですね……。恐るべし。やっぱりここは物語の世界だったのか。
細かいところは微妙に違うけど、大まかな流れでは物語ベースに乗っかってる気がします。これは本気で運命に逆らわないと。
というか、とっても魅力的な(※社会的に)お妃候補がいるにもかかわらず、なかなか婚約しない王子が悪い!!
王子様がさっさとどこぞのお貴族様のお嬢様と婚約(もしくは結婚)してくれさえすれば、ここは『サンドリヨン』の世界ではなくなるんですよ。そしてこれが一番実現する可能性が高い! 王様たちだって王子様の近侍だってお貴族様たちだって、王子様のご婚約を心待ちにしてるんですよ? ここは空気読もうよ。
あ〜もう、さっさと婚約しちゃわないかなぁ。
……なんて思いながら、久しぶりのお城のパーティーに来たんですが。
「なんか、一騎打ちの様相を呈してきてませんかね、これ」
「う〜ん、まあ、そう見えるね」
いつものように私とショーレは目立たぬところで会場を観察しているのですが、ヴィルールバンヌ侯爵令嬢とメリニャック侯爵令嬢のライバル争いがヒートアップしていました。
お城ご自慢の満開のバラを愛でながらのダンスパーティーがあるそうで、私たちにも招待状が届きました。て言っても、恒例の王子様と顔合わせパーティーですけどね。
お城行事だから私も参加です。
さっさと王子が婚約しないから、こうしてお城に行く回数も増えるんです。うちは都住まいだからいいけど、地方在住のお貴族様はいろいろ大変だと思いますよ。衣装だとか交通費とか。地味に経費をゴリゴリ削り取るってい……あっ、これって密かに参覲交代ですか!?
もうどの令嬢でもいいから……以下略。
私は、今日は王女様から下賜していただいたドレスを着ていくことにしました。
同じお呼ばれに、連続で同じドレス(お父様に用意してもらったやつ)はさすがに着れませんからね。アクセントの飾りは、花屋のアルルちゃんが作ってくれたコサージュにしました。昨日市場に行った時に『花が余ったから、どうぞ』ってくれたの。ラッキー! 今度お菓子を焼いてプレゼントしなくちゃ。
これでちょっとはドレスの印象が変わるでしょ、って思っていたんですが。
「あら、サンドリヨンのくせにかわいいコサージュつけてるのね」
リールが目ざとくコサージュに目をつけ、
「あなたには似合わないから私がもらってあげるわ」
そう言ってニームがコサージュを取り上げてしまいました。
「…………」
抗議したって右から左、無駄な抵抗するだけ疲れます。私が何も口答えしないのをいいことに、さっさと自分の胸元につけようとしたのですが、
「ニームよりも私の方が似合うわよ」
横から手を伸ばしたリールがそれを奪いました。
「何言ってんの、リールよりも私の方が似合う!」
「いいえ、私よ!」
狭い馬車の中で二人が喧嘩を始めてしまいました。やれやれ。
せっかくアルルちゃんが作ってくれたんだけど、この人たちに取り上げられたらもう返って来ないわよね。しかしこの二人、仲悪いなぁ。
もうどうにでもなれと投げやりに見守っていると、
「何を言ってるの二人とも。私が一番似合うに決まってるじゃない。さっさとこちらによこしなさい」
そう言ってお義母様がひょいっとコサージュを取り上げ、さっさと自分につけてしまいました。早業です。
あっけにとられて見る私たち。
「「「…………」」」
つか、お義母様が一番大人気ない。
「本日もお招きいただき、ありがとうございます」
お義母様に続いて義姉たちと一緒に王様、王子様にご挨拶しました。
今日も麗しの王子様(笑)は、青い瞳も冷ややかに、私たちの挨拶に無表情に頷いて返すだけ。安定の無愛想です。
それでもお義姉様たちは王子様を見て目がハート、いつまでも眺めていたいようですが、私はさっさと王子の視界から消え去って壁の花になりたい。
王子様にご挨拶してるだけだというのに、さっきからずっとヴィルールバンヌ嬢とメリニャック嬢がこっち見てるし! 早く退散しなくちゃ目をつけられちゃいますよお義姉様たち!
