不意の遭遇
30層目を突破し下の階に降りると、そこは先ほどと打って変わり魔物がいない安全な空間だった。
それほど広い場所ではなく、中央に大きな魔法陣が描かれている以外は特に変わった物もない。
「むっ? 今までと雰囲気が違うでありますね」
「ここは中間地点みたいだぞ。地上まであの魔法陣で一気に帰れるらしい」
「へぇ、意外と親切な迷宮じゃない。10層の迷路にもワープする罠があったし、似た仕組みかもね」
「地上に帰れるのなら、逆にここにワープはできないのでしょうか? 潜るほど魔物は強くなりますし、今回攻略できなかったとしても経験値稼ぎはできますよね」
「聞いた話じゃ帰るだけの一方通行だってさ。入り口にもワープできそうな魔法陣なんてなかったしな」
深い階層まで潜ってもすぐに地上に帰れるワープがあるのはありがたい。
冒険者協会でも基本的にハジノ迷宮を潜る際は、この中間地点が限界のようだ。
もし地上とここを行き来できたらもっと攻略も進みそうなのだが……。
ひとまずこの場で休憩してから40層を目指そうとしたのだが、興味津々で探索をしていたフリージアとマルティナが何やら騒ぎながら戻ってきた。
「ねぇ! あっちに変なのがあるんだよ!」
「変なの?」
「何かをはめ込むような物があったんだけど、あれって精霊樹の迷宮のと似てないかな。ほら、君がスマホをはめ込んでいた台座があったでしょ」
「なんだと!?」
フリージア達が指差した方へ向かうと、他の迷宮にあったのとよく似た台座が置かれていた。
ちょうど俺のスマホがはめ込めるような穴も開いている。
「まだ30層目を超えただけなのにどうしてこれが? はめたら迷宮攻略ってことか?」
「でも40層目までは確認されてるのでありますよね? それに下に行く道もあるのでありますよ」
「形的にお兄さんのスマホをはめ込むので間違いなさそうね。もしかして中間報酬でも貰えるのかしら」
「攻略なら都合がいい。これ以上潜らなくて済む」
他の迷宮だとこの台座は最深部に置かれていて、スマホをはめ込んだら攻略達成になっていた。
まだ中間地点なのにこれがあるとは……これで終わりなら何とも拍子抜けする迷宮だな。
クリアなら楽で助かるし、エステルの言うように中間報酬が貰えるだけでもありがたい。
さっそくスマホを台座にはめ込んでみると、バイブが振動して画面に通知が表示された。
【ハジノ迷宮第一区画へのワープ登録をしました。今後30階層までのワープが使用可能になります】
「なにぃ!? 階層ワープができるだと!?」
「おお! これで地上に戻ってもまたすぐに戻って来られるのでありますよ!」
「なら途中で攻略を中断して帰れるわね。スマホがないとこの機能は使えないから、実質私達専用じゃない」
「ですが第一区画って表示されているのが気になりますね。30階層も潜ってまだ第一区画とはこの迷宮どれだけ深いんですか」
……確かに階層ワープができるのは嬉しいけど、こんなに潜って第一区画だと。
他の迷宮も一筋縄じゃいかなかったし、ここも予想以上にヤバい迷宮なのか?
今日だけでも結構進めたし、ワープもできるようになったから一旦帰って後日改めて攻略しようかな。
そんな相談をしようとした途端、中央にあった魔法陣が強く輝き始めた。
何事かと身構えると、白いマントを纏った3人組が姿を現す。
フードを深く被っているのもあるが、何故か顔もぼやけていて認識し辛い。
辛うじて性別だけは何となくわかり、長身な女性と小柄の女性に男性の3人だってことはわかる。
正体不明の3人組もこちら存在に気が付いたのか、男が頭をかきながら困ったように呟いた。
「あれ、参ったな……まさか人がいるとは」
「どういうこと! 今迷宮に潜るようなAランク冒険者は王都にいないんじゃなかったの!」
「そのはずなんだけどなぁ……。どうしようか」
「私に言わないでよ! ちっ、面倒なことになったじゃない!」
「まあまあ、落ち着いてください」
男性に対して騒ぐ小柄な女性を、長身の女性がなだめている。
見るからに怪しい奴らなんだが……顔を認識できないのは不気味だし、Aランク冒険者の動向も把握しているようだ。
ノール達の方を見ると警戒はしつつも武器はまだ構えていない。敵意はないってことか?
