迷宮の白い悪魔
スマイターを撃退した場所から少し離れ、ディメンションルームのドアノブを壁に突き刺した。
すると、緑色の壁に長方形の光が走る。
光が収まってからドアノブを捻り手前に引くと、普通の扉のように壁が開いていく。
中に入ると、前に試した時と同じ白い空間に繋がっていた。
ドアノブの横には内鍵が付いていたので、ちゃんと閉めておく。
これで外から魔物が入ってくる心配はない……はず。
「はぁ……なんとか助かったな」
「大倉さん、さっきの大丈夫でしたか? ノールさんと大倉さん、一応治療しておきましょう」
「おっ、ありがとう。実は結構痛かったんだ……」
スマイターの白き流星を防ぎ切ったのはよかったが、今頃になって受け止めた方の腕がビリビリと痺れて力が入らない。
あれ、どんだけ威力あったんだ……鍋の蓋がなければ危なかった。
シスハが近づいてきて俺の体に触れると、一瞬で腕の痛みが引いていく。
その後同じようにノールの体にも触れ、治療を終わらせた。
間接的に使うより、直に触れた方が効果あるのか。
まあ、シスハなら離れて使ってもかなり効果あると思うけど。
「まさか最後にあんなのが出てくるとは思わなかった」
「そうね。あれ、どうやって倒したらいいのかしら」
あと1個で終わりだと浮かれて、確実に殺れると準備までしたのにこの結果。
強い魔物が中に居るとは思っていたけど、あそこまでやばい奴だとは思わなかった。
正直もう逃げ帰ってもいいんじゃないかと思ってきているぐらいだ。
どうしたものかと全員で、うーんと唸りながら考える。
そんな中、無言で体育座りをして、なんだかしょんぼりとしているノールに気が付いた。
「ノール? どうかしたか?」
「うぅ……その、本当にさっきはごめんなさいであります……」
どうやらさっき転倒した事をまだ気にしているみたいだ。
別に誰もノールが悪いだなんて思っていないと思うが……。
手の形じゃなくて、液体状態のまま足に纏わり付いてくるなんて予想できないし、彼女が転ぶまで1人も気が付かなかったからな。
たまたまノールが捕まったけど、全員そうなる可能性があったという訳だ。
「気にするなって。あんなの回避するのは無理だろ。気に病む必要はないぞ」
「でも……」
「あー、大丈夫だって。ほら、これでも飲んで元気出せ」
「……ありがとうございます、であります」
ノールの肩を軽く叩いて、ハイポーションを手渡した。
もう体力的には問題ないけど、美味いものでも飲ませて気分転換してもらおう。
ポーションの上位互換だけあって、さらにハイポーションは味が良い。これはオレンジ風味だ。
受け取ったノールはなんだかまだ落ち込んでいる感じだけど、チビチビとポーションを飲み始めた。
よし、これで一応大丈夫かな。
「さて、あれをどうするか話し合うとしようか」
「倒さない、って選択肢はないんですよね?」
「そりゃな。倒さないとあそこ開かないだろうし」
倒さずにスルーできるのならそうするけど、俺が試したように無理矢理あれを開くのは無理だろう。
だから、なんとかしてスマイターを倒したい。
「消えるまで倒し続ければいいんじゃないか?」
「うーむ、その可能性が1番高いけど……」
「それだと最後の方、かなり危険な感じでありますね」
ルーナはあぐらをかきながら、足に肘を当て手に頬を乗せてめんどくさそうに言っている。
どんどん強化されていくのを倒すなんて、想像もしたくないな……。
終わりの見えない事ほど怖いものはない。
3回倒しただけであれなんだから、消えるまで倒したらどうなるんだよ。
1回、あと1回倒せば終わりだ! なんてハラハラするのは、ガチャだけにしてくれ。
ノールも立ち直ったのか会話に参加してきて、それは危険だと言っている。
俺としては、あと2回ぐらい強化されたら諦めて逃げようと思う。
今でもかなりやばいから、これ以上強くなったら手に負えん。
「シスハの加護? の攻撃でなんとかならないか?」
「うーん……なんとも言えませんね。あそこまで強力な魔物だと、殴った程度では消滅させれないと思います」
シスハのマミーに対して効果抜群の攻撃で消滅させたりできないのか。
そう思い聞いてみたが、彼女は眉を寄せ渋い顔をして厳しいと言う。
あれほどの魔物相手となると、体内に手か杖を直接突っ込んで注入。なんてことしないと無理だろうなぁ。
攻撃力5000の魔物を拘束するなんて無理だし、シスハを近づけるなんてとんでもない。
やばい……これ完全に詰みだろ。
いくら考えても、あれを無事に倒す方法が思い浮かばない。
これ以上は倒せない、拘束するのも無理。
今の状態のまま、あいつが復活できないように倒す方法……あっ、待てよ!
