奇襲の夜
使者から妙な噂を聞いたその二日後、俺達――つまり、俺を指揮官とする奇襲部隊は、元味方を襲撃するために夜の森に潜んでいた。
数百メートルほど先の陣地では、ついさっきまでそれぞれ野営のために見張りを立てたり、篝火を要所要所に設置したりと、準備に忙しかったが……それからさらに時間が過ぎた今は、見張り以外は皆、安からに眠りについちまったらしい。
どうでもいいが、近くに広がるこの森には、誰も斥候を出さないようだ。
帝都に近い領内とはいえ、こりゃくつろぎ過ぎじゃないのかー。
「相変わらず、魔族軍は外への警戒心が薄いなぁ」
俺が呟くと、同じく大木の影に隠れてるようにして時を待っていたギリアムが、心配そうに囁きかけてきた。
「しかし、本当によろしいのでしょうか?」
「なにが?」
「いえ……敵はその……つい数日前までは、味方だった相手ですぞ」
「いやだから、そのことについちゃ、何度も説明したじゃない?」
俺は根気よく説明してやった。
というのも、彼の後ろには他の二等戦士やら奴隷兵士やらが大勢時を待っているのだ。これは彼らに聞かせる意味もある。
「あの三人の使者を送り込んだのは、今そこに陣を張ってる指揮官なんだよ。え~……戦士長だっけ?」
「そう、戦士長カシム。嫌なヤツよ」
左隣のネージュが、顔をしかめて口を挟んだ。
「もうのべつまくなしに威張ってるヤツ。そういえば、いつも何か企んでるようなあくどい顔してたわ。でも、尊大ぶったあいつが出てくるとは思わなかったなぁ」
……散々な評価だが、まあそれならなおのこと、俺がためらう理由もない。
「てことらしいよ」
俺は両手を広げ、薄闇の中で苦笑する。
「なら、なおのことためらうこともないし、どのみちあの軍勢を放置しておくわけにもいかない。そもそも、マヤ様暗殺を命じたという事実だけで、魔界の法では既に死罪確定レベルだろ?」
「それは……確かに」
ギリアムもそこは反対しなかった。
だいたい、「交代の軍勢送るから」と偽使者に言わせただけで満足して、既に自分達は砦に接近しているというふざけた連中である。
――つまり、こういうことだ。
あれから、あのお笑い副使二人に聞いたのだが、あいつらは元々、この軍勢と共に帝都を出ていたそうな。で、先に使者が俺達の砦に赴き、大嘘をついて俺達を追い出そうとしたわけだ。
こっちが嘘を見破るとは少しも考えないところが、俺達をナメきっている。
まあ……元奴隷上がりの、今はやっと特等戦士になったばかりの相手なんざ、ナメて当たり前かもしれないけど。
「ところで」
またネージュがひそひそと言う。
「そのカシムは確かに嫌なヤツだけど、剣技の腕はなかなかだわよ? さすがに実際に部隊を率いて戦うだけあって、この前のエロ親父グレイルとは、ひと味違うわ。ナオヤ君、大丈夫なの?」
「ネージュ殿っ」
ギリアムが厳しい顔付きで咎める。
「上官に対する口の利き方じゃないですぞ」
「ごめんなさ~い。でもほら、あたしはフランクな態度が売りのエルフだから」
ええっ、この人、やっぱりエルフだったのか。
だいぶ骨格が薄いし、顔も頬の肉が薄い逆三角形だし、この世界のエルフの特徴そのままだから、もしかしたらと思ってたけど。
うわぁ、今この瞬間、俺の中で妖精のイメージが暴落した。
俺は内心の思いを露ほども表に出さず、「そうか、そろそろまたレベル見ておくか」と返し、その場でレベル表示してみた。
「ステータス前面表示……だっけ?」
途端に、ささっと半透明の小さいスクリーンみたいなのが眼前に出た。
久々に見る、青い電光表示みたいな数字に曰く。
『レベル23――HP4230 MP2200』
もちろん、他にも筋力数値とか瞬発力とか、細かいパラメーターがあったが、めんどくさいので俺は確認もしなかった。だいたいの数字だけわかればいいや。
しかしこれ、増え方に規則性とかあるのかね……。
「あ、あたし、レベルが並ばれてるっ」
ネージュが愕然と言った。
「ていうか、そのMPなら、魔法も覚えられるじゃない?」
ギリアムなどは、嬉しそうな顔で「おお、もう私では全く相手になりませんな」と褒めてくれた。しかも、なぜか後ろの方で奴隷戦士を監督していたヨルンまで走ってきて、手を叩いて喜ぶ始末である。
「こりゃ、いい! やっぱり、俺の上に立つヤツは、俺より強くないとなぁ」
「……そういうおまえは幾つだよ」
「俺、俺は10ってトコかなー」
別に恥じるでもなく、陽気に言う。
「でもほら、俺の場合は運と顔でカバーするから」
真っ黄色な頭と瞳で、嬉しそうに言うが……意味わからんぞ。
ちなみに、俺は自分でも結構、驚いていた。レベルもアレだが、このHPって、俺が知る中じゃ一番タフなボンゴと、そう違わないんだな……ホントかよ、この数字。
そう思ったが、皆がわくわくした目でこっちを見ているので、その手の疑惑は口にせずにおいた。士気が上がるなら、なんでもいいや。
「さて、そろそろ頃合いだよ」
ステータス表示が消えたのを境に、俺は後続の仲間を振り返る。
留守番のマヤ様以外はだいたい全員いるが、特に少し後ろにいたミュウが、俺と目が合った途端に、手を振ってくれた。
にやけそうになるのを堪え、また前を向く。
「作戦はごくシンプルだ」
ゆっくりと告げる。
「カシムとやらがいる本陣まで一気に駆け抜け、そいつをがっちり押さえるか……それが不可能なら、とにかく指揮官クラスを拘束し、早めに戦闘を終結させる。わかるよな?」
うんうんとみんな頷く。
その時、ネージュが俺の耳元でまた言った。
「ところで、そのカシムはレベルが二つほど上だけど……まあ僅差だし、がんばってねぇ」
「……う」
だから、戦闘前にそういうテンションが下がることは言うなと!
俺は「ふふふ、強敵を前に燃えるぜっ」てタイプじゃないんだよっ。
すっかり顔をしかめた俺は、それ以上は口も利かずに前進を始めた。どのみち、もう引き下がるような段階じゃない。
早く詳しい事情を知るヤツをふん捕まえて、真相を知らないとな。




