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魔法はあなたのそばにある

 新しくトロワというお友達(知り合い?)ができました。


 最近まで地方の支店で武者修行していたという彼は十七歳。都に戻ってきてからは酒屋さんの跡取りとしてしっかり働いているようです。


 トロワは立派にお店で働いてるけど、私ってどうなの?


『サンドリヨン』の物語ストーリーからドロップアウトすべく頑張らんといかんはずなのに。

 いちおう働いてるっちゃ働いている部類だけど、『自分の家』で『召使い』としてよ。三食住居付きだけど給料ゼロ。そしてこのままだと物語のままに……あわわ。

 やっぱりダメよねこの環境。労働環境的にも完全に真っ黒、ブラックだし。

 そりゃお父様が無事に見つかって帰ってきてくれたらまた話は別よ。物語は変わって、私はきっと元の『お嬢様』に戻るでしょう。でも、もし、お父様がこのまま帰ってこなかったとしたら……。

 やっぱりこんな家、早いところ自活する道を見つけてとっととおさらばしよう。子爵の位なんてお義母様たちにくれてヤラァ!


 今日も台所で一人、お義母様やお義姉様たちの使った食器を洗って拭いて片付けます。何度も言いますが食洗機ってすごい。ジャジャーっと洗って乾かしてくれるんだもの。

 さすがにこれまでお嬢様生活してきた私だから、家事労働なんて初めて。そりゃあ家事のやり方なんて前世の記憶でなんとかなったけど。でも実働はしてなかったわけで、この数カ月ですっかり手が荒れてしまいました。主に水仕事で。

 掃除洗濯炊事その他もろもろ、ぜ〜んぶ私一人でやってるんですよそりゃ手も荒れるっつの。

「あ〜! 食洗機欲しい掃除機欲しい洗濯機欲しい〜っ!!」

 なにこの生活感たっぷりな物欲。

 おおよそ十五歳の少女が欲しがるもんじゃないですけどね! 欲しいもんは欲しいんです!

 誰もいないと思って叫んでいたら、

「うるさい、サンドリヨン! わけのわかんないこと言ってんじゃないわよ!!」

 たまたま通りがかったリールに怒られました。

 うるさいですかそうですか。

「あ、ごめんなさい……」

 素直に謝ると、

「ったく、とろいんだから。さっさとしなさいよ! そうそう、後であんたがマルシェに行くついでに、化粧品屋を呼んできて。新色の口紅が出たそうだから、早速試してみようと思うの」

「わかりました」

 リールは用事を言うだけ言うと、さっさと部屋に戻って行きました。

 まったく人使いが荒いったらありゃしないんですから。こういうのは小間使いに言うべきものであって……って、そうだ。うちには私以外の召使いないんだった〜! あ〜私の仕事かぁ。

 それよりも。


 口紅の新色ですって! どんな色なのかしら? 


 私の場合、若い子的にワクワクするというよりは、どちらかっていうとお店側の視点でワクワクしてるんですけどね。だって前世は美容部員。

 でも残念なことにこの世界、化粧の上手い人ってなかなかいないんですよ。

 お義母様やお義姉様たちもそうなんだけど、おしろい塗りたくりーの口紅塗りたくりーの、なにしろ過剰塗装。頬っぺたなんて『おてもやんか!』ってつっこみたくなる感じにグリグリだし。

 上手な人もいますよ? でもそういう人はほんの一握りで、例えば王妃様お付きとかお姫様のお付きとかなんです。

 前世の仕事柄、私って流行りのメイク……っていうより、その人に合ったメイクをするのは得意なんです。

 だから、下手くそメイクをしている人を見るとつい手がワキワキと……。

 あ、ちなみにお義母様たちは自分でメイクしています。私にやらせると『きっとろくなことにならないわ』だからだそうです。よっぽど……げふげふ。ここは黙っておきます。

 マルシェに行く前にお化粧品屋さんに寄って行くか。お義母様たち御用達の化粧品屋さんはマルシェの手前にあったはず。

 うちに来る前からのご贔屓らしいその店は、誰もが羨む高級化粧品屋さん。老若貴賎を問わず誰もが一度は使ってみたいと憧れるお店なんだけどなぁ。チョイスを間違えるととんでもないことになるんだと、最近知りました。

 お店の人は悪くないですよ。ちゃんとアドバイスもしてお似合いの色とかを説明してるのに、お義母様たちが全然聞かないだけなんですから。

 まあそれはいいとして。

「あ、そうだ。ついでに薬屋さんに行ってハンドクリームでも買ってくるか〜」

 お代はうちへの請求にコミコミにしてもらって。

 ハンドクリームって、マルシェの薬屋さんに売ってるかなぁ? そういや巷の薬屋さんなんて、今まで行ったことなかったなぁってぼんやりと思う。だって、お医者さんは家に呼ぶもの、来てもらうものだったので。つくづくお嬢だなぁ、自分。

