未曾有の衝撃
少し長くなってしまった。
悠真が差し出してきたノート。
それを夢の私は、若干の躊躇を見せながらも受け取った。
早速それを開こうとして、少し慌てたように悠真に止められる。
「……あとで、一人で見てくれると助かる」
頬がちょっぴり赤かったから、何か恥ずかしいことでも書いてあったのだろうか?
あのノートの所在が分からない為に、それが何なのかは分からないんだけど。
「んんっ……、兎も角、俺の用事はそれを瑠璃に渡すことだ。……今更になって、渡した理由についてなんだが…………」
「……うん、何?」
基本的に言葉に詰まることの無い悠真が嘗て無いほどに言い淀んでいる光景に、私も夢の中の私も戸惑いながらも、相槌を打つ。
「…………もう会うことは無いだろうから、これだけは渡しておきたかった」
「それは、どういうこと…………?」
夢の私の声に時が籠もる。
私としては、理由は気になるけど、予め分かっていたから、そこまでの衝撃は無い。無いったら無い。
「……言ってしまうと、ただの自己満足だ。捨ててくれても構わない。詳しくはノートの方を確認して欲しいが、端的に言って、瑠璃が殺人事件に巻き込まれる可能性がある。それは俺の周囲で起こりそうだから、接触したくない。……そんなところだ」
私は、何も言えなかった。
彼の発言は荒唐無稽に聞こえたかも知れない。
でも、私はそうじゃなかった。
悠真は、中学一年生の頃に、お姉さんを事故で亡くしている。
その事故のニュースの際に、彼女を狙ったかのような軌道で車が突っ込んだように感じられた、といった旨の発言がニュースキャスターから放たれたのを、今でも覚えている。
そして、更にこの夢が私が失った一月の記憶の一部だとすると、もう一つの事故が起こった後なのだ。
それは、悠真の学校で起こった屋上からの女子生徒の転落死。
整備を怠ってはいなかったとされる屋上のフェンスが外れたことによる事故。
その二つ、または片方を悠真は、誰かの故意によるものと捉えているようだ。
「…………私は、強いよ?」
だから大丈夫だという遠回しの言い方。
それは、私が悠真と会えなくなるのを避けようとして咄嗟に言い放ったものだと思う。
昔からよく言葉がちょっと足らないと言われるから。
「――駄目だ」
しかし、敢え無く拒否される。
「ただの俺のエゴだ。…………悪い」
それっきり彼は、黙り込んでしまった。
悠真は殺人事件と言った。
可能性があると言っただけに聞こえるが、悠真は何かしら証拠かあるいはその目で見たのかは兎も角、恣意的なものだと分かっているんだと思う。
確証が無いのなら悠真は多分、殺人事件らしきもの、みたいな迂遠な言い方をするだろうから。
ノートは差詰私に、太刀上流に残しておきたいもの、ってところかな?
私の思考はよそに夢の中の私達は、どんどん帰り道を消化する。
暫くして、ある交差点にて、赤信号に足止めを食らった。
そこの道路は三車線あるから、かなり大きいところだけど、その時には殆ど人がいなかった。
そこには、他に幼稚園児位の女の子を連れて、ベビーカーを押さえている母親らしき人の親子が一組いるだけだ。
歩道も幅広であるために、窮屈ではないが、少し気になってしまっている。ちっちゃい子は、予想外の行動を取るから、危ないんだよね。
「……………………………」
「…………………………………」
痛いほどの沈黙が私達を包んでいる。
正直な話、私と悠真の空気がここまで死んだのは、体験したことが無い。
車は横には無い。
自動車用の信号が、黄色を経由して、赤へと変わる。
ついで、歩行者用信号が青に変わる。
近くにいた親子が私たちよりも先に歩き出した。
ベビーカーを押してゆっくり歩き出した女性に、一歩遅れて女の子も歩き出す。
よちよち、といった様子が一番形容に適したような歩き方。
頑張って女性の後を追う姿が微笑ましいような、転ばないか心配になるような、奇妙な気持ちになる。
夢の中の私も、そして、悠真も同様に自然に足を止めて、その姿を見ていた。
悠真は普段の口調とかからは想像できないほどに子供好きだ。
なんでも、自身への悪意とかが一切無いから、らしい。なんだろう、簡単に騙される人の発言にしか思えない。
まあ、悠真だと相手の視線とか動作とかから詐欺は判別しそうだけど。
兎も角、(夢の)私も悠真も、女の子の動向に注目していたせいか、直前まで気付けなかった。
――加速し続ける2tトラックの存在に。
女性も、女の子も私達に遅れて気がついたのだろう。
このままでは、危険だと。
横断歩道の長さは、だいたい6〜7m。
その内、女性は私達側から見て5mほどの位置。ここならギリギリセーフだろう。
だが、女の子の位置は4mにも達していない。このままでは、待っているのは死あるのみ。
接触まで後0.5秒あるかないか。
でも、助けるられる、助ける、と夢の私は思い切り地を踏み出した。
――歩法 嚆矢
ゼロからトップまでの急加速。かなり身体への負担は掛かるが、その分効果は絶大な為に、当時の私は無理のない範囲で愛用していた。
0.3秒程で、女の子の元に到着した。
乱暴に抱きかかえる。時間が無く、嚆矢の勢いのままに腰の辺りを思い切り抱える形となった。
もう一度加速しようと、両足に力を込める。
だが、一瞬、ほんの一瞬だけ、私の足は停まってしまった。
多分姿勢的に迅雷に繋げようとしていたのだろう。
けれど、女の子を抱えて更に迅雷は流石の私でも難しい。
迅雷は速度的には申し分ないが、色々と極めるには難易度が高い。
まず極端な前傾姿勢になって、自重を推進力に変える歩法なのだから、突然自重が変わったら満足に扱えるわけがない。
だから、停まった。停まってしまった。
例え一瞬でも、0.1秒を争う状況下に於いては致命的である。
一度加速が停まった時点で、私は間に合わない。
覚悟を決めたように、衝撃を逃がすための姿勢に変えた瞬間、それを感知した。
音はなかった。
僅かな布擦れも、靴音も、身体が風を切る音さえ、全く無い効率化の極地の踏み込み。
それを知覚した時には、彼は私達のすぐ近くにいた。
そこから放たれる一撃。
――撃法 飛衝
私の背を俗に言う発勁が、衝撃が押す。
力強く、けれど、傷つけないように繊細に、衝撃だけを与える。
それを受けた私は、女の子ごとふっ飛ばされた。
振り向いた時には、もう遅かった。
私の視界には、殆どを埋め尽くすトラックと、ほんの少しの悠真の姿。
その瞬間、私にもう一度、更に大きな衝撃が叩きつけられた。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。
因みに、初期構想では今回の事故の後に、悠真君には異世界に行って貰う予定でしたね。
元々WJOは、外伝的作品の予定でしたし。
……うん。予定は未定!




