魔導自動車教習
魔導自動車による魔物狩りを終えて数日たったある日のこと。
今日はシスハとマルティナに車の運転を教えるために訓練場に来ていた。
突然入ってくると危険なので、ノール達には何か用があったら電話してくれと伝えてある。
「これより自動車教習を開始する! 準備はいいな!」
「どんときやがれってんですよ。私は神官ですからね」
「つ、ついに僕が運転する日がくるなんて……緊張してきたかも」
シスハは得意げに腕まくりをして張り切った様子の一方、マルティナは車の教本を抱きしめてビクビクと震えていた。
正反対な2人の反応に大丈夫かと教える前から少し不安になったが、咳払いをして気を取り直して説明を始める。
「今日お前らにやってもらうのはとりあえず運転に慣れてもらうってところだな。俺の世界と違って交通ルールやら覚える必要もほぼないし」
「一応そのルールとやらを覚えた方がよろしいんじゃないですか?」
「いや、自動車が沢山走ったり人混みを走るならまだしも、基本的に誰もいない平野とかを走るだけだからな。車の操作やらは覚えてもらう必要はあるけど、オートマチックならそこまで苦戦もしないと思うぞ」
「事前に本で色々知識は得てみたけど、マニュアルとオートマチックで結構操作が違うみたいだね。ぼ、僕はとりあえずオートマかな……」
本当なら車を運転する際の決まり事などを学ぶ必要があるけど、ここは異世界でしかも自動車なんて走ってないからその過程は省く。
車自体に関して多少学んでもらうこともあるだろうが、それは運転を交えて教えていこうと思う。
マルティナは既に車の本を結構読み込んでいるみたいだから、それなりに知識を持っていそうだな。
訓練場を平原に変更してから魔導自動車をスマホから呼び出し、まずシスハに運転してもらうことに。
俺が教官役として助手席に乗り込むと、運転席に座っているシスハは明らかにワクワクして浮かれた雰囲気だ。
「実は前から大倉さんが魔法のカーペットを操作してるの見て、私も乗り物を乗り回したくなっていたんですよねぇ」
「そう言われるとなんか不安になってくるんだが。興奮してアクセル踏み込むんじゃないぞ?」
「最初の内はそんなこといたしませんよ。ですが、いざって時の為に速度を出した状態で運転する練習もするべきですよね?」
「いやまあ、高速運転に慣れるのも重要だけどさ……ホント慣れてからにしてくれよ」
「わかっていますとも! それに私は馬車の御者だってできますから、これの運転ぐらい楽勝ですよ!」
こいつ馬車の御者までできたのかよ……一体どんだけ技能を隠し持ってやがるんだ?
だがしかし、馬車と車の運転は似て非なるもの、そう簡単に習得できると思わないでもらおうか!
……シスハ達だったら割とあっさり乗りこなしそうなんだけどさ。
そんなこんなでエンジンの起動から説明してシフトレバーを動かして、シスハの運転する魔導自動車は動き出した。
あれだけ自信満々だった彼女も多少は緊張しているのか真剣な表情で、アクセルペダルを深く踏み込むことなくゆったりと車は走り出す。
「おぉ……ちょっとアクセルとやらを踏み込むだけでこんな加速するなんて、何だか妙な感覚になりますよ」
「少し踏み込むだけでも結構進むだろう? まずゆっくり進んでその感覚に馴染んでくれ」
「確かにこれでいきなり飛ばすと危なそうですね。うふふ、こんな楽しそうな乗り物を操作する日が来るとは思いもしませんでしたよ」
俺の言う事をちゃんと聞いてシスハは直進しつつも、左右へとカーブしたりと思うがままに運転をしている。
障害物もなく人も動物もいないこの訓練場内だったら危険もないし、地形も自由に変えられるから運転に慣れるならこれ以上にない環境だろうな。
と、そんな感じでシスハがノリノリで運転する一方で、後部座席にいるマルティナは青い顔をしてガクガクと震えていた。
「お前まだそんな緊張してるのか。この前マジックタレット撃ちながら乗ってたし車には慣れてきただろ?」
「乗ること自体は慣れたけどこれを自分で運転すると思うと……うっ、お腹が痛くなってきた……」
「全く、困った方ですねぇ。いつもの威勢はどこに行ったんですか」
「そ、そう言われても……僕乗り物なんて操作したことないし……」
「スケルトン犬に乗ってるような感覚でいいんですよ。それにこの空間には私達以外誰もいませんし、存分に失敗して構わないんですから。こんな風に、ね!」
「うひゃぁぁぁぁぁ!?」
シスハが言うと同時にアクセルを踏み込んで、グイっと速度が上がりマルティナが悲鳴を上げた。
俺も突然の加速にビビッてギョッとしながらも息を呑んだが、すぐにシスハに抗議の声を上げる。
「おま、ふざけんな! 急にアクセル踏み込むんじゃねぇ!」
「うふふ、すみません。加速するとどうなるか気になりまして。思っていた以上に速くなるんですね。これなら魔物が飛び出してきてもそのまま轢き潰せそうですよ」
「いやお前……人によっちゃトラウマになるから絶対にやるなよ」
「わかっていますよ。ですが武装の中に敵に突撃するのもありましたし、そういう運用方法も想定範囲内ですよね」