俺達が黙って様子をうかがっていると、長身の女性が近寄り遠慮気味に声をかけてきた。
「えっと、冒険者の方ですよね?」
「あっ、はい。そうですけど……これが証のプレートです」
「Bランク!? Bランクでこの階層まで到達するなんて……。失敬、つい驚いてしまいました。私達も突然現れて驚かせましたよね」
「あの魔法陣は帰るの専用と聞いていましたけど……」
「あー、世間的には知られていませんが、ちょっと知識があれば逆も可能なんですよ」
そう言って女性は指を立ててクルっと回しながら気さくに言っている。
ちょっとの知識で逆ワープできたら苦労しないと思うんだが……顔も認識できないし、この3人の中に凄腕の魔導師がいるってことか?
うん、俺の勘が言っている。こいつらに関わったらロクなことにならないと。
何となくだが、この女性も事を荒立てたくないご様子。
帰る素振りをして反応を見て、何もしてこないようならそのままワープで地上に戻っちまおう。
「それじゃあ、私達はこれで帰りますね。中間地点まで辿り着きましたがもうヘトヘトなので。今ここでは何もなかったことにしておきますよ」
「……助かります。私達のことは怪しいと思いますが、危害を加える気は一切ありません。このままお互い何も見なかったことにしましょう」
よし、俺の予想は正しかったみたいだな。
自分達が怪しい自覚はあるようだし、顔の認識阻害までしているから俺達と遭遇したのも都合が悪いんだろう。
正義感があれば問い詰めるのかもしれないが、俺はあえて危険を冒す気もしない。
ルーナとフリージアとマルティナを連れているから、俺達も他人と遭遇したのは都合が悪いからな。
それにこの認識阻害もフリージアやマルティナなら見破ってそうだし、隙を見てステータスアプリで正体も確認しよう。
ノール達からも特に反対する様子はなかったので、俺達は魔法陣の方へ向かおうとしたのだが……その前に小柄な女性が声を上げた。
「ねえ、そこの2人人間? ちょっとこっち来て顔見せてみなさいよ」
フードを深く被っていたフリージアと、シスハの後ろに隠れていたルーナを指差している。
な、何だと!? 的確にその2人を選んで人間なのか聞いてきやがったぞ!
小柄な女性の言葉に残りの2人が慌てて止めに入る。
「おい、止めろ! 余計なことをするな!」
「や、止めてください! せっかく穏便に済ませそうでしたのに!」
「明らかにこいつら怪しいでしょ! Aランク冒険者以外にここまで辿り着ける奴らがいるなんて報告聞いてない! 魔人かもしれないわよ!」
魔人、だと? 冒険者のこともよく知っていて魔人のことも警戒するって、マジでこの人達何者だよ。
でも怪しいのはお互い様だと思うんですが。
このままスルーして帰るか、それとも探りを入れるべきなのか……。
判断に迷っていると後ろがざわつき、振り向くとルーナが不機嫌そうな表情で前に出てきた。
おいおい! 変な疑惑かけられているのに余計なことをしないでくれ!
