世の中、金……か
その場で思いついたような俺の策を実行することに決め、俺達はその場からすたこたさっさと逃げた。というか、マヤ様の心積もりでは「一時の後退、あるいは転進」ということになるのだろうが、俺に言わせればまごうことなき、遁走である。
実際、後ろも振り返らずに全軍を急速に退かせ、元の占領砦に逃げ込んだ時、留守番していたエルザが俺達を見てすかさず言ったほどだ。
「なに、今回は負けたの?」と。
事実は、とりあえず負けてないどころか、元々こちらの交代として送り込まれた軍勢も吸収して連れてきているので、差し引きはだいぶ兵力が増えている。
元からいた軍勢と合わせると、四百名近くになるだろう……もちろん、それでも魔族軍が本気で潰しに来たら、全然太刀打ちできないけどな。
「というわけで、エルザの出番なわけだ」
久しぶりに呼び出したエルザに、俺は熱心に語りかけた。
このねーちゃんは相変わらず半袖ブラウスみたいな白い上衣と、ミニスカートという、色気重視の格好である。
しかし今は呼び出された理由がわからないのか、テーブルに着いたままきょろきょろしていた。
「ええと、ミュウとあたししかいないみたいだけど、本気であたしに頼み事?」
「そうそう」
「……ていうかさぁ、あの人、窓際で全然動かなくて怖いんだけど」
眉をひそめて人形のようなミュウを見ている。
「動かないのは待機してるだけ。あと、ミュウは元々この部屋にいるんで、別に呼んだわけじゃないんだ」
窓際で外を見たまま固まっている彼女をちらっと見て、俺は言い訳した。
本人曰く、下手すると百時間でもあのまま動かずにいられるそうな。
直立姿勢でまっったく動かないが、何か異変が起きたり、あるいは俺が話しかけたりすると、ちゃんと何事もなかったように反応する。
どうも一種の待機モードらしく、俺が寝た後も同じような姿勢でよく固まっているようだ。目を開いたまま動かないので不気味なのだが、アンドロイドであることを知ってる俺は、慣れた後は気にならなくなった。
いや、一応「夜は立ったまま固まらずに、ソファーかベッドで頼むよ」とは言ってあるけどな。
ちなみに、エネルギー節約のためにそんなことしてる割には、ミュウの内蔵燃料電池――て、本当はそういう名前じゃないそうだが、俺は勝手にそう理解している――とにかくそれが可動不可能なほどパワーダウンするのは、全力戦闘活動を行っても、計算上では数百年くらい先らしい。
……待機モードとか、全然必要ない気がする。
「ちょ、ちょっと」
ミュウがずっとこの部屋にいることを初めて知り、意外なほどエルザは驚いていた。
「いつから一緒に暮らしてんの!?」
「一緒に暮らすというか……ミュウは元々、人の世話をするのが仕事だったらしいんで、そうしてないと落ち着かないんだってさ。……言っておくけど、妙なことは何もしてないぞ」
しんねりしたエルザの視線が気になり、最後はいらぬ言い訳をしていた。
「寝る時だって、俺は寝室でミュウはここだし」
「それにしたって……ねぇ」
「とにかく、仕事だよ、仕事!」
照れ隠しに、俺はわざと声を張り上げた。
「策のためにあのリューゲルっておっさんを逃がしたんだから、元は取らないとな。さもなきゃ、俺がマヤ様からどやされる」
「リューゲルって、捕まえたっていう、偉い人の家臣? せっかく捕まえたのに、なんで逃げられちゃうのよ」
「だからそれを今から説明するんだよ。それに、逃げられたんじゃなくて、俺がわざと逃がしたの!」
いちいち小うるさいエルザにげんなりして、俺は考えた策を説明してやった。
聞いているうちに、エルザがどんどん難しい顔になっていく。
「そ、それをあたしがやるわけぇえ?」
「いや、エルザだけじゃないよ、もちろん。本気で策を実行するなら、魔界側にも同じように噂を流さないと。逃がしたリューゲルだけじゃ、心許ないからな。そっちはヨルンのツテで頼むから、エルザは帝国の方を頼む」
「えぇえええ……あたし、間諜やってたっていっても、ただの下っ端だけど」
「じゃあ、無理ってこと?」
俺が訊き返すと、エルザはひどく複雑な顔をした。
「そうは言わないけど……だいたいあたし、一度、出奔してるし、バレたらヤバいじゃない」
「うん。それはわかってるから、本当に危ないと思ったら、放り出して逃げていいよ」
「ホント!?」
「もちろん。俺だってエルザに死んでほしくないしな」
「そ、そう……へぇ、そうなんだ」
正直に言ってやると、エルザは笑う寸前の顔を無理に気難しくしたような表情を見せた。どうもこれは、喜んでるらしい。いや、死んでほしくないってのは本当だけど、別にエルザだけじゃなくて、元々帝国出身の奴隷で、忠実そうなヤツにも何名か同じこと頼むからなんだけど。
……まあ、それは言わずに、違うことを教えてやった。
「その代わり、成功したら成功報酬として百万デュラハム出す。一年くらいは遊んで暮らせる額のはず」
「――やるわ!」
即答、きたー。
あまりに素早く答えたのが気まずかったのか、エルザは慌てて言い直した。
「じゃなくて、困ってるナオヤのために、やってあげる、うんっ」
「はいはい、頼むよ、ホント」
俺は逆らわず、笑顔で頷いておいた。
まあ良い気分でやってくれるなら、何でもいいや。
「じゃあ、策が上手くいくことを祈って……前祝い的にお茶でも」
先に出しなさいよぉ! とすかさず文句つけたエルザを無視し、窓際のミュウが、いきなりなめらかに動き出した。
「すぐにお持ちしますね」
「うん、頼むよ」
「わっ。と、突然動かないでよっ」
ささっと動き出したミュウを見て、案の定、エルザは仰け反るほどびびっていた。
まあ、慣れないうちは無理ない。




