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帝都よりの使者




 ――その1




 夜が明ける頃には砦の制圧はほぼ終了し、鎧のおっさん……え~、ブロワーカー以下、守将と上級騎士達は全員、捕虜となった。

 ブロワーカーが捕らえられたと聞き、守備兵の士気が吹き飛んだのが大きい。あと、奴隷兵士の多くはこの隙とばかりに逃げるヤツも多く、崩れるのはだいぶ早かったな。


 ただし、ボンゴ達囮おとり部隊を撃つために出撃していた百五十名ほどの部隊は、そのまま砦に帰還せず、魔界領を北へ向かって逃れていった。

 まあ守将始め、上級騎士が捕らえられたんだし、別にのこのこ戻る義理はない。ある意味では当然である。相手をしかけていた味方の陽動部隊がだいぶ追いすがったが、元々数が違うので、いくらか追加で捕虜を得ただけだった。


 明けて翌日、俺は早速、帝都マヤに「砦攻略の成功」を報告する使者を出した。

 主君であるマヤ様が「父上も気にしているだろうから、そうするがよいぞ」と言ってくれたので。

 後はまあ、捕虜に取った連中を砦の牢に押し込んだり、数は少ないが怪我人をそれぞれ手当したり……さらには砦のマジックシフトをまた敷設し直し、ついでに俺の判断で増強などを始めたりしてるうちに、たちまち日は過ぎた。





 