「あるかもしれない。あいつを倒す方法が」
「お兄さん、何か閃いたの?」
あるかもしれないと言うと、全員の視線が俺に集まる。
うっ……この視線、ちょっときつい。できるかもー、程度の曖昧なものだから、正直そこまで自信ないのだが……。
「あ、ああ……でも、上手くいくかわからない。それに成功したとして、それで倒したことになるのかもわからない」
考え付いたは良いものの、結構ガバガバな気がする考えだ。
1番危ない役割は俺が引き受けるつもりだが、果たして成功するかどうか……。
「それでも凄いのでありますよ大倉殿! そんなこと考えつくなんて、流石なのであります!」
「この迷宮に来てから、なんだかんだ良い方法閃いていますもんね」
「お兄さんが何を思いついたのか、期待しちゃうわ」
「今度こそ終わると期待しているぞ」
期待した雰囲気でノール達は俺を見ている。
ここまでヨイショされても困るんだけど……これで失敗したらどうしよう……。
俺は少し胃が痛くなりながら、彼女達に考えを話すことにした。
●
さっそく作戦を実行する為、俺は1人スマイターの所までやってきた。
俺達を見失った後、闇雲に迷宮内を動き回っていたみたいで見つけるのに苦労した。
インビジブルマントを被っているから、あいつはまだ俺に気が付いていない。
ヒタヒタと歩いているスマイター背後を、地図アプリを確認しながら慎重について行く。
そろそろいいかな……。
「おーい! こっちだー!」
目的の場所近くまで来たのでマントを脱ぎ、腹に力を込めて叫んだ。
俺の声を聞いてスマイターは振り返り、体を左右に振りながら足を大きく上げて走ってくる。
追いかけてきたのを確認した後、急いで目的の場所に向かい走り出す。
この誘導こそが1番重要。失敗は許されない。
目的地付近は、ノール達に頼んで先に魔物を処理してもらっているから心配はない。
だが、そこに行くまでの通路にはマミーが少なからず徘徊していた。
「うおおぉぉ! 邪魔だぁぁ!」
走る俺に気が付いたマミーが通路を塞ぐように移動してきた。
そのマミーに対して、叫びながら俺は体当たりをして吹き飛ばす。
奥にいる奴も次々と反応してこっちに向かってくるが、可能な限り無視し、回避できそうにない奴は体当たりをかまして走り続ける。
後ろからあの迷宮の白い悪魔が追いかけてきているんだ。
こんな奴ら相手にしていられるか!
時間にして5分も経たず、前方に目的の部屋が見えてきた。
短い距離のはずなのに、必死に走っているせいかとてつもなく長く感じる。
そしてようやく部屋の入り口に辿りついた俺は、そのまま通り過ぎてから振り返った。
「今だ!」
スマイターが目的の部屋の入り口に近づいた瞬間、俺は叫んだ。
俺の合図を聞いて、隠れていたノールが近くの部屋から出てくる。
いつもなら元気よく叫んで出てくるだろうけど、今回は無言。
そのおかげでスマイターに気がつかれることなく素早く接近し、横から盾で殴り付けた。
真横から攻撃を食らい、目的通り奴は部屋の中へと吹っ飛んだ。
よし……ここまでは計画通り。
あの部屋は、3つ目の欠片を拾った奈落の広がる宝箱の部屋。
石像を落としても、全く落ちた音がしないとても深い穴だ。
あそこに落とせば、いくらこいつでも復帰は無理だろうと俺は考えた。
それで倒したことにはならないかもしれないが、やってみる価値はあるはず。
ノール達も他に良い考えが浮かばないというから、この作戦を実行することにしたのだ。
「逃がさない!」
部屋に入ったスマイターは、すぐに出てこようと動き出す。
そのタイミングで、今度は同じく隠れていたエステルが出てきた。
彼女の体は紫色のオーラに包まれ、スキルを使用していると一目でわかる。
最初の攻撃と同じドッジボールほどの火の玉を、入り口の外から撃ち出してスマイターを無理矢理部屋の奥へと押し戻す。
同じように見えるが、スキルのせいか着弾すると迷宮だというのに、爆発で周囲が揺れるほどの威力だ。
白き流星を使われたら、エステルの魔法でも弾かれてしまう。
なので、一気に畳み掛ける為に彼女には悪いがスキルを使用してもらった。
そのおかげでスマイターはスキルを使用する前に力尽き倒れ、爆発で奈落の穴の上へと吹き飛んだ。
よし! 倒した状態のまま落としちまえばこっちのもの! これで確実にこいつは下に落ちるぞ!
