策を弄しても
「う、うわぁ」
ああ、俺はこの人のせいで、なんか寿命短くなってる気がするよなぁ……主にメンタル面でショック受けすぎて。
本気でそう嘆いたが、しかしもうどうにもならない。
元の世界のエレベーターと違い、このガタゴトうるさい機械式エレベーターは死ぬほど上るのが遅いものの、それにしたって猶予はあと二分~三分だろう。
「悩むでない、ナオヤ」
ウエストをきゅっと絞ったゴスロリ風の漆黒ドレスを着込んだマヤ様は、対照的に実に機嫌良さそうだった。
何度か見た覚えのある妖艶な流し目をくれて、この決死のステージ手間で、余裕ぶっこいている。
「マヤを置いて行こうとするからだ。そもそも、マヤの身は心配するくせに、自分は一人で最上階へ特攻とか、話にならない。むしろマヤよりナオヤの方が危ない。自分の命を軽視するのは、おまえの悪い癖だぞ」
茫然自失状態から抜けきれず、なぜか脳内で「南無阿弥陀仏」とか唱えていた俺に、諭すように言われる。
「自分が死んでもマヤを生かそうなどと考えるのはよさぬか。お互い主君一人、直臣一人の身ではないか。死ぬ時は一緒ぞ……マヤだけ残して逝こうとするな」
「いえ、直臣の身でその考え方は問題あるかと。だいたい、俺がマヤ様と一緒に死んでどうします? 臣下としては、主君を生かして自分が危険を冒すのは、至極真っ当な考え方だと思いますよ」
「と、とにかく駄目だ……ナオヤに限ってはな……ばか」
小さい声で何か言われたが、後半辺りのセリフ、実は俺はあんまり耳に入ってなかった。前に陛下と歓談した時に最上階まで上がった経験を思い出して、どれくらい時間が残ってるか戦々恐々としてたからだ。
嗚呼ぁあああ、隙間にしか見えない階を何度か超えたし、もうだいぶ上がった気がする。
最上階までもうちょっとだしぃいい、こんなコトなら、せめて地下を目指すべきだったよっ。
出荷場に行って、まずギリアム達に合図を送る方がマヤ様が生き残る確率高かったかも!
どうするどうするどうするどうするっ。
今回はホント、マジでなんも思いつかない!!
……などと、延々と脳内で念仏と繰り言の堂々巡りをしていた俺は、急にとんでもない馬鹿力で引き寄せられ、ぐっと唇を押しつけられた。
「――! ひぐっ」
素早く身体が離れちまって実に惜しかったが、今のは絶対、幻じゃなかった――はず。
「なんという悲鳴を上げるのだ、失礼な」
ぷりぷりして言われた。
俺と違って顔が少し赤い他は、全然落ち着いてるマヤ様である。
「無茶は置いて、いきなり最上階へ行くのは、そう悪い選択肢でもなかったかもしれないぞ。元々あのいけ好かないヤツがいかにもふんぞり返ってそうだ。人を戦いに出して、自分は奥に引っ込んでいるタイプだからな。ならば二人で切り抜ければなんとかなるかもしれない」
「いや……そうじゃなくて、今のキスは」
「へ、下手をすると過酷な戦闘になりそうだから、気合いを入れてやったのだ」
ぼっといきなり赤みが増した頬と真紅の瞳で、マヤ様がぷいっと横を向いた。
「じゃなくて、マヤがわざと話を逸らしているのにまた戻すな、ばかばかっ」
罵倒された上、足を踏まれた。
まあ、手加減してくれたけど……してくれなきゃ、俺の足が潰れてるけどな。
「す、すいません」
とはいえ、普通、これはスルーできないよっ。
などと考えていたところに、ついにガタッと一際大きい揺れがあり、目の前の蛇腹の金属ドアの向こうに、廊下が見えた。
「気持ちを切り替えるがよい、ナオヤ。……着いたぞ」
先に出ようとするマヤ様を、いつになく押しのけ、俺はガラガラとエレベーターのドアを開ける。音をさせないようにしても無駄だな、これ。
実際、前見た時より薄暗い石廊下の向こうで、たちまち反応があった。
思いのほか、大勢の護衛達がさっとこちらを見て、身構えている。うお、ちょっと予想外だったな、これ。
ここまでくりゃかなり勝算あると思ったのに。
「――っ! 何者かっ」
わ、わわっ。
しかも、十センチも歩かないうちに誰何されちゃったし。
早いよっ。夢も希望もない! 少しは、忍び歩きとかさせてくれよ。
「い、いぇえええ……大した者ではないです(実際そうだ)。気にしないでください、はい」
俺は慌てて手を振りつつ、せかせか歩く。
この最上階は天井まで十メートル近くありそうな上、石廊下自体も横幅が馬鹿みたいにある。ちょっとした殺陣くらいなら、余裕でこなせるわけで……できれば誤魔化しつつ近くまで接近したい。
人数差を奇襲で何とかしたいじゃないか。
なにせどう見ても、向こうは二十名はいるからな。
前はせいぜい二人とかだったのにな、くそ!
ところがそこでまたマヤ様が、さっきの仕返しのように俺をクソ力で押しのけ、人を壁際まで吹っ飛ばしやがった。
お陰で壁にぶつかった挙げ句、尻餅ついちまったよ。いきなりダメージ受けて痛いしっ。
「あ、駄目っ」
情けないセリフが出ちまったのは、この先の展開がリアルで読めるからだ。
わかってたからこそ止めようとしたのに、今度も遅かった。
間に合った試しがないよ、ホント!!
「何者かだと? 無礼者めらがっ」
いきなり特徴ある声音で叱声を飛ばすと、自分からガツンと名乗ってくれた。
せっかく、暗くてよく見えてなかったのに。
「魔王の一人娘、マヤ・グリュンワルド……人呼んでダークプリンセスが、いとこ殿に直談判に来てやったぞ!!」
ふっと右手を横にやると、例によって悪夢のようなでっかい大剣が握られた。
くそっ、日頃から暴れん坊将軍の見過ぎじゃないんですか、貴女はっ。
だいたい、さも予定の行動みたいに言わんでほしいよ!
予定が狂いまくった俺は、今度こそマヤ様に先んじ、自分が抜刀して走り出した。
「あ、これっ」
手を掴まれそうになったが、ささっと避けて駆け抜ける。
「いいから、マヤ様は後ろにいてください!」
暗い石廊下に、魔力付与の赤い輝きが眩しい。
魔剣持って廊下を駆けるってのは、本当はカッコイイ場面のはずなんだが、俺はむちゃくちゃ涙目だった。比喩ではなく、マジ涙目だったっ。
いろいろ策を弄しても、結局、最後はこんな特攻かい!




