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 ショーレに『最近病弱になったから、滅多にお城にこない』と宣言したから、しばらくお城での催し物に参加しないで済みそうです。これで王子様との接点が激減した〜! と喜んでいる私です。


 ドレスはさっさと衣装ケースにしまいこみ、いつもの普段着・町娘風のワンピースを着ます。

 頭からスポッとかぶればオッケーなこのワンピースは、胸の下で切り返しのついたふわっとしたデザイン。ポイントはパフスリーブ。今町の若い子の中で流行りまくってます。社交界で流行ってる、四角い肘置きみたいなペチコートの入ったドレスよりよっぽどかわいい。というか、早くあのドレスの流行り廃れないかな。

 そして、いちおう使用人ぽくエプロンなんかつけてます。




 ショーレに病弱宣言したパーティーから一週間後。


 日常に戻った私はまたお義母様たちにこき使われながら、それでも結構楽しく使用人生活を送っていたのですが——。


「ちょっ、リヨン!! どこ行ってたのよ!!」


 いつも通り市場に、夕飯の材料やらなんやらかんやらを買いに出かけていた私。屋敷に帰ってくると、最近の私の居場所・台所にリールとニームが待ち構えていました。

 鼻歌交じりで勝手口を開けたら二人が仁王立ちしてるんですよ、びっくりしました。

「え? どこ行ってたって、夕飯のお買い物に市場に行ってたんですけど?」

 いつも私が買い物に出かけようが全く気にしない二人なのに、今日に限ってどうしたんでしょう?

 というかこの午後のけだるい時間、あなたたちいつも惰眠を貪ってるじゃないですか、今日はパーティーに備えて寝なくてもいいんですか?

 キョトンとしながら市場に行ってたということを伝えると、


「ショーレ様がいらっしゃってるのよ! あんたのお見舞いにってね!!」

「ええ〜!?」


 眉間にしわを寄せたリールが言いました。


 ショーレがうちに来てるって!? なぜまたどうして!?


 訳がわからなくて素っ頓狂な声を上げたら素早くリールに口を塞がれました。

「もごっ、もごっ!」

 ジタバタしているところにニームが近づいてきて、おもむろに私のワンピースの裾に手をかけました。え? え? 何するの!? やーめーて〜!

 何をされるのかわからなくてジタバタと抵抗していたら、

「とにかく寝巻きに着替えてお見舞い受けてちょうだい! 今お母様が時間稼ぎをしてるから」

「ムギャ〜!!」

 そう言うとニームは私のワンピースをスポンと脱がしてしまいました。それからいつの間にか用意されてあった寝巻きを、これまた頭からスポンとかぶせてきて早着替えの完成です。

「さっさと部屋で寝るのよ!」

「ええ〜!?」

「「い・そ・げ・っ!!」」

「きゃー!!」

 あっという間に寝巻きに着せ替えられた私は、今度は二人に担がれてどこかに運ばれていきます。ええもう荷物状態ですよ。下ろしてください自分で歩けるっつーの!


 二人に運ばれた先は元の自分の部屋で、


「「どっせ〜!!」」

「きゃ〜!」


 ベッドに直行、どさーっと手荒く落とされました。ふかふかベッドだから痛くないですけどね。

 しばらく使ってなかったけど毎日掃除はしてましたから、ほこりひとつない綺麗な部屋です。……義姉たちの部屋と違って。

「早く掛け布団かけなさい!」

「はいこれショール! 起きる時に肩にかけなさい!」

 パパパーッと手際よく準備するリールとニーム。普段汚部屋の住人とは思えない手際の良さよ。やればできるんじゃないですか? え? 火事場のクソ力ですって? ああ、納得です。

 上半身だけを起こし肩にショールをかければ、即席病人リヨンの完成です。

「ふう〜」

「準備できたって、お母様に知らせてくるわ!」

 なんとか私の体裁が整って一息つく暇もなく、ニームがお義母様に知らせるため、部屋を出て行きました。


「なぜいきなりショーレ様がうちにいらっしゃったんですか?」


 ニームが出て行ったところで、私はリールに話しかけました。

「あんたが病気だからって。確かにお城のパーティーの欠席理由を『病気で』と言ったのは私たちだけど、見舞いに来るほどの重病だとは言ってないわ。あんた、この間のパーティーでなんかおかしなこと言ったんじゃない?」

 そう言うとギロッとリールが睨みました。


 おっと。心当たりあります。スンマセン!!


