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上手く運びすぎた策


 カシムを逃がした後は、俺は砦の兵士達を指揮して、せっせと防戦準備に入っていた。

 もちろん、マヤ様のいとこだというファルシオン伯が、こちらに軍勢を差し向ける可能性を考えたからだ。


 幸い、帝国が保持していたこの砦には、多額の軍資金と一年分はあろうかという兵糧が蓄えられてあり、占領した俺達はそれらを全てちょろまかしているわけだ。

 故に、防戦さえ可能ならば、かなりの期間をここで粘ることができる――はずだった。


 その可能性をさらに高めるために、防壁をさらに整備したり、砦の唯一の門に補強を入れたりと、防戦準備にせっせと時間をかけていたのである。

 そのうち、帝国に送り出していたエルザが戻って来て、諜報の成功を報告してくれたし、魔界の帝都に潜入させていた部下達からも、流した噂がどんどんファルシオン伯の耳に届いているという、嬉しい報告をもらった。


 後はこっちの目論見通り、時間稼ぎくらいにはなってほしいものだが……実のところ、俺が打った布石は、発案者の俺もびびるくらい、上手く運んだ。

 いや、むしろ上手く運びすぎた!

 なぜなら、カシムを逃がしてから一ヶ月も経った頃、帝都と魔界の両方に潜入している間諜から、こんな報告が届いたからだ。


「ファルシオン伯は臣下達に命じ、五千の軍勢を整え、帝都マヤから出陣した模様。目的地は、ルクレシオン帝国の帝都、クレアール!!」


 ……これが魔界側の間諜が寄越した報告で、方やルクレシオン側はこうだ。


「ルクレシオン帝国の帝都クレアールより、八千五百の軍勢が魔界の帝都へ向けて進撃を開始。指揮官はレイバーグとのこと」


 つ、つまり、魔界も帝国も、双方に向けて軍勢を送り込んだわけで、これはちょっと俺が予想していたよりとんでもない結果になった。

 むしろ、俺の責任重大である。





 元々、俺が試みた策というのは、実に簡単である。

 まず、エルザを始め、帝国側に間諜を多数送り込み、ある誤報を王の耳に入るように画策する。内容は「魔界のファルシオン伯は、リベレーターと呼ばれるかつての強敵と和解し、彼らの力を借りて、近々、帝国に攻勢を掛ける模様」。


 そして魔界側には、逆にこんな誤報を広める。


「ルクレシオン帝国のベルグレム王は、リベレーターと急速に接近しつつある魔界の現状に危機感を抱き、近々大規模な軍勢を送り出す予定」


 このデマを広めるために、俺はわざと、ふん縛ったリューゲルの近くでルクレシオンの捕虜から入手したという(偽の情報を)うっかりしゃべり、その後で隙を見せてヤツが逃げられるように仕向けたわけだ。もちろん、他の間諜もじゃんじゃん帝都マヤに出している

 あるいは、エルザや他の間諜の助けを借りて、帝国側にも同様の諜報活動を行っていた。


 狙いは単に、「これで、しばらく魔界と帝国の双方が睨み合ってくれれば、俺達はその間に情報を集めたり、体勢を立て直したりできる!」と思ったからだ。

 リベレーターと接触した魔界側はもちろん、帝国側も前にマヤ様を誘拐しようとしたし、俺はおそらく彼らも、リベレーターのことを知っていると思ったんだな。

 少なくとも王とその側近は知っているはずだ。


 レイバーグと会った時も過去の歴史がどうのと匂わせていたし、マヤ様を誘拐したのも、きっとリベレーターの情報を入手したいからに違いないと。そう踏んだのである。

 魔界も帝国も首脳部はリベレーター絡みの情報に神経を尖らせているわけで、そこを突けば、あるいはこの策は上手く運ぶかもしれないと……俺はそう考えた。

 



 

「ところがところが、ナオヤの策は思いの外、薬が効きすぎたな。双方、相手側に向かって軍勢を送り出してしまった」

 意外に冷静な――どころか、むしろ愉快そうにマヤ様が言った。

「はあ。なんか嘘みたいに上手く運びましたね」

 マヤ様の部屋に呼ばれた俺は、冷や汗をかいて立っていた。

 ちなみに、他に俺が呼んだギリアムとネージュも後ろに立っているが、マヤ様はそっちはほぼ無視して、俺とばかりしゃべっている。


 今日はベッドではなく、ちゃんと椅子に腰掛けて高々と足を組んでいるが、俺もさすがに太股に目をやっている場合ではなかった。

「さて、これからどうする、ナオヤ。このままでは、もうすぐ双方の軍勢が激突するぞ」


「そう……ですね。しかも、ルクレシオン側の指揮官は、あのレイバーグです。数も魔界側をだいぶ上回る。普通に考えれば、レイバーグの軍勢は魔界側を破ってしまうような」


「しまうような、ではないぞ? そうなると、下手をすると魔界まで攻め込まれるではないか」

 呆れたように指摘するマヤ様の言葉は実にもっともである。

 敵であるファルシオン伯が失脚するのはいいとして、魔界ごとコケるのはヤバい。俺達の帰る場所がなくなってしまうわけだ。


 なぜかみんな俺の反応を窺っているので、やむなく俺はマヤ様に進言した。

「方策は二つ……でしょうか。一つは、このまま静観して、この戦の結果を見守ること」


「却下だ」


 マヤ様はきっぱりはっきり言うてくれた。

「それでは何も変わらない。今は動く時だぞ」

「……でしょうねぇ。そこで、もう一つの策です」

 だから、自信ないっていうのに! 

 俺は元々、軍師でもなんでもないんだよぉおおお……と愚痴りまくりたかったが、遺憾ながら、ここではその役を果たすような人材が他にいない。

 しょうがないので、小さい声で述べた。


「魔界側が五千もの軍勢を出すということは、帝都マヤはその間、だいぶ手薄になるかと思います。そこで、その隙に乗じて俺達が攻め寄せ、帝都を奪還します。どうせファルシオン伯は遠征には臣下を出すでしょうから、彼も帝都にいるでしょう。上手くいけば、彼自身を押さえることも可能かもしれません」


 いや、全然自信ないんですけどね、とは言わず、とっさに考えたことをつらつらと述べる。

 これがまたマヤ様の反応は速攻だった。

 すっくりと立ち上がると、真紅に染まった目で俺を見やり、びしっと指差してくれた。


「その策はいい、実にいいっ。マヤ好みだ! 採用っ」


 いや……採用て……だから自信がないというのに。

 俺は助けを求めるように振り向いたが、ギリアムもネージュも目を逸らしやがった。みんな、マヤ様に直接かかわるのは怖いらしい。


 ……なんか俺の立場、どんどんヤバくなるな。


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