誘った理由
いや、しかしそれはまずくないですか? と一応俺は訊こうとしたのだが……よく考えたら、すると今度は「なぜだ?」と、常識外れのマヤ様から逆に訊き返されるだろう。
この説明がこの方相手にはひどく難しい。幼女相手に、「気軽にパンツ見せるな」と言うようなもので。
……などというのはまあ、単なる言い訳だろうな。
所詮俺は、年頃のガキに過ぎないので、「そ、それはぜひお願いしたいですっ」というのが本音なのは言うまでもない。
なので、なし崩し的にマヤ様について行ってしまった。
風呂があるだけでこの砦は見上げたものだが、場所がまた、地下牢とは別の地下広間である。つまり、自分達で沸かしているわけではなく、他から温泉の湯を引いてきているのだな。
お陰で多少ぬるめだが、風邪を引くほどでもない。
そして幸い、マヤ様が入浴する時間は、一般兵士はもちろん、他の女性達とも別枠扱いで、邪魔が入る気遣いはない。ないが湯殿の手前にある「着替えの間」に入る時に、入り口に立っていた覗き防止用の警護の兵士が俺達を見た……目をまん丸に見開いて。
……実はこの見張りは、俺の命令で輪番でついている。
この砦は言うまでもなく男の方が圧倒的に多いので、不心得者が出ないように、先に手を回したのだ。マヤ様に限らず、女性が入る時間帯は全てに見張りが付くようにと。
――とにかく、その見張りである二等戦士が、ぎょっとしたように俺を見たのが印象的だった。
いや、これは違うんだ……と説明しようと思ったものの、説明もクソもないな、これは。
結局、沈黙したまま中に入ってしまった。すげー気まずい。
いよいよ八畳間ほどの「着替えの間」に入ると、そこはもう、壁に正方形の区切りが一杯入った、素っ気ない木製の服入れが並んだ場所である。
脱いだ服をそこに入れて、後は奥の温泉に浸かるわけだ。
この世界にも元の日本より遙かに劣るが、一応は石鹸に近い品がある。湯桶にその灰色をした石鹸とタオルなどの品を入れたものを足下に置き、マヤ様はさっさとドレスを脱ごうと……して、俺を見て首を傾げた。
「……どうした? 目が随分と血走っているぞ」
「え、ええっ!? いや、ただ緊張してるだけだと思いますが」
思わず目を擦り、俺は応じる。
「そ、それより……マヤ様は以前も男と入浴したりしましたか?」
何となく気になり、尋ねてしまった。
「前に言ったはずだぞ。男は臭いし、目つきがうっとうしいから、なるべく遠ざけることにしている。そもそもマヤは、風呂は一人で入るのが好きだ。普段はメイド達も一緒に入らせないな」
「……それはよかった」
胸を撫で下ろしてしまった。
いや、なんかの本で、大昔の貴婦人は、奴隷男の前で平然と着替えたと読んだことがあるしな。相手を人間扱いしてないからだろうが……て。
……じゃなくておい……もしかして、この場合も同じなのか!
自分で考え、自分で落ち込んでしまったぞ、くそっ。
「どうした? くるくると表情が変わるな、ナオヤは」
「いえ……別に」
我ながら沈んだ声で返し、
「あ~、一応臣下として進言しておきますけど、その方針は今後も貫くべきですよ。大抵の男は美人……いや、美人でなくても女性の裸に異様な興味を示す者が多いんで、マヤ様などは大いに危ないです」
あほらしいと思ったが、今後のこともあるので、俺は幼女に説明するように説明しておく。
こう見えて、それなりに嫉妬深いしな、俺。
奴隷男が相手だろうと、目の前で脱いでほしくない。
しかし、服に手をかけていたマヤ様は、俺の返事を聞くと、なぜかそばに寄ってきて右の頬に片手を当てた。
まじまじと見つめられ、俺は無闇に焦ってしまう。
「な、なんでせう」
「いや……ナオヤは、ジャスミンと似たようなことを言うなと思ったのだ」
「ええっ。あの人も同じ注意を?」
意表を衝かれちまった。
あのピンク髪メイドさん、やっぱりマヤ様にも余計なことを吹き込んでいるのか。いや、この場合は適切なことかもしれないけど。
「うん。最近のジャスミンは以前と違い、口うるさくなったな。マヤに『あまり奔放に振る舞うことのないように』と遠回しに何度も言うぞ。特に、男に肌を見せるのはまずいらしい」
こ、このセリフを聞いて、俺は顔色を変えないようにするのに、すげー神経使ったよ!
たまらんな、ジャスミンっ。
人の気も知らず、マヤ様は目を細めて俺の顔を覗き込み、続ける。
「全てあの者の受け売りだが、男は女と見れば襲いかかり、乱暴するものと考えた方がいいとか。そうなのか、ナオヤ?」
「い、いやぁ……それは男によるのではと」
つか、教えてたのか、あの人!?
まあ、あの人なら言いかねんが。
「そ、そもそも大抵の男には理性というものがありますからね……はは。でも、男の本能的に、確かに女の子の裸には弱いでしょうねぇ」
つか、俺は着替えの間にまで来て、何を言ってるのか。
焦りまくってるせいか、論旨が支離滅裂だな、しかし。
マヤ様自身も多少は思うところがあるので、なぜか少し恥ずかしそうだった。
「うん……ジャスミンが嫌というほどそう説明してくれたぞ。しかし……逆に言えば、大抵の男はマヤの裸を見たがるわけだろう? そういう理屈にならないか?」
「そ、そうでしょうね、ええ」
いちいちドモりつつ、俺は肯定する。今更否定してもな。
「ならば、ナオヤも見たいはずではないか?」
「えっ」
急にマヤ様の声が小さくなり、俺はちょっと正気に戻った。
「だから、マヤは誘ってみようと思ったのだ」
「うえっ?」
じっと見返すと、痛いほど真剣な薄赤い瞳が目前にあった。
「聞こえなかったか? そう聞いた故に、ナオヤが喜ぶならと思って誘ってみたのだが……どうもナオヤは、喜ぶより緊張して居たたまれなさそうだな。……さほど関心はないように見える」




