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マッサージ再び

 でもって、下手に引き抜かれたら嫌だから、魔王陛下への進言などは、全部グレイルが握り潰していたと。そう考えると、つじつまが合うっていうか、どう考えてもそれが真実のような。


「……もしかしてカシムさん、ルクレシオンの王子と王女をグレイルが押し倒そうとしていた件、知らなかったりします?」


「な、なんだと!?」

 カシムは太い眉を寄せ、盛大に顔をしかめた。

「押し倒す? あれは確か、捕虜二人が逃亡したため、グレイル様が手勢を引き連れて追ったのだろう。朋輩ほうばいの臣下やファルシオン伯から、そう聞いたぞ」

 あ、やっぱりこの人、思いっきり騙されてるな。

 俺はここで確信した。もう間違いない……この人、騙されてるよ。

「どうも、俺が実際に見たことと食い違いますね」

 きっぱりと言うと、俺はルクレシオン帝国の捕虜に対するグレイルの執着と、それにあの事件の顛末を教えてやった。


 ついでに「これまでも騙されてんじゃないですかー」というのを、ごくごく遠回しに、ヤワく伝えたのだが――。

 当然ながらカシムは、「なるほど、そうだったのか!」とは言わなかった。

 まあ、一発で信じてくれるほど、世の中甘くないと思ってたけど。


「そんなことが信じられるかっ」


 しかめっ面で最後まで聞いたものの、いきなりカシムは吠えた。

「それではおまえは、わしが今までグレイル様から聞いた話が嘘で、丁重に扱われていたのも、全部演技だったというのか!」

「実際、そう言ってるんですよ」

 肉の盾で散々死線を越えたせいか、元ボッチの俺もさすがに今は怒鳴られたくらいでは怖じ気づかない……まあ、マヤ様は例外として。

 至近から怒鳴るカシムに頷き、両手を広げてやった。

「グレイル本人とか、その家臣から話を聞くんじゃなくて、こういう場合は他の人の話も聞いた方がいいですよ。察するにカシムさん、これまでは魔王陛下のことも捕虜の事件も、全部グレイルかその関係者からしか聞いてないでしょう?」


「……む」

 見事に図星だったのか、カシムは難しい顔で黙り込む。

 辛抱強く待っていると、よほど経ってからいきなり顔を上げた。まだ立ったままの俺を見上げ、睨めつける。


「小僧、おまえの言うことにも一理はある。たしかにわしは、これまで自分の味方からしか魔王の話を聞いてない。その人質に関することもしかりだ。ならば、こうしよう。もしもわしをここから解放してくれたら、帝都に戻って自分のこの目で詳しいことを調べようではないか。今度こそ、偏った相手に訊くのではなく、な。どうだ、おまえにわしを逃がす度量があるか? もしその度量があるなら、真実を探り出した上で、わしは改めておまえ達にくだろう」


 ――おっとぉ!

 これは、なかなか予期せぬ反撃だったね。

 今度床を見つめるのは、俺の番だった。いや、説得しようとは思ったが、まさかそう来るとは。


 いやぁ……俺としてはそれもアリかと思うんだけど、マヤ様は反対するだろうなぁ。

 それでなくても「すぐに処刑だ!」と息巻いてたのを、やっと止めてたくらいで。

 しかし、「ほれ見ろ、無理だろーが?」となぜか勝ち誇ったように見返すカシムと目が合うと、「いや、無理ですね」とは言いづらくなっちまった。


 まあ、この人が詳しい事情を何も知らないのは、例のわざと逃がしたリューゲルも断言してくれている。つまり、とことん個人的な事情で戦ってんだな、この人。

 あるいは、そこに活路がある……かも。

「わかりました。まずはマヤ様を説得します。少々、お待ちを」

 俺はひとまずそう断り、地下牢を後にした。

 





 十分に予想されたことだが、早速相談を持ちかけたものの、もちろんマヤ様は笑顔でオーケーとはいかなかった。


「カシムを逃がせとな!?」


 風呂上がりなのか、丈の短い白いガウンを纏ったマヤ様は、ベッドに横座りして長い足を組み、俺を睨む。

 大変、不満そうだった。


 あー、なんかこの格好、雪子姫みたいだなぁと思って足を眺めていた俺は、慌てて目を戻し、コクコク頷く。

「大罪なのはわかってますが、あの人、単純にもグレイルの言うことを全部信じてたようです。つまり、本人にとってはこの反抗も正義なんですよ」


「知らなかったのは、罪をまぬがれる言い訳にはならない。違うか?」


 ……いや、そんなキリッとした顔で言われると、反論の余地ないですけど。

 まだ十三歳なのに、なんでこの方はこんなに大人っぽく見えるのか……いろんな意味で。

「違いません」

 やむなく、俺は頷く。

「違いませんが、彼の武勇はもったいないですよ。今の俺達には、幾らでも味方が欲しい時ですし、よほどのカス以外は説得できるものなら説得した方がいいです。根っこの部分じゃ、割と忠誠心高そうですし」


 懸命に言い募ると、マヤ様は渋い顔でしばらく考え、やがて立ち上がった。

 俺の前まで来て、頬に手を当てて目を覗き込む。……今下を見ると、胸元がモロ見えだな。

「逆にナオヤが騙されている可能性はないのか?」

「ない、と思います。あの人は、腹芸を使うような器用な人じゃなさそうですし。一応、後でミュウにチェックしてもらうかと思いますけど」

「……そうか」

 また考えたが、今度の返事は最初より遙かに早かった。

「許可してもいいが、条件を出そう」

「じょ、条件ですか」


「うん。今夜は例のまっさーじとやらを頼む。それで手を打とうではないか。……どうだ?」


 そ、そんなわくわくした顔で言われても。

 そこまでしてほしかったんですか、あれ……てこの言い方はなんかヤラしいな。

「わかりました。じゃあ、そういう条件で」

 俺の体力が心配だけど、ひとまず何とかなったぞ!




 砦から出ていく時、カシムは馬上(俺が提供した)で、一度だけ振り向いて俺を見た。

「小僧……いや、おまえは一度もわしに、『改めておまえ達に降ろう』と言ったのは本当か? と訊かなかったな。なぜだ?」

 あー、そういや確かに。

 つか、俺は結局、ミュウにチェックもしてもらってないな。どういうわけか、嘘ついてるとは全然思わなかった。


「貴方は嘘は言わないと思ったんですよ」

 迷った末、俺は正直に答えた。実際、他に言いようがない。

 まあ、人の顔ばかり窺ってきた俺の勘なんだけど。

「でも、別に誰の言うことでも信じるわけじゃないですよ。現に、リューゲルの言い草はいちいち疑ってましたし」

「ふん……礼は言わんぞ」

 例によって鼻息も荒くそっぽを向くと、カシムはそのまま馬を進め――ようとして、最後にまた振り向いた。


「だが、借りができたようだ」

 ぼそっとそんなことを言うと、カシムはそのまま馬を駆って去った。

 さて……この賭けが当たるといいんだけどな。

 

 つか、万一外れたら、俺の立場がヤバすぎるな。



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