予感
不審なことは多いが、何といっても魔王陛下が寄越した使者である。
もちろん、俺はギリアムやヨルン、それにネージュ達を連れ、即座にその使者とやらと会うことにした。
適当な場所がないので、軍議に使っていたらしい広間を見つけ、そこに来てもらったんだな。
なんでそんな場所にしたかというと、マヤ様も「マヤも会ってみる」と言ったので。魔界のプリンセスが同席するっていうのに、あんまり貧相な場所もなと。
……とはいえ、その軍議の広間もせいぜい十五畳ほどの広さで、しかも改装中か何かだったのか、長机が一つとベンチみたいな椅子があるだけだった。
考えた末、俺はその机を脇にどけ、もう完全にただの空間として使うことにした。
みんな立ってりゃ、不公平もあるまい。
いよいよ二等兵士に案内されて入ってきた使者は、意外にも年若い兵士のように見えた。
ただし、階級や身分を示すようなものは、リングを含めて何も身に付けてない。仕立ての良いスーツに身を固め、クラバットを着けているだけである。
……ただ、腰の据わりとか目つきとか見ていると、ひとかどの戦士のような気はする。
「彼、誰か知ってる?」
ギリアムにこっそり訊いたが、彼も首を振った。
「いえ、初めて見ますね。少なくとも見かけた記憶はありません」
「あたしもよ」
「マヤも知らぬな。まあ、父上と繋がる陪臣であろう。割符を持っていたのなら、警戒には及ぶまい」
ネージュとマヤ様が口々に言う。
割符ってのは、要は正式な使者であることを示す、符丁代わりの木製の札である。それはいいけど……誰も知らないのか。う~ん。
「俺はどっかで見た気がするんだけどなぁ」
一人だけヨルンが首を捻っていた。
「本当か? なら、今思い出してほしいぞ」
つか、ヨルンの知り合いってことは、そう高い身分じゃないよな。
「それが……もう少しで思い出せそうなんだが」
ぶつぶつ呟くうちに、使者はもうこっちに近付いていた。
「魔王陛下より使者を命じられた、アルザックでございます」
彼は落ち着き払って俺達を見やり、まずはマヤ様に気付いて深々と一礼した。
例のかっこわるい拝礼を始めようとしたが、それはマヤ様が止めてくれた。
「よい。父上の使者なら、挨拶などいらぬ。まずは、話を聞かせてほしい」
マヤ様は、はきはきと述べる。
「交代の部隊を送るから帰還せよとのことらしいが……口上は、それに相違ないか?」
「ございません」
相手はまた低頭した後、断言した。
「魔王陛下の口上では、『交代の部隊は送るが、まずは両名だけでもすぐに帰還せよ』とのことでした」
「父上が……そのようなことをか? 随分と性急だな」
俺達の中央に立つマヤ様は、小首を傾げた。
「出る時のご様子では、むしろマヤには、帝都から離れていてほしいようだったが」
「その辺りのご事情は、残念ながら私は何もお伺いしておりません」
使者の男は、丁寧ではあるが、さほど熱の籠もらない口調で言った。
「私が命じられた口上は、既にお伝えした内容だけです」
「それは妙ですね」
俺はいきなり口を挟んだ。
マヤ様には素早く目配せしたのだが、それでも驚いたように見られちまった。
ここは、何とか空気を読んでほしい!
「……と言われますと?」
アルザックはごくごく微かに眉をひそめたように見える。
「いや、魔王陛下は、一人娘のマヤ様に使いを出される時は、必ず何か一言、言付けを残します。まあ、せいぜいが『息災か?』とか、『病に注意せよ』とか、そういう類のちょっとしたお言葉ですけど。そうでしたね、マヤ様?」
視線だ、俺の視線で感じてくれぇえええ……という気持ちで一杯だったが、マヤ様は俺が思うより遙かに鋭い方だった。
ついさっきまでの、「また何をボケたセリフを吐いているのか?」的な表情は嘘のように消えていて、今や当たり前のような顔で何度も頷いている。
「そう、そうだ。マヤはいつも父上のちょっとした伝言を楽しみにしている。今回に限って、それがなかったというのは、少し訝しいが?」
……ここで、使者とやらが「いや、ないですねぇ、そんなの」と言えば、さすがに疑い深い俺も警戒を解いたかもしれないんだが。
しかしアルザックは何食わぬ顔で考え込んだ後、おもむろに明るい表情を見せた。
「申し訳ありません! 最後にこう仰っていました。今回の功績に報いる品を用意しているので、急いで戻るようにと」
俺とマヤ様は顔を見合わせた。
……俺はともかく、マヤ様の方はすっかり顔をしかめていたが。
「どう思うか、ナオヤ?」
「……いやぁ、もはや高確率で決まりかと」
「そうだな。そもそも父上は、使者を立てる時にマヤに言付けなど残さない」
言い放ち、キッとアルザックを見据える。
「貴様、使者とは偽りだなっ。どこから参った!」
「お、お待ちくださいっ」
アルザックは慌てたように両手を広げ、よろよろと前へ出てきた。
「私は確かに使者を命じられましたし、託された口上も今申し上げた通りで――」
「危ないっ」
皆まで聞かず、俺はマヤ様の前に飛び出す。
既に距離が近すぎて、刀を抜く暇もなかったっ。
アルザックはセリフの途中でもうマヤ様に飛びかかっていて、同時に懐に手を入れていた。そこへ俺は何も考えずに飛び込んでいた。
「つっ」
「邪魔するな!」
左腕に激痛が走ったが、お陰でダガー《短剣》は封じられている。武器を抜かれる前に、俺はアルザックの腹を蹴飛ばしていた。
「い、痛いだろうがあっ」
「ナオヤっ」
驚いたようなマヤ様の声と、ギリアムやネージュが倒れたアルザックに飛びかかって押さえつけるのが同時だった。
一人だけ出遅れたヨルンが、そこで目が覚めたような顔で叫ぶ。
「あぁああああ、思い出したぜっ。そいつ確か、だいぶ前に出荷場で見かけた奴隷だあ!」
「遅いわぁーーーっ」
まだダガーが刺さったままの俺は、思わず全力で突っ込んでた。