 お城から(というか王子様の前から)フェードアウトするために『病気だからお城にこれない』って言いました〜。

 でもさ、いち子爵の娘が病気でパーティー来れなくなるからって、侍従様……公爵様のご子息が見舞いに来るってどうなの? 確かに友達だけど、そこまでしなくても……。いや、心配してくれてるのは嬉しいですよ? でも押しかけちゃいけませんて。家庭の事情もありますし、そこは空気を読んで……って無理か。

「おかしなことは言ってませんが……。それよりも、面会謝絶ですと言ってお断りすればよかったのでは……」

「もちろんしたわよ! それに若い娘の部屋だしって言ったわよ! だのに『自分は気にしませんから。ひと目リヨンの顔を見たら安心しますので』とか言って引かないんだもの仕方ないじゃない!!」

「わぁ……」

 お義母様たち、めっちゃ断ってるじゃないですか。ちょ、ショーレ、やっぱ空気読もうよ……。そんなところでなぜ粘る。おかげで私はこんなことになってるし。


 そこで部屋のドアが軽くノックされる音が響きました。


「はい」

 私の代わりにリールが返事をします。

「リヨン、ショーレ様がお見舞いに来てくださったわ。ショーレ様、手狭な部屋でございますが、どうぞ」

 リールがドアを開けると、お義母様とショーレが部屋に入ってきました。

 今日は仕事が休みなのか、侍従の制服ではなく私服のショーレ。制服もパリッと凛々しくかっこいいのですが、私服もセンスがよくて素敵です。

「起きていて大丈夫?」

 ベッドに近づいてくるとそのまま膝をつき、私の手を取り心配そうな顔をするショーレ。

「大丈夫ですよ。それよりも、わざわざお見舞いになんて……心配かけて申し訳ございません」

 私もしおらしく頭下げちゃったりしてますけど、本当は王子様からフェードアウトするための嘘だったんですよ真に受けないでいただきたい! それよりお義母様〜! 公爵家ご令息が床に膝ついてますよ椅子をお持ちしてぇ〜!!

 私の心の叫びが通じたのか、ショーレの姿に慌てたお義母様が椅子を持ってきました。いや本当、今日はみんな行動が素早いです。

「リヨンの身体さえ大丈夫なら、気晴らしに外にでも出かけようかと思うんだけど。こうして家にいて閉じこもっていたら、余計に精神的によくないでしょう?」

 ほら、外はいいお天気だよ〜と誘ってくるショーレですが。


 知ってますよ。今日めっちゃいい天気ですよ。さっきまで私も外にいましたからね! 外——市場でお買い物満喫してきましたよ。今日も果物屋のジヴェのところで美味しいメロン食べてきましたよ!!

 あ、そういえば今日の買い物荷物! 今日は肉屋のスダンが配達してくれることになってるけど、受け取れるかなぁ? まあ、私がいなくても勝手口に置いといてくれるか。


 ……とは口が裂けても言えません。


「ありがとう、ショーレ。ショーレの気持ちだけでも嬉しいわ」

 そっと儚く微笑んでごまかしましょう。

「そうか……。そうだね、急に無理を言ってごめんね。辛そうなのに押しかけてごめん」

 シュンとしたショーレが謝っていますが、辛いのはショーレに嘘をついていることであって、身体じゃないですからね!

「ショーレがお見舞いに来てくれてすごく嬉しかったわ。でもショーレだってお仕事忙しいのでしょう? 私は大丈夫だから、お仕事頑張ってね。私も早くよくなるように頑張るから。元気になったら連絡するわ」

 そろそろお引き取り願いたい。夕飯の支度をしなくちゃなんです。

 あまり長居してもらっても困るので、私が締めの言葉を口にすると、

「うん、わかった。僕も、邪魔にならない程度に連絡するよ」

 そう言って椅子から腰をあげるショーレ。ほっ。帰っていただけるようです。

 

 私は寝たきりなので、来た時同様、お義母様に案内されてショーレは帰って行きました。

 窓から確認すると、確かに正門に公爵家の紋章をつけた立派な馬車が停まっていました。私は使用人や出入りの業者が使う勝手口から出入りしているので、さっき買い物から帰って来た時に馬車の存在に気付かなかったのは仕方ない。