止めようかと思ったが、その前にルーナは小柄な女性に対して攻撃的に言い放ってしまった。
「貴様も人間じゃないだろ。魔人か?」
「なっ!? そそそ、そんなことないし! 言いがかりは止めてよね!」
「なら貴様も言いがかりだ。私が人間じゃない証拠があるか?」
「何を! そんなの気配で丸わかりじゃない!」
睨みながら腕組するルーナに対して、小柄な女性は片手を前に出して拳を握り締めて一触即発な空気だ。
うげっ、ルーナはめんどくさがりだけど、喧嘩を売られたら買うほど気も強いからなぁ。
俺が前に出て片手で静止すると、相手方も同じく2人が止めに入っていた。
「落ち着いてください! ここで争っても仕方がありませんよ!」
「でも!」
「止めておけ。それにこの方達が魔人だったら話し合いなんてしない。明らかにこっちより強いし人数も多い」
「くっ……」
不満だが納得はしたのか、小柄な女性もそれ以上騒ぐのは止めた。
なんだこの状況は、お互いに魔人じゃないかと疑い始めているぞ。
俺には全くわからないけど、ルーナが言うのなら何かあるんだろう。
確認のためフリージアにも目配せしてみると、うんうんと首を縦に振っている。
魔人か断定はできないが、あの小柄な女性が人間じゃないのは確かなのか。
とにかく争うことだけは避けないとな。
「とりあえずお互いに敵対する意思はないってことでいいですよね? どうやらそちらも事情があるようですし、こちらも騒ぎを起こしたくないのですが」
「はい、争う気はありません。あなた方が良ければこれで終わりにしましょう。彼が言った通り、そちらが魔人だったら既に私達は口封じされていますからね。力量差ぐらいわかりますよ」
なるほど、絶対に勝てない相手とわかっているから、この人はスルーしてもらおうと思っていたのか。
何となく俺じゃなくてノール達の方を見ている気がするし、実力差がわかるのはある程度の強者なんだろうな。
最低でも工房長やレビィーリアさん級の人達ってことだ。
小柄な女性だけは随分好戦的な感じがしたけど……人間じゃないからかもしれない。
ここはちょっと駆け引きをしてみようか。
「なら、1つだけいいですか? この魔導具であの方を見させてください。本当に見るだけですので」
俺はスマホを取り出して相手に見せつつ、小柄な女性を指差した。
さっきは盗み見ようとしたが、堂々と見れるならそれに越したことはない。
先に絡んできたのはあっちだし、実力差がわかるとなれば拒否をし辛いだろう。
「はあ!? どうして私がそんなこと――」
「お願いですから大人しく従ってください。そもそもあなたが余計なことを言うからこうなっているんですよ」
「ぐぬぬ……わかったわよ! でも変なことしたらただじゃおかないから!」
「ありがとうございます」
ほぅ、最初の反応は予想通りだが、すぐに要求を呑むってことはさっきの言葉に偽りはなさそうだな。
俺はステータスアプリを起動して一瞬だけ小柄な女性をカメラに収め、すぐにスマホを仕舞った。
「はい、終わりました」
「えっ、もう終わり? あの一瞬で何をしたのよ!」
「教えられませんが害になるようなことはしていません。実際何も起きていませんよね?」
「ぐぅ……」
自分の体をグルグルと見回し、仲間の2人にも何か起きてないか確認をしてもらっている。
出来るだけ不信感を与えないように、今はステータスの詳細は見ずに短く済ませた。
「それではこれで失礼しますね。迷宮探索頑張ってください」
「はい、帰ろうとしていたところご迷惑をかけてすみませんでした」
長身の女性から頭を下げた謝罪を受けた後、俺達は地上へワープする魔法陣の上に乗る。
すると目の前が光り輝いて、次の瞬間にはハジノ迷宮の外にいた。
謎の奴らとの遭遇に思った以上に緊張していたのか、俺はその場に座って盛大にため息をつく。
「……び、ビビったぁ。あいつら一体何だったんだよ」
「でも途中で帰ってよかったのでありますか? 攻略するまで迷宮に潜るつもりでありましたよね」
「いえ、あの人達もこれから迷宮探索をしそうだったし、あのまま進むのは良くなかったと思うわ」
「ただ者の気配じゃありませんでしたね。3人共かなりの手練れでしたよ」
「特にあの小柄の奴は異様だった。確実に人間じゃない」
「凄い威圧感があったんだよ! ちょっとカロンちゃんに似てた気がするね」
「僕の本能が危険だって察知していたね。でも魔人って雰囲気は感じなかったかな」
30層目にワープできる程だし、そりゃ当然実力者だろうな。
特に感覚が鋭そうなルーナ達が普通じゃないと感じ取っているのは危険だ。
カロンちゃんと似ているって言うのはよくわからないが……ステータスを確認すれば正体もわかるだろう。
さっそくさっき表示だけさせておいた小柄な女性のステータスを確認した。
――――――
●【護国の騎士龍】アルブス 種族:アウローラドラゴン
レベル:95
HP:1万2000
MP:6500
攻撃力:7000
防御力:4000
敏捷:325
魔法耐性:50
固有能力
騎士龍の加護 護国騎士
スキル
騎士龍の威圧 龍の闘争心
――――――
……は?