 さ、そうと決まればさっさと仕事は片付けちゃって、買い物に出ましょ。


 私は片付けのスピードをあげました。




「すみませ〜ん。フォルカルキエ家の者ですが〜」

 チリリン、と鈴の音も爽やかにお化粧品屋さんのドアを開けると、中から甘いながらも軽やかなローズの香りが漂ってきました。ここのお店は化粧品だけでなく香水なんかも有名でしたね。

「はい、いらっしゃいませ」

 上品な微笑みを浮かべた店員さんが、カウンターの奥から返事をしました。

「お嬢様がこちらの新色の口紅を試したいと申しておりますので、屋敷までお越し願えますか?」

「ありがとうございます。よろこんで。新色の口紅と、他には何をお持ちしたらよいかご要望はございましたでしょうか?」

「特になかったので、口紅以外でもお嬢様に似合いそうなものを適当に選んでお持ちください」

「かしこまりました。お嬢様というと、リール様とニーム様とリヨン様の、お三方分ですね」

 店員さんはスラスラとフォルカルキエ家の娘の名前を挙げましたがちょっと待った。リヨンはもうお嬢様じゃないのでノーカンでお願いします。

「いや、リヨン様はいらないそうです。リール様とニーム様の分だけで結構です」

「あら、残念でございますわ。リヨン様にぴったりな新色がございましたのに……。では、お二人分で」

「よろしくお願いします」

 リヨンの分はいらないと告げると一瞬顔を曇らせた店員さんでしたが、私の分まで用意してきたとかお義姉様たちが聞いたら機嫌が悪くなります。あとでじくじく嫌味を言われるのは勘弁なので、遠慮しておきます。それにどうせお城に行くときだって私は目立つ気ないですし、今あるもので適当にチャチャっと済ませればいいんですもん。

 それからお店のオーナーさんに家に来てもらう時間を約束して、私は市場に向かいました。

 



 市場に入ったところでばったりトロワに出会い、一緒にお肉屋さん、八百屋さんと、いつも通りのコースを回りました。今日は最初からトロワが荷物を持ってくれていたので助かりました。その代わりジヴェたちが渋い顔してたけど。

「これで今日の買い物は終わり?」

 トロワがキャベツをカゴバックに入れながら聞いてきました。

「家の買い物は終わりだけど、今日は薬局に寄って行きたいの。ほら、水仕事で手が荒れちゃったから、ハンドクリームを買おうと思って」

 そう言って手を見せると、

「リヨンの手、すごく綺麗だね。なんか、こう——苦労を知らなさそうな?」

 そっと手を取りそう言うトロワ。


 ドッキーーーン。とっ、トロワったら、何を言うのかな〜?


 確かにちょっと前まではなんの苦労も知らないお嬢様でした! 召使い歴浅いです。——まさかあっさり見抜かれるなんて。

 でも、フォルカルキエ子爵のお嬢さん(のうちの一人)が、こんなみすぼらしい召使いしてるとかバレたら世間的にアレです。

「わ、私ってば最近都に出てきて奉公し始めたばっかりだからさぁ。あはははは! 田舎ではあまり水仕事はしなかったっていうか、してもすぐに薬つけて養生できたし? みたいな? こっちじゃ忙しくてケアしてる暇なかったの!」

 焦りまくりですがフォローできたはず。

 冷や汗ダラダラひきつり笑顔で言い募る私を小首を傾げて見ていたトロワでしたが、

「ふうん、そっか。じゃあ早いとこ薬をつけてケアしなくちゃね」

 ついておいで、とトロワは言うと、そのまま私の手を引き市場の奥へ進んで行きました。よかった。ごまかせたようです。




 トロワの酒屋さんと同じ並び、三軒隣に薬屋さんはありました。こぢんまりとした古い建物です。

 こちらも酒屋さん同様、なかなか足を運ぶ機会がなかったとろです。


 狭い間口にある窓はホコリで汚れていて、天然の磨りガラスみたいになっています。ぴったり顔をくっつけても中が見えませんねこりゃ。

 そして窓の横に、どっしりとしたドアがあります。

「トロワ、これ開いてるの? 休みなの?」

「ん〜? 開いてるよ〜?」

 営業しているのか休んでいるのかわからなくて、お店に入っていくのを私がためらっていると、

「ばあちゃ〜ん。ハンドクリームちょうだーい」

 ぐいっとドアを開けたトロワがずかずかと店の中へ入って行きました。

 お隣さんだから慣れてるのか。

 手をつながれていた私も引っ張られるような形で店に入ったら。


 ボンッ!


