素のまんま
いきなりのサプライズにうろたえたが、もう今更、どうにもならない。まさか、ここで遁走するわけにもいかないし。
せいぜい、バレないように祈るくらいしか。
……ついに集団は帝都の門前まで来て、停止を命じられた。
チェック役の衛兵が必要書類を受け取り、眺めている。しかし、そのうち眉をひそめた。
「うん? 予定人数より多いようだな」
「はっ」
例の頬に刀傷のある優等生が、何気ない声音で頷く。
「珍しく志願する者が大勢いたので、そのまま戦闘用の奴隷として連れてきました」
「ふむ……確か、少し前に通った奴隷輸送の集団も、似たようなことを言ったが。戦闘用とはいえ、通常、奴隷に払う俸給などは、微々《びび》たるもの……いくら食い詰めたとはいえ、志願者などそうそう出ないはずだぞ」
胸につけた階級章からして、上等戦士らしき叩き上げの戦士は、訝しそうに手にした書類と集団を見比べている。
「特に今は、ファルシオン伯から『僅かな異状もそのまま見過ごすな』と命じられている。遠路戻ったところですまぬが、もう少し詳しい状況を説明してもらいたい」
おいおい、頼むよ! 俺は背筋に冷や汗をかいた。
魔界戦士のくせに、おまえちょっと勤勉過ぎるだろっ。
最悪なことに、行列を止めたせいか問題の監督官――つまり、俺を散々死地に追いやりかけてた上官が、不機嫌な顔でやってきた。
「どうした、なぜ止めている?」
「はっ」
今度は、係官の上等戦士が緊張する番だった。
「実は、この二等戦士が監督する奴隷集団が、予定より人数が多いらしいので……その理由を尋ねようと」
うわぁ、ヤバいヤバいっ……と一人で焦った俺だが、さすがは怠慢戦士長である。
肝心な時に、俺の期待を裏切らない。
こいつ、確かガラドとかいう名前だったと思うが、とにかくそのガラドがあっさりとこう言った。
「よいよい、そういう時もあるだろう。前に通った奴隷輸送の集団も、少し多かったしな。今日はたまたま、そのような日に当たったということだ。行かせろ」
「はっ……しかし一度ならず二度までも、予定人数をオーバーしたというのはどうでしょう? 通常、奴隷の徴集は予定より少ないことはあっても、その逆はまずないはずですが」
とか何とか上等戦士が言いかけたが、ガラドがたちまち不機嫌な顔になって喚いた。
「貴様は馬鹿かっ。奴隷の人数が多少多かったくらいで、いちいち止めていたら、そのまま日が暮れるわっ。このガラドに残務をさせるつもりかっ」
「い、いえっ。し、失礼しましたっ」
八つ当たりされた上等戦士は不服そうな顔ながら慌てて敬礼し、そのまま手を振った。
「……ガラド様のお許しが出た。行っていいぞ」
「はっ」
仲間になったばかりの二等戦士はあからさまにほっとしたように頷き、そのまま一行を門の中へと進ませる。
よ、よかった……何とか誤魔化せたか。
マヤ様と同じく、頭まですっぽりと小汚いローブを被った俺は、それこそチビマリオみたいに小さく背を丸め、こそこそと門を通過しようとした。
「ったく……このような閑職に追いやられただけでも腹に据えかねるのに、さらに仕事を増やすな、愚か者」
ガラドのぶつぶつ言う声が聞こえる。
あ、さてはこいつ、魔王陛下に飛ばされたな? 俺は無性に嬉しくなり、にまにまと笑ってしまった。なぜなら、おそらくその原因は俺にあるからだ。魔王陛下と歓談してた時、俺がこのかつての上官のひどさをだいぶ訴えたからな!
くしし。
「魔王がいなくなり、ようやく私が返り咲けるかどうかのこの時に、少しでも汚点を残すわけにはいかんのだ」
……さらにむかつく独白してやがるけど、もはや俺は目もくれず、ひたすら足を速めた。
なに、侵入しちまえば、こっちのもの……のはずだ。
「おいそこっ」
「おわっ」
油断してたところに、いきなりガラドから怒鳴られ、俺は飛び上がりそうになった。
動揺しまくって横目で見ると、ガラドは鬼みたいな形相で俺を睨め付けている。んな馬鹿な、頭まで覆ったローブで、ほとんど顔も見えないはずだけどっ(ドキドキっ)。
「わ、わわ、わたひですか?」
作り声300パーセントの声で返す。
「そう、緩んだ横顔のおまえだ、小僧。一人だけ列を離れるな、馬鹿者っ。ちゃんと前の者に続いて歩かんかあっ」
ガラドが盛大に唾を飛ばす。
「すびませんすびませんっ、そりゃもう、へえっ(作り声)」
うるせーおっさん! と言い返したいのは山々だが、ここはぐっと我慢である。
俺は慌てて列に戻り、うなだれたように頭を垂れて歩き出す。び、びびらせやがってからに。
だいたい列とズレたって言っても、ほんの一歩か二歩やん。自分はおおざっぱなくせに、他人にはいちいち細かいんだよっ。
(今は午前だけど)いつも月夜の晩と思うなよ、おっさん!
脳内でありったけの呪い文句を吐き散らしつつ、俺はいそいそと列に戻る。
ふう……もう駄目かと思ったな、ホント。
まあでも、今度こそ何とか無事に門を通ることが――。
「おおっ。おい、そこの女、待て!」
疫病神のガラドの声に、俺はまた飛び上がりそうになった。
俺の少し後ろに、灰色のローブを纏ったマヤ様がいるのだが……どう考えても、呼び止めたのはこのお方だろう。
「……なんだ?」
怒りを押し殺したようなマヤ様の返事がした。
つか、俺を見習って作り声くらい工夫してくれよっ。
声がまるっっきり、いつものまんまやんっ。
素のままで答えてるよ、この人!




