一瞬のできごと
「ええと。俺、確かちゃんとガードに入りましたよね?」
知らぬ間に攻撃でも受けたのかと思い、訊いてみる。
途端に、マヤ様はよけいにくしゃっと顔を歪め……あたふたと無人の部屋を見渡している俺に、抱き付いてきた。そう、抱き付いてきたわけだ!
正直、ええっ!? と思ったな。
投げ飛ばされる前兆かと勘違いして、身構えそうになったほどで……しかし、そういう斜め方向の攻撃ではなく、本当に首筋に手を回して抱き付いている。
これは抱擁以外の何物でもない。
あと、なぜかちょっと身体が震えていた。
「……あの」
「ナオヤは死んではいけないのだぞ。このマヤが死を許さない」
いきなり囁かれ、俺は焦った。
「え? あ、はい。俺も、今はそう望んでいます」
いやホントに。
あと、この方の香りに包まれまくるわ、胸はばっちり当たっているわで、俺は早くも鼓動が激しくなっていた。
使者と会うので、今は部屋着じゃなくていつもの薄いゴスロリ衣装だが、抱き付かれるとむちゃくちゃ感触が伝わるなっ……当たり前か。
「ナオヤはマヤのそばにずっといて、マヤを補佐して見守らないといけない……マヤが遙かな未来に、この世を去るまでだ。それがナオヤの任務なのだぞ? ちゃんとわかっているの?」
「あ、はい」
つか、いま何気に、最後の部分が女の子言葉になってなかったか? 気のせいだと思うが。
それと、こう言っちゃなんだが、俺とマヤ様とでは寿命が大幅に違うわけで、この方の死を看取るのはさすがに不可能の気がする。
今ここでそれを指摘するほど、俺も馬鹿ではないけど。
……それより、まさかこれって。
「あのぉ……もしかして、俺の怪我を心配してくださいましたか」
小さい声で尋ねた途端、抱き付く力に途方もない力が加わった。
プロレスラーのベアハッグだって、ここまで骨が軋まないと思う。ヤバい、これは本気でヤバい。骨が折れる、骨がっ。
「――死ぬ、死にますって!」
たまらず訴えたが、低い声で言い返された。
「たった今、ナオヤをマヤの腕の中で殺したくなったっ」
マヤ様が耳元で囁く。
「これほどマヤを心配させておいて、それも知らずにいたとは。ナオヤはどこまで鈍感な男なのだっ」
「す、すいませんっ。でも大したことないです、はい。もう治ったし!」
でも今、自分は新たな怪我をしそうでありますっ。しかも、こっちの方がダメージはデカい気がしますっ。
必死で訴えたのが功を奏したのか、やっと少し力を緩めてもらえた。ったく、この細腕で、何という剛力なのか、この方は。
「ふう……し、死ぬかと思いました」
脂汗が流れ、俺は心底ほっとして息を吐く。
しかし、間近で泣き濡れた真紅の瞳に覗き込まれ、また顔が強張ったね! 瞳の色が濃いままなのは、まだ危険信号だからな。
関係ないけど、こうして見ると、やっぱり俺の方がちょっとだけ目線が高いな。それともどっかで身長を追い越したのか。
「……もっと強くなり、余計な怪我などしないように」
「はい」
俺は慌てて頷く。
「特に、マヤの前であんな風に心配をかけないようにせよ」
「は、はい……それはもう」
実際、情けなかったのも本当なので、俺はこれに関しては素直に頷けた。
「それから――」
そこで口籠もったので、俺は小さく促してやる。
「はいはい、聞いてますよ」
「そ、それから」
マヤ様はわずかに頬を染め、囁いた。
「……さっきは、マヤを庇ってくれて嬉しかった」
一瞬、さっと口づけし、すぐに離れてしまう。
それはもう、きっぱりと。
逆に、今度は俺の方が棒立ちになって、魂抜かれちまった。
えー……い、今のってキス? いや、感触なんか千分の一秒もなかった気がするが、それでも柔らかい唇が当たった気がする、絶対する。
「ナオヤ様っ」
いきなり呼ばれたらしいが、俺はまだ今のが幻想か否かについて考え込んでいて、ちゃんと聞いてなかった。
途端に、マヤ様が近付いて、背中をどやしつけてきた。
「ナオヤっ。ぼーっとするでない! ギリアムが戻ったぞっ」
「どわっ」
足が宙に浮き、俺は二メートルも飛ばされて床に這っちまった。相変わらず加減を知らないなぁ、この人は! 背中も痛いんだよっ。
さすがに文句を言おうと、立ち上がってさっと振り向いた――ものの。
顔どころか全身を真っ赤に染めたマヤ様を見て、文句が引っ込んでしまった。
淡く膨らんだ胸の下で軽く組み、上目遣いの瞳が俺を見ている。しかし、目が合うとさっと逸らされた。
「……ばかっ」
掠れ声で罵ってそっぽを向いた拍子に、金糸みたいな金髪が派手に舞った。あ、ヤバい……むちゃくちゃ可愛かった、今の。
なにあれ、意図せずにあんな可愛い素振りができるもんか?
「あの……ナオヤ様? 何かございましたか?」
改めてギリアムに問われ、俺は慌てて無闇に手を振った。
「いやいや、別に。ちょっと内密な話があったんだ」
何とか表情を改め、こっちから訊いた。
「それで、そっちはなに?」
「いえ……それが」
今度はギリアムが口籠もる番だった。
「すぐにヨルン達が副使を連れて来ます。ご自分でお聞きになった方がよろしいかと」
もったいぶった言い方をされ、俺はせっかくの気分に水を差された形である。
いやぁ……この人がこういう言い方をする時って、大抵はいいことないんだわなぁ。