「やった――ええぇぇ!?」
「随分と身軽なのね……」
落ちていくと喜んでいたのだが、落下が始まる前にスマイターの体が白く輝きだす。
そして体をブルっと大きく震わせると、空中で1回転して人の片足分しかない床に綺麗に着地した。
ふ、復活するの早過ぎぃ!? 嘘だろ……あれで決まらないのかよ……。
「お、大倉殿ー! まだなのでありますかー!」
「大倉さん! マミーが集まってきましたよ! 早くしないと――」
「わかってる! くそ……やばいな」
スマイターを殴り飛ばした後、シスハとルーナと共に周辺から近づいてくるマミーの足止めをしていたノールが叫んだ。
エステルに全てを任せ、俺は彼女を守りノール達はその間他の魔物の足止めをする段取りだった。
予想通り爆発音でどんどんマミーが近づいてきて、地面にはグジュグジュした液体状のリガスマヌスが増えていく。
さらには、最初スマイターから逃げた時に倒したフラーウムマミーが次々と走って向かってきていた。
あは、何この地獄絵図。
「あっ、き、来たぞ! エステル、気をつけろ!」
「ええ、今度こそ、撃ち落すんだから!」
床に着地したスマイターは、その細い足場の上で華麗にバク転を決めながら宝箱がある足場まで移動していた。
そこから一気に走り出し、全身に白い光を纏いながら入り口に向かって突撃してくる。
もう1段階強化されたスマイターの白き流星。
最初に受けたのより痛いんだろうなー、とか思いながら、俺は鍋の蓋を強く握り締める。
こいつをここから出す訳にはいかない。
エステルはまだスキルが継続しており、今度こそと力のこもった声で本を開き杖を掲げ火の玉を撃ち出した。
その様子を、俺はいつでも彼女を守れる位置で見守る。
こういう時、遠距離の攻撃ができないのはもどかしいな……。
エステルの攻撃を正面から受けるスマイターは、1度目と変わらず火の玉を突き破った。
だが、火の玉を受けると若干だが光の輝きがブレて目の横部分がヒクヒクと痙攣している。
スキル有りの彼女の攻撃を、完全に無傷で受けるのは無理だったみたいだ。
それでも、1発、2発、3発と、次々と火の玉を破り、俺達の方へと向かってくる。
このままじゃ止めるのは無理そうだ。
ノール達もマミー相手にもう手一杯だし、もう、諦めるしかないのか……。
いくらガチャの為とはいえ、これ以上危険を冒すことはできない。
今回は大人しく退こう。
「どけ! 私がやる!」
「ルーナ!? おい、危ないぞ!」
諦めて脱出装置を使おうか考えていると、ノール達と一緒に戦っていたはずのルーナが俺とエステルの前に躍り出た。
そして奈落の部屋の中へ入っていき、正面から突っ込んで来るスマイターの前に槍を構えて立ち止まる。
やばいと思い俺も急いで後を追ったが、間に合わず既にルーナの目の前までスマイターは迫っていた。
それでもルーナは焦ることなく、左足を前に踏み込み、槍を思いっきり前に突き出す。
突き出された槍は、スキルを使ったのか赤く発光し、極太の光を纏ってスマイターに直撃する。
白い光と赤い光がぶつかりあい、衝撃波が部屋中に広がっていく。
拮抗しているのか両者共微塵も動かない。
「ぐっ、くっ……」
拮抗はしているがきついのか、ルーナは低い声を出していた。
彼女が纏っている黒い衣はバサバサと煽られ、どれほどの力に晒されているのか見ているだけでわかる。
「あっ――」