またドレス汚されるとか、ごめんです!
すでに経験済みの私はこっそり、しかしそそくさとその場を後にしました。
ようやく私が念願の壁際をゲットしたところでショーレがやってきました。
「リヨン、久しぶりだね! 体調はどう?」
「ああ、ショーレ! 久しぶりね。すっかり元気よ、ありがとう」
ショーレのお見舞い攻勢で社交界フェードアウト計画は台無しになったけどね! 大丈夫、根に持ってないよ!
私がにっこり笑って見せると、ほっとしたように顔を綻ばせるショーレ。安定の美形です。ショーレくらい柔らかい表情してたら『シャルマン(チャーミング)』と言われても『(笑)』はつかないんだけどなぁ。聞いてるかどこぞの無愛想王子!
とまあ、それはいいとして。
「顔色もよくなってるし、安心したよ。本当はフォルカルキエ子爵に関するいい知らせを持ってこれたらもっとよかったんだろうけど」
「お父様……やっぱりまだ手がかりはないのね」
「力は尽くしてるんだけど、ごめんね。もうちょっと待ってもらえるかな?」
「あ、うん、いいのよ! ありがとう。ショーレがこうして気にかけてくれてるだけでも私は嬉しいわ」
「ごめんよ」
すまなさそうに謝るショーレですが、ほんと、行方不明の子爵ごときをこうして気にかけてくれてるだけでもありがたいです。
お父様が見つかれば、ストーリーから脱出できるんだけどなぁ。
こっちは運次第ですね。
それよりももっと手っ取り早く物語を変える方法、王子様ですよ、王子様!
「ところで、王子様のお妃様はまだ決まらないの? お妃候補のお嬢様方もそろそろ適齢期でしょ? あまり引き延ばしにするのもどうかと思うわ」
私は王子様と談笑するヴィルールバンヌ嬢を見ながら言いました。
輝く銀の髪と美しい青い瞳を持つ美少年と、サラサラ流れるようなストレートの金髪が美しい美少女。見た目はすごく絵になるなぁ……性格はどっちもアレだけど。
なかなかいい感じなんじゃないですか? 王子だってたまに口元だけ笑ってるし。
「いい感じですよねぇ、あの二人。でも後もう一息! 目が笑ってない。もっとこう、柔らかく包み込むような微笑みを浮かべたらイチコロだと……あ、もう令嬢は王子様にメロメロか」
「う〜ん、王子がそんな顔するかなぁ」
私が二人を観察していると、横でショーレが苦笑いしています。
「あらどうして? プランセ・シャルマンなんでしょう?」
「それは言わない約束でしょう」
「そんな約束した覚えありません」
私たちが他愛のない会話をしている間にも、王子様とヴィルールバンヌ嬢は〝傍目には〟微笑ましい感じで談笑しています。おっと、これはいい傾向じゃないですか? 『シャルトル王子、ヴィルールバンヌ侯爵令嬢とご婚約!!』という見出しが頭の中にババンと浮かんできました。
え、じゃあなに? 私は『お似合いですね〜! ヒューヒュー』とか言って盛り上げたらいいですか?
サクラはショーレとお義姉様たちにお願いして……と、私がお二人の盛り上げ方を考えていると、
「あ、きた」
ショーレがボソッと呟きました。きた? 誰が??
ショーレの視線を追ってみると、王子様とヴィルールバンヌ嬢が楽しそうにお話ししているところにメリニャック侯爵令嬢が割って入ってきたようです。
それはもうあからさまに、ヴィルールバンヌ嬢を『グイッ』っと押しやって。
「…………今、押しのけましたね」
あまりにも普通に行われたのに唖然とします。
「うん、いつもだよ。今日はメリニャック嬢が割って入ってきたけど、逆の時もあるから」
え? 逆って、王子様とメリニャック嬢がいい雰囲気のところにヴィルールバンヌ嬢が割って入ってくるってことよね。
「え? そんな茶飯事なの!?」
「うん、もはや見慣れた光景」
見慣れた光景と言うだけあって、ショーレは平然と見ています。
当の王子様はというと……こちらも普通に、何事もなかったようにワイングラスを傾けたりしてるし!? 気まずそうにするでもなく、メリニャック嬢を咎めるでもなく、ごく自然に会話を再開してるし!!