あー、確かにラムアタックだとか車で突撃する専用武装も追加一覧にあったな。
100キロどころか500キロの速度で突っ込んだりしたら、いくら魔物だろうとひとたまりもなさそうだ。
その速度で突っ込む方も恐ろしい体験をしそうだから、そんなことする日が来ないことを願うぞ。
一通りシスハが運転をし終えて、次はマルティナが運転する番。
運転席に乗り込んだマルティナはシートベルトをしっかりと着用して確認した後、足元のペダルやハンドルなどを細かく確認している。
「え、えっと……これがアクセル、こっちがブレーキ、シフトレバーはドライブにして……左右、前後ろ……」
そう呟きながら何度も繰り返し確認をして、ようやくマルティナは魔導自動車を出発させた。
のだが……5キロにも満たない速度でノロノロと進んで一向に加速させる様子がない。
「さすがに遅すぎるんじゃないか? もう少し踏み込んでもいいんだぞ」
「いやいやいや、もうちょっと、もうちょっと慣れてからじゃないと……」
「マルティナさんは意外と慎重派なんですね。1人でやらせたらとんでもなく時間をかけてやりそうですよ」
「まあ慎重なのはいいことなんだけどさぁ」
ガチガチに体を強張らせて目を見開きながら、バックミラーやサイドミラーを何度も確認してマルティナは車を走らせている。
彼女にとっては初めて乗る未知の乗り物だろうし、これぐらい慎重になるのも無理はないか。
そんな感じでしばらくマルティナの思うままに運転をさせていると、ようやく慣れてきたのかアクセルを踏み込んで加速を始めた。
体の強張りもなくなって表情も和らいでだいぶ落ち着いてきたご様子だ。
「どうだ? 慣れてきたら結構余裕出てくるだろ」
「う、うん……けどちょっとまだ怖いかも。この前山へ狩りに行った時、君はよく運転しながら平然と会話できたね。初めて君が凄いんじゃないかと思ってたきたよ」
「へへっ、俺だって捨てたもんじゃ……初めてだと? おい、お前それは褒めているのか?」
「いいじゃありませんか。私も大倉さんからこういうことを教えてもらうなんて新鮮な感じがしますよ。初めて少しだけ尊敬の念を抱いたかもしれません」
後部座席にいたシスハまでクスッと笑いながら言っている。
こ、こいつら、今まで俺のことを一体何だと思って……まあ、俺がシスハ達に教えてもらうことはよくあるけど、その逆は皆無だからある意味新鮮ではあるのか。
元々のスペックが超人だし運転技術もすぐ逆転されそうではあるが、しばらく教官気分に浸っておくとしよう。
マルティナも余裕が出てきたおかげか会話をしながら運転していると、魔導自動車に関しての疑問を口にし始めた。
「それにしてもこの車って色々な機能があるけど、自動で運転してくれるとかないのかい?」
「勿論あるぞ」
「そんな機能あったんですね。なら私達が運転できなくても問題なかったのではないのですか?」
「いや、完全に自動運転任せにする訳にもいかないだろう。何かあった時のために結局運転手は必要だから、複数人運転できた方がいいのは変わらないぞ。ひたすらまっすぐ進む時にちょっと楽ができるって程度だな」
自動運転モードはまだ試してないけど、さすがに運転手不在で走行させるのは不安だからな。
細かい操作や緊急時のことを考えたら誰かしら運転席にいないといけないから、運転要員を増やした方がいいだろう。
それでも平地とか地平線まで真っ直ぐな場所を移動する時は使えそうだから、自動運転モードも購入してその内試してみよう。
マルティナの運転も一通り終えた後、さらに細かい運転を試すために訓練場を町中フィールドに変更して運転をしてもらった。
この世界の町を参考にして形成されているのか中世の雰囲気の町中なので、車が走るように道路は整備されていない。
それでも主要な道は馬車が通れるようにか広いから何とか走れるけど、路地などに入るとかなりギリギリで2人共車体を擦ったり段差に乗り上げたりとかなり苦戦している。
実際に町中を走ることはないだろうが、こういう経験を積んでおけば細かい運転も慣れていくはずだ。
俺はちょくちょくアドバイスしながらも見守っていると、シスハとマルティナは2人で色々と運転に関して話し合っていた。
「うーん、外を走るのは気楽ですけど、町中ですと色々と気を付けないといけませんね。ただ走るだけでも当たらないか注意が必要ですけど、本当ならここに人も歩いていると考えたら気が抜けませんよ」
「うぅ、壁の端っこにぶつけちゃったよ……それに段差も乗り上げちゃった。車体の距離感とか全然掴めないよ。これが実際の町だったらどうなっていたか怖くなってくる」
「うふふ、あなたはまだまだひよっこですね。その様子ではこの先が思いやられますよ」
「……アルヴィさんもバックする時に車体を擦って――」
「はい? 何か仰いましたか?」
「いえ! 何でもございません!」
シスハの威圧感ある笑みを受けてマルティナはビシッと姿勢を正して震えている。
だが、以前に比べれば冗談交じりなのか2人は軽く笑い合いながらまた談義を始めた。
うーむ、魔導自動車の運転を通して仲が改善されていけばいいなぁ。