ほんの僅か、少しだけルーナが押された瞬間、彼女は短く息を漏らした。
すると拮抗は崩れ、ルーナが前に踏み出していた足が後ろへ下がりだす。
拮抗していた槍の赤い輝きも、徐々に押されて白い光が彼女へと迫る。
「うおっ! くぅ、ル、ルーナ! 1人で突っ込むな!」
「へ、平八?」
「押さえててやるから、このまま一緒に押し込むぞ!」
ルーナの背後まで到着した俺は、弾き飛ばされそうになっている彼女の肩を掴んだ。
本当なら代わってやりたいが、今はそんなことできそうにない。
だから、俺はせめてルーナの支えになってやろうと、力いっぱい踏ん張って後ろに下がらないようした。
や、やばいってこれ……す、凄い押されるんだけど。こんなに体が小さいのに、よく耐えられたな……。
「ああ、それは頼もしい」
一瞬気の抜けた声を出したルーナだったが、後ろを振り向かず小さな声で呟いた。
押され気味だった槍の赤い光は、徐々に白い輝きを押し返す。
最初の拮抗状態まで戻ると、今度はそのまま白い光を押していき槍がスマイター本体へと近づいていく。
そしてついに耐え切れなくなったのか、奴の纏っていた白い輝きは弾けて消え、ルーナの槍が体へと突き刺さった。
槍はスマイターの体を貫通し、背中から飛び出ている。
その一撃で絶命したのか、槍に刺さったまま体の上の部分が前のめりになった。
エステルの攻撃が効いていたおかげで、体力が減っていたんだな。
ルーナはまだ赤い光に包まれている槍を持ち上げて、奈落へ向かって投擲した。
真っ暗な穴を、赤い一筋の流星が落ちていく。
「はぁ、はぁ……や、やった。やったぞ!」
「なんとか、突き落とせた……」
槍の光が消えたのを確認し、俺は息を大きく吐き出して座り込んだ。
やった、やった! 今度こそあいつを仕留めたぞ!
ルーナも俺と同じように座り込んで安堵しているみたいだ。
少しすると彼女の手元に光が集まりだして、槍が手元へと返って来た。
はぁ……これで無事終わりか。
「大倉殿ー! 休んでないで、手伝ってほしいのでありますぅ! マミーが大量でありますぅ」
「これ、何体いるんですかー!」
「あっ、わりぃー! 今行く!」
やりきったと満足感に浸っていたのだが、ノール達の泣くような叫び声でハッとなる。
すっかり忘れていたけど、スマイターだけじゃなくてどんどん魔物がここに集まっている状態だったな。
俺はすぐに立ち上がり、ノール達の支援をする為にバールを握り部屋の外へと向かう。
「ルーナは休んでていいからな。エステルも一緒に休憩しててくれ」
「ええ……そうさせてもらうわ」
スキルが切れ、エステルは青い顔で座り込んでいた。
ノール程じゃないけど、エステルもスキルの反動が凄いからな。
ルーナも疲れているみたいだし、2人は休ませておこう。
「ルーナ、今回は助かったけど、いきなりああいうのは止めてくれ。心臓止まるかと思ったぞ」
「すまない。危なそうだったからつい出てしまった」
結果的には良い方向に終わったが、かなり無謀な事をしたルーナに念の為言っておいた。
まさかあんな行動するとは思っていなかったからビックリしたぞ。
「……平八、ありがとう」
「おう、ゆっくり休んでろ」
俺が部屋の外へと出ようとすると、後ろからルーナの小さな呟きが聞こえた。
振り返ると彼女は恥ずかしいのか頬を赤く染め、そっぽを向いている。
そんなルーナに俺は親指を立てて返事をし、最後の一仕事だと部屋の外へと向かった。




