お得意のアレ
ま、待て……落ち着け、俺。冷静に考えて、普通ならバレるわけない。
わざとらしく足踏みして振り向きつつ、俺は自分に言い聞かせる。
なにせ、変装にはそれなりに苦労したのだ。
金髪はまとめて長いタオルの中に押し込み、見た目はターバンみたいにしてあるし、さらにその上からローブで頭まですっぽり隠してある。
念には念を入れて、瓶底メガネみたいなのもかけてもらい、特徴ある赤い瞳を隠してあるわけで。
今なら仮に正面から見たって、小汚い女奴隷にしか見えないはず……はずだ!
しかし、元上官のガラドは、人間離れしたヤツだったらしい。
怪しすぎる格好のマヤ様を眺め、こう言いやがった。
「貴様、顔――はまあ、謎だが。しかし、そのローブ越しでも胸と腰のラインはよくわかるぞ。実はなかなかいい女だと見た」
言葉だけではなく、実際、じろじろとローブの腰の辺りを眺めている。
「……いい尻しとるようだのぅ」
なぜか路上脇で両手をニギニギしながら言う。
気色悪いぞ、おっさん。仮にも魔界の門を監督する立場なんだから、任務を忘れて酒場で女くどくような真似は止めろよ。
周囲の奴隷を含めてみんなドン引きしている。しかも、このせいで皆が両者を見比べ、行列の進行が止まっているほどだ。
くそっ、意図しないような障害だな、これ。
「ぜひ、その汚いメガネとローブを取って、顔を見せてみよ!」
や、ヤバい……俺はそう思ったし、もちろん一部始終を見ていた頬傷の二等戦士も同様である。 慌てて、両者の間に立った。
「か、監督官殿。申し訳ありませんが、我らは任務が」
「ええい、うるさいっ」
途端に、ガラドは不機嫌な顔になって怒鳴りつけた。
たるんだ頬を震わせ、唾を飛ばす。
「おまえにも他の奴隷にも用はないっ。その女を置いて、とっとと行くがいい」
「しかし――」
「私に逆らうつもりかっ」
話にもならんことに、ガラドは早速、腰の剣に手をかけた。
いやぁ……こいつは性格変わってないな。
俺が冷や汗流して状況の打破を思案していると……いきなり黙り込んでいた「変装マヤ様」が歩き出した。
よりにもよって、ガラドの元へ。
「そうか……そんなにこの身がほしいか」
「ふははっ。その身分をわきまえない気の強さ! ますます気に入ったぞっ。そういう女を泣かせるのが、私の好みだ。ほれ、近こう寄るがいい。交代時間が来たら、私の屋敷まで連れて行ってやるでな」
自分こそ緩み切った顔で手招きする。
「しかし、まずはメガネとローブを取って、顔を見せよ……ほれ、早うっ」
「ふん……望みとあらば見せようではないか、ガラド戦士長」
低いハスキーな声が返す。
細い肩が怒りで震えているのがはっきりわかった。
うわ、ヤバっ――と俺はさっきまでとは別の意味で思った。なんといってもマヤ様は「我慢しない女の子」である。
だいたい、ああいう口調でしゃべった後は、たいがい青ざめるような展開になるのだ――この俺が!
当然、焦って駆け寄ろうとしたが、あいにくぜんっぜんっ遅かった。
マヤ様はその場で変身ヒーローのごとく小汚いローブをばばっと脱ぎ捨て、頭に巻いたタオルをも外してしまう。
仕上げに、瓶底メガネをむしり取り、軽く首を振った。
長い金髪が豪奢な照り返しを見せ、シャンプーのCMみたいに華麗に舞う。
そして……真紅に染まった瞳がガラドを見据えた。
「おお、予想通りの――」
言いかけ、ガラドが石みたいに硬直する。
さすがに正体に気付いたのだ。
「ま、まさかっ」
「そのまさかだ、愚か者がっ。このダークプリンセスを相手に、よくぞそこまで愚弄してくれたぞ」
「あぁあああっ」
言下に、マヤ様が例の黒い大剣を手に生じさせる。
……全然関係ないけど、「あぁあああっ」てのは、絶望した俺の呻き声である。
「貴様の醜い豚面は見飽きた! 父に代わり、このマヤが引導を渡してくれるっ」
止める暇も何もあったものではない。
疾風のごとくガラドの眼前に躍り込み、真っ黒な大剣を振り下ろした。
ドガッと、もはや聞き慣れた嫌な音がして、大剣が路上に半ば食い込む……もちろん、頭から割られたガラドは、綺麗に真っ二つになって左右にべちゃっと倒れた。
「や、やってくれた……つか、また二つ割りだよっ」
貴女は、人を斬る時、縦割りに真っ二つにしないと辛抱溜まらん性格かナンカですかっ。
「ふんっ。思い知ったか、たわけっ」
颯爽と金髪をかきあげ、心地よさげに言い捨てたマヤ様が、恐ろしいまでに目立っていた。
もはや猫が見たって「あ、これがダークプリンセスだ」ってわかるな……。