 という小さな爆発音とともに煙を吹き出した試験管を持ったおばあさんが、お店の奥に座っていました。


「なんだいトロワ、もっと静かに入っておいでよ」

「だってばあちゃん、大きな声出さないと聞こえないでしょう?」

「わたしゃ耳は遠くないよ」

「耳が遠いんじゃなくて薬を作るのに夢中だってこと」

「ああ、それは否定しないね」

 優しそうな微笑みを浮かべたおばあさんとトロワが、ポンポンと軽妙な掛け合いで話しています。そうしている合間も薬(らしきもの?)を混ぜる手は休めてないところを見ると、ほんとに調合大好きなのかも。

「で、今日はそのかわいらしいお嬢さんにハンドクリームかい?」

「うん、そうなんだ」

「見かけない顔だね」

 それまでじっと二人の会話を聞いてるだけだった私に、おばあさんは微笑みかけてきました。あらやだ私ったら自己紹介してなかったですね。

「初めまして、フォルカルキエ子爵家で召使いをしているリヨンと申します」

「リヨンは子爵家にきたばかりで、仕事が忙しかったんだよ。手が荒れちゃってかわいそうだから、よく効くハンドクリームを作ってあげてよ」

 ぺこりと頭を下げた私の後をついで、トロワがおばあさんに今日の来店の趣旨を伝えてくれました。

「どれ、見せてごらん?」

「あ、はい」

 そう言われておばあさんに手を見せると、私の手を取りまじまじと見だしました。これって診察? 的な?

 しばらくひっくり返したり角度変えたりしてじっくり見た後、

「水仕事で荒れてるみたいだね。かわいそうに、ちょっと待ってな」

 おばあさんは『よっこいしょー』と立ち上がってたくさんの瓶が並べられている棚に向かうと、そこから迷いなくひょいひょいと幾つも瓶を取りだしては机に並べていきました。

 おばあさんが瓶の蓋をパカッと開けて中身を少し取り出すのを見ていると、そこには緑色のペーストが入っていました。

 それを乳鉢に入れ、調合するようです。

 どの瓶にも同じようなペーストが入っていたのですが、どれもこれも匂いがキツイ! 青臭いのや刺激臭を発するもの、青色や小豆色などなど、もう色々! 私の知ってるハンドクリームとちょっと違う……。

 ハンドクリームっていい匂いがして、手もスベスベしっとりになるものだよね。でも目の前で調合されていく物質は緑色でドロドロしていて……って、ダメダメ。私のためにハンドクリームを作ってくれてるんだもん、我慢しなくちゃ。……出来上がり、どうなるんだろう。ちょっと、いやかなり怖い。

 全部の色を混ぜ合わせたら最終的には黒になるって聞いてことがあるなぁ……。なんてちょっと意識を飛ばしつつ、匂いと色の毒々しさから私が引き気味に見ている横で、

「ばあちゃん、臭いよ」

 トロワったらふつーに苦情言ってるし!! 鼻をつまんでしかめっ面になってるし。

「もうちょっとお待ち。これを入れて、よ〜く混ぜてから……」

 おばあさんが最後の材料を入れて混ぜ棒でよーくかき混ぜた後に、自分の手を乳鉢にかざして『えいっ!!』と喝(?)を入れました。


 すると。


 ポンッと小さな音を立て煙を吐き出したかと思うと、さっきまでドロッドロの深緑色だった乳鉢の中身が、ほんのりうっすらとした黄緑色に変わり、匂いも、爽やかなミント系の香りに変わったではありませんか! さっきまでの青汁どこいった!?


「えっ? ええっ!?」


 何がどうなった。


 目の前で起きたことにびっくりして目をぱちくり、ゴシゴシ。でもやっぱり乳鉢の中身は変わりません。

 トロワもびっくりしてるんじゃないかと思って様子を見たのに、


「おお〜。ばあちゃんの魔法は相変わらずすごいね。呪文なしでこれだもん」


 なんて、ニコニコしながら言ってるし。


 てか、なに? トロワさん、あなた今『魔法』つった!?


「え? 魔法? 今の、『魔法』なの?」

 恐る恐るトロワに聞けば、

「ん? そうだよ? ばあちゃんの薬がよく効くのは、ばあちゃんの魔法がすごいからなんだよ」

 なんてこともなげに返ってくるし、おばあさんも、

「これでも『魔女の薬』っていわれて、高く売れてるんだよ」

 ニコニコしながら言ってるし。


 魔法! 魔女! ……この世界にそんなものあったんだ。


 てゆーか、それってまた『物語ストーリー』要素発覚じゃないの。


 やばい。やばすぎる。


 このままだと、本当に『サンドリヨン』の物語通りに進んじゃうかもしれない——!

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