 攻略成功からおよそ十日ほど経った日の早朝、俺はせっせとトレーニングに励んでいた。

 場所は砦の守将部屋があった隣室であり、マヤ様にその豪華な部屋を譲り、俺はこの副将の部屋を自分の指揮所にしたんである。


 まあ、どのみち仮のものだからどうでもいいんだが、さすがに主君より上等な部屋に入るわけにはいかないし。

 しかし、よほど暇なのかマヤ様は頻繁にご自分の部屋を抜け出し、こっちへ遊びに来るわけで……今も、ベッドに座って俺が腕立てするところを興味深げに見ていた。

 つか、見られているとやりにくいんですけど。


「ほとほと苦行が好きな男だな、ナオヤは」


 どこまで本気なのか、感心したように言われる。

「さっきから今にも死にそうな顔で何百回もその動作を続けているが、何か意味はあるのか?」

「い、意味というか……これは単純な筋トレ……つまり筋力トレーニングなんですけど……時間あったら毎日やらないと。あと……この顔は生まれつきですよっ」

 息切れしまくりだが、仕方ない。

 なにせ、もう何百回も続けている。身体はだいぶ軽くなったし、以前より体力もつきまくりだが、レイバーグみたいなヤツにまた遭遇しないとも限らないからな。


 そういや、そろそろまたレベルも確かめないと。後でこっそり確認しとこう。


「ふ……マヤは生まれて五時間後には歩き出したそうだが、その時には既にちょっとした腕力だったそうだぞ? キントレなる苦行など、マヤには無縁のものだな」

 随分と自慢そうに言うと、高々と足を組んだ。

 薄いガウンみたいなのを羽織っただけの姿でそんなことするから、床で腕立てしている俺はベッド方向が気になって仕方ない。


 俺の視線を少しは意識しろと……あと、生まれて五時間後には歩き出すって、貴女はどんな超人ですかっ。魔界の標準から考えても、恐ろしく早いような。

 いろいろ考えつつ、ベッドの方をチラ見していると、部屋の隅で立つミュウと目が合ってしまった。なんか、間の悪い時はいつもこの子が俺を見ている気がするな。





「ふう……そ、そろそろ次のトレーニングへ」

 わざとらしく声を上げて起き上がると、ミュウがにこやかに言う。

「ご朝食の支度ができています。運んできましょうか」

「ありがとう……え~、マヤ様はどうなさいます?」

 俺が訊くと、なぜか急に機嫌が悪化したマヤ様が即答した。


「訊くのか、それを? マヤの返事は決まっておろう」


「あ、はい……食べるんですね、もちろん。じゃあミュウ、三人分お願い」

「はい」

 ミュウが一礼し、白銀の髪を舞わせ、恐ろしく綺麗な動きで踵を返す。こういう動作を見ると、やはりこの子は人間じゃないとわかる。

 そのまま正確な歩調でドアまで歩き、石廊下へ出ていった。

 この砦、調理場は別の場所にあるためだ。


「あの者はいつもナオヤのそばにいるようだが、何か理由でもあるのか?」


 断罪をつかさどる女神みたいな厳しい顔で、マヤ様が俺を見た。

「は……? いや、別に意味は。彼女はどうも、元々が人に仕えるための仕事をしてたんで、こっちに来てからも誰かの世話をしないと落ち着かないらしく」


 ヒューマノイドのことなど説明しても理解してもらえないだろうし、俺は適当な説明をしておく。とはいえ、ミュウは一人が苦手って部分は事実である。

 元々、人間に仕えるためのプログラムがされているらしく、そのせいもあるらしい。

「……どうも気に入らないな」

「ええっ!? マヤ様は女性の方が合うと思ってましたが……身の回りのお世話は、侍女達がしてるし」

「確かにマヤは男が嫌いだ」

 渋々といった感じで頷く。

「男は臭いし不潔だし、目つきが落ち着かないし、見ていていらいらする。だから、身の回りに置きたくない」

 野郎の目つきが落ち着かないのは、マヤ様をチラ見してるからだな、多分。

 俺はこっそり思う。


「じゃあ、ミュウは問題ないのでは?」

 オリエント工業もびっくりの美形かつ、清潔極まりない子だぞ。

 風呂に入る機会がありゃ、一日三回は入ってるからな……人間じゃないのに、風呂好きの俺よりすげー。

「べ、別に不潔だと言ってるわけではない……そうではなく」

 しばらく考え、膝を打った。


「そうだっ、服装がまずいけない。なんだ、あのぴちぴちした格好は? 裸に見えるぞ! もう裸でうろつく歳でもあるまい」


 ……貴女あなたもボディスーツみたいな格好で、よく俺の前をうろうろしてますが? あと、彼女は実はまだ一歳未満ですし。

 よほどそう言いたかったが、俺はぐっと堪えた。

「ああ、なるほど……風紀の問題ですね、はい。じゃあ、今度から戦闘時以外は普通の服装になるように言っておきますよ」

「フーキとはなんだ? いや、説明はよいっ」

 マヤ様はいらいらと首を振る。

 長い金髪をしきりに指で弄り、さらに畳みかける。


「そうではなくだな――」

 そこでノックの音がして、マヤ様はくわっとドアをの方に真紅の瞳を向けた。

「無礼者めっ、マヤは話し中ぞっ。どこの誰だっ」


「うわっ。し、失礼しましたあっ」


 外でギリアムの狼狽しまくりの声がした。

「いやいや、待った。帰らずに入ってくれっ」

 返って俺が慌てちまったじゃないか。急いでドアまで行き、自分で開けてやった。

 マヤ様が不満そうに睨んでいたが、何か重要な話かもしれないし。




 おそるおそる部屋を覗いたギリアムは、マヤ様の方を見て青ざめ、俺にコソコソと尋ねた。

「な、なぜ私室にダークプリンセスが」

「さあ? 俺がトレーニングするの見るのが楽しいのかも……それより、どうかした?」

「あ、はい。実は、帝都に送った使者が戻らず、代わりに陛下の使者が直接、この砦を訪れたのです。端的に言えば、交代部隊を送るから、我々は帰還せよと」

「その口上は、魔王陛下の使者? じゃあ、俺が出した戦勝を伝える使者はどうなったんだ?」

「それが……」

 とギリアムは口籠もる。

「妙なことですが、口上を伝えた後に、居所がわからなくなったと。問題の男は私の臣下ですが、あいつはそんな無責任な者ではないのですが」

「それは……確かに妙だな」

 俺はちょっと考え込んでしまった。



 出した使者が行方不明で、代わりに陛下の使者が来た? 

 なんだよ、それ。 



 


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