覇者の死
「話がついているとはどういうことです? 何らかの報酬を与える代わりに、魔王陛下をどうにかしたんですか」
恐れていた質問を、俺はついに放った。先延ばしにしても、意味はないだろう。
ただし、訊かれたリューゲルは、顔をしかめて俺達を交互に見た。
「待て。ここでわしがそれを話したら、マヤに殺されるではないか!」
本当の意味で俺が絶望したとしたら、まさにこの瞬間かもしれない。つまりこのおっさんとその仲間は、マヤ様に知れたらあっさり殺されそうなことを、既にしてるわけだ。
もはや俺は遠慮などしてる気分ではなく、この上なくはっきりと尋ねた。
「今から貴方にずばり訊くんで、正確に答えてください。俺には嘘を見破る手段がある。もし、つまらない嘘をついたら、俺が貴方を斬る!」
はっきりきっぱり言い切り、相手を青ざめたさせた後、慎重に口にした。
「今現在、魔王陛下はどこにおられます? 知ってるなら、答えてもらいましょう」
次の瞬間、狡猾な計算やらためらいやら、あるいは得意げな表情やら――幾つもの表情が、リューゲルのたるんだ顔にめまぐるしく表れ、そして消えていった。
結局、にこりともせずに睨む俺に不気味なものを感じたのか、渋々答えてくれた。
「魔王ナダルは……もはや、この世にいないはずだ」
祈るような気分でミュウの方を見たが……彼女は気の毒そうに頷いた。
「……嘘はついてないようです、ナオヤさん」
じょ、冗談じゃないぞ。この時、俺はこの世界へ来て、最初の戦闘の時にさえ覚えたことのない、深い深い危機感に襲われた。
魔王陛下が本当にいなくなったとしたら……今後、魔界はどうなる!?
いや、魔界以前に、マヤ様だって。
「おい小僧、わしの話を聞け」
呆然とする俺に、縛られたリューゲルがすかさずにじり寄ってきた。
「今ならまだ間に合うぞ」
ひそひそ声で囁く。
「この拘束を解き、ぜひともわしらに荷担するがいい。そうすれば、おまえも厚遇を持って我が陣営に――あだあっ」
皆まで聞かず、俺はおっさんを蹴飛ばしていた。
お陰で後ろに思いっきり倒れ、おっさんは薄汚れた馬小屋の床にごちんと頭をぶつけていた。
「な、なにをするかっ」
「……調子に乗らないように」
我ながら冷ややかな声が出た。
「これでも斬るのを我慢してるトコなんです。とりあえず、今からそのリベレーターとの密約ってのを、洗いざらいしゃべってください。今すぐ!」
睨み付ける俺の視線は、どうやらだいぶ陰険で冷酷に見えたらしい。リューゲルはひとたまりもなく黙り込み。ガクガク頷いてくれた。
「わ、わかった……そう睨むな。しかし、わしが話すことはあまり多くはない。なにしろ、そもそもリベレーターを呼び出す方法を見つけたのは、わが主君だからな」
「というと、マヤ様のいとこさん?」
「その通り。ナダルの亡き弟君のご子息に当たる、ファルシオン伯だ」
そんなことも知らんのか? みたいな目で見られたが、俺が知るわけない。
「……伯? ああ、伯爵ってことですね。で、彼が見つけた呼び方とは」
「それもわからん」
少し傷ついたような顔でリューゲルが言った。
「わしにも教えてくださらなかった。ただ、規定の時間に規定の魔法陣を使うとしかお聞きしておらぬ。しかし夢物語ではない証拠に、実際わしは、客人として迎えられたリベレーターを一人見ている。そいつが、魔王ナダルを誘き出し、あヤツを倒したらしい」
「……らしい?」
身を乗り出し、俺は尻餅をついたままの彼を見据える。
「そこが肝心なんですよ。ちゃんと教えてください。らしいってことは、貴方は見てない?」
「……希望を持ちたいのはわかるが、無駄だぞ」
腹の立つおっさんは、薄笑い浮かべて俺を見返しやがった。
「わしは確かに見てないが、わしの部下が確認したと言ってる。ナダルの死はもはや間違いないのだ」
おいおい……簡単に言うなよ、おっさん。
あのお方がそうあっさりと殺されるような方かって。しかし……もちろん完全否定するのも、今の段階では早い。
陛下だって、苦戦する時はある……例えば、あのレイバーグとの遭遇の時みたいに。
とはいえ、仮におっさんの言うことが全部真実で、陛下がもう亡くなっていたとしたら――
……そこまで考え、俺は息を吐いた。
もしそれが本当なら……今後、俺達はどうしたらいいんだ?
まるっきり、魔界内の孤軍じゃないか!
一通り吐かせた後、俺はマヤ様を始め、ギリアムやヨルン、それにネージュなどのいつものメンツを陣中の隅に集め、まずは魔王陛下の件を話した。
正直、ギリアム達はどんどん顔色が悪くなっていったが、マヤ様の反応はひたすら「激怒」だった。まあ、無理もない。
「嘘だ、嘘に決まっている!」
一瞬で真紅に変わった瞳をぎらつかせ、マヤ様が吐き捨てた。
ぎゅっと拳を固め、俺を見つめる。
「そうだろうっ、ナオヤ。魔界の覇者たるお方だぞ? あの父上が、簡単に死ぬと思うか?」
「いいえ!」
「そうだろう、そうだろう」
俺がきっぱりと答えたせいか、少しマヤ様の顔が明るくなった。
「ならば、マヤのやることは一つだっ」
即座に身を翻しかけたので、俺は慌てて前を塞いだ。
「どちらへ行かれます!?」
「決まっているっ。あの腐れ家臣を叩き斬る!!」
ああ、こうなると思ったよ!
「お、お待ちを。――俺も、彼の話には訝しい部分が多いと思ってます」
俺は慌ててマヤ様を説得した。
結局、あのおっさんは陛下の亡骸を見たわけではない。
リベレーターとは実際に遭ってるようなんで、まず来訪は間違いないだろう。呼び出す方法が見つかったというのも、確かにその通りかもしれない。しかし、陛下の死体を見たのはおっさんじゃく、その部下だ。
まあ……否定するには、「それならなぜ陛下は現れないのか?」という疑問が残るんだが。
そういうネガティブ要素は言わず、とにかく怪しい部分のみを連呼する。
「罪は万死に値しますが、今彼を殺しても仕方ない。むしろ、利用することを考えましょう」