「「「ふぅぅぅぅ〜〜〜」」」


 ショーレが馬車に乗り込み、屋敷の門を出て行くのを確認してようやく肩の力が抜けました。

 リールとニーム、そして私はその場に力なく倒れこみます。

「もう来ないわよね?」

「多分?」

 ぐったりしながら確認しあいます。こっちから連絡するって言ってるんです、大丈夫でしょう。




 突然のショーレ襲撃……ゲフゲフ、お見舞いの次の日。


「リヨン様にお花のお届け物で〜す」


 という花屋さんの明るい声とともにフォルカリキエ家に届けられたのは、一抱えもあるリシアンサスの花束。

「まぁ! 素敵ねぇ!!」

「ショーレ様からリヨンへのお見舞いですってよ」

「なぁんだ。つまんない」

 綺麗な花に飛びついたリールでしたが、付られていたカードから顔を上げたお義母様の言葉にジト目になっています。

 本人来ない代わりに見舞いのお花ですか。『邪魔にならない程度に連絡』とはこれでしたか。

 さすがエリートイケメンはやることがスマートですねぇ。

 しかし立派な花束です。どうしましょ。

 ただいま使用人の私に、こんな綺麗な花束は無用の長物……おっと、もったいないんです。

 屋根裏部屋に飾ってもいいんですけど、せっかくの素敵な花がかわいそうだなぁと思っていたら、

「それなら居間に飾ってもいいわよ」

 と珍しくお義母様のお許しが出でました。

「いいんですか?」

「ええ! だってその花、私の好きな花ですもの」

 好みの問題でしたか。

 さっそく倉庫から花瓶を引っ張り出してきて飾ることにしました。花に罪はないもんね!

「綺麗だし、いいじゃない」

「まあ、リヨン宛っていうことを忘れたら問題ないし?」

「そうね〜」

 義母義姉が勝手なことを言ってますが、まあ、いいでしょう。


 お花のお見舞いはその日で終わりではありませんでした。


 次の日はナナカマド、次の次の日はカランコエ……と、毎日手を替え品を替え品種をかえ、花束や鉢植え問わず送られて来るようにったのです。


「さすがにもう花瓶ない……」

 家中の花瓶や鉢を出してきましたが追いつかず、しまいにはバケツなんかに挿したりしています。

 居間もすっかり花だらけになってしまったので、最初は愛でていたお義母様もキレて、『リヨンの部屋に持っていきなさーい!!』と叫ぶ始末。

 全て私の元の部屋にお引越しさせました。

 ショーレ本人が来ない代わりに花攻めとか、なんなんですか。

 やりすぎは良くないよ、ショーレ! 私だからいいけど、本命にはやっちゃだめだよ! 『過ぎたるはなお及ばざるが如し』って言うんだよ! この世界にはこの格言ないのかしら。




 そんな花攻めがひと月も続くと、


「最近花の種類少なくない?」

「ああ、なんでも公爵家が買い占めてるとかで、花の種類が少なくなってるし値段も上がってるんだよ」

「ええ〜? 困るねぇ」


 なんて会話が市場の花屋さんの前で聞かれるようになりました。

 確かに最近、花屋さんの店先に花が少なくなったなぁって思ってたところだったんです。

 買わなくても、通り過ぎる時に目を喜ばせ気持ちを癒してくれていた花が少なくなるのは精神衛生上よろしくないと思います。

 その公爵家って、きっとショーレんちですよね。そして買い占めてる張本人はショーレですよね。

 ……胸が痛い。


「もういきなりショーレ様が見舞いに来るとかびっくりするし、毎日の花攻めとかうんざり! これならリヨンをお城に連れて行くほうがマシよ!!」

 お義母様がキレました。

「花も、こんなにあると困りものですからね」

 私も、花のお値段高騰は反対です! 庶民の、花を愛でるというささやかな幸せを奪っちゃいけません!

 そして花の水換えとか地味に大変なんです。花瓶の一つ二つならいいけど、十、二十ってなると結構な労働なんですよ。

「——ということでリヨン。お城のパーティーだけは参加すること。いいわね?」

「……わかりました」

 お義母様命令が下りました。

 私だって行きたくないですけど、ショーレの暴走止めるにはこれしかないんです諦めます。


 あ〜あ。これで王子様の前からうまくフェードアウトできたと思ったのになぁ。第一段階クリアとか思ってたあの時の私、浅はかだったなぁ……。


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