……王子様、あなた一体どんな神経してらっしゃるんですか!? あなたをめぐってお嬢様方が火花散らしてるんですよっ!
メリニャック嬢が割り込んできて、三人でまた談笑が始まりましたが、明らかにヴィルールバンヌ嬢の笑顔が引きつりました。メリニャック嬢は気にせず王子様だけを見てお話ししています。これはヴィルールバンヌ嬢を視界から外してますね!
見てるこちらがハラハラする三人! スリリングです!
見目麗しい王子様をめぐっての恋の駆け引き。周りも固唾を飲んで見守っています。
いったいどんな話をしているのか気になった私。飲み物を取りに行くついでにさりげなく近付いて会話に耳を傾けてみました。
「……しかしメリニャック侯爵令嬢様、人を押しのけて話に割り込んでくるなんて、はしたなくてわたくしには真似できませんわ」
「あら、わたくし、この間あなたに同じことをされましたわよ?」
「まあ、そうでしたかしら?」
「ええ。ずいぶんと物忘れが激しいようですわね?」
「まあ! お、おほほほほ」
「うふふふふ」
漏れ聞こえてきたのはそんな会話。
こ、こわい!!
見てはいけない、目を合わしちゃいけない。
そそくさとその場から離れて元の位置に戻りました。
「会話を聞いただけでも胃がキリキリする」
「まだこれがヴィルールバンヌ嬢だからいいものの、他のご令嬢ならもっとあからさまだからね」
「……今でも十分あからさまっすよ……」
「え? 何か言った?」
「いいえ〜? 何も〜?」
「この間は割り込み際にワインをひっかけてたっけ。それがわざとらしくなくて巧妙なんだよね」
あ、それ、私やられました! あの時は巧妙もクソも、取り巻きのお嬢様がビシャーっとかけていきましたけどね! そっか、さらに悪質になってるのかぁ。
「シャルトル様とおしゃべりしたり踊ったりしたら、後で嫌がらせにあったという話はちょくちょく聞こえてくるよ」
「ナニソレコワイ!」
お嬢様方、見た目は本当に楚々とした美少女なのにやることえぐい。
あれ? でも、そんな悪行(?)が近侍であるショーレにバレてるってことは、王子様にもバレてるってことじゃないの?
「ねえ? でもそれをショーレが知ってるってことは、王子様も知ってるってことよね?」
お嬢様方の本性を。
「うん、知ってるよ」
あっさりと答えるショーレ。
「えっ!? じゃあ、本性知ってるから婚約できないってわけ?」
「いやいや、そうじゃないけど。政治的なあれこれもあるんだけど、まあ、お妃になるんだからこれくらいの争いは生き抜くくらいの強かさを持ってないとね」
「えっ!?」
それどんなバトルロイヤル!!
自分の身は自分で守れと?
「じゃ、じゃあ、勝ち残ったのがアマゾネスみたいなのでもいいってわけ!?」
「ん〜。それはそれでいいんじゃない?」
美形王子の横に並び立つむきむきマッチョな女丈夫(っていうのかな??)……ごめん、ちょっと想像できない。ああでも、王子の好みがそれなら全然問題ないけど。
いや、その前にっ!
「王子、ちゃんと本命は守ってあげて〜!」
誰が本命か知らんけどね。いるかどうかもわからんけどね。
「そりゃあ王子だって本気で好きな相手は全力で守るに決まってるでしょ。でも政略じゃあねぇ」
そう言って肩をすくめるショーレ。
「薄情者〜!!」
そんな王子、絶対にごめんです!!
お貴族様からの陰湿な嫌がらせからは自己防衛(王子の庇護はあてにならん)とか、所詮子爵令嬢の身の私には無理すぎる!




