今度こそ、砦攻略(の予定)――その8
――その8
そこから先は、めまぐるしくコトが運んだ。
その直後にネージュ達の姿を確認し、俺は初動の遅れを取り戻そうと、ロープの端に重りをくくりつけたヤツを、ミュウに投げてもらった。
これはホントに、予想以上にあっさり上手くいき、ミュウが頭上で恐ろしい勢いで旋回させてから投げたロープは、重し代わりの石が嘘のように軽々と飛び、あっさり向こうの山まで届いてしまった。
狙いもまたどんぴしゃりであり、丁度、ほけっと夜空を見上げていたネージュの足下に落ちていたみたいだ。……いや、彼女が思いっきりびびって飛び退いたのが見えたんで、わかったんだけどな。
その間にも、二等戦士やボンゴの喚き声や、応戦しようとする砦側の兵士の声がガンガン響いている。さすがに陽動部隊も俺が事前に言い含めたことを思い出したのか、矢が届く寸前くらいの距離で停止し、しきりに砦に向かって矢を放ちはじめた。
そんなことしたってどうせ届かないから、意味ないんだが、この際は敵兵の目を魔界領の方へ向けておいてくれれば、それで文句ない。
ただ問題は、痺れを切らした帝国側が、門を開いて出陣することだが……今すぐそれをされると困る。もう少し後ならむしろ歓迎だけど。
「ミュウ、用意はっ!?」
俺の問いかけに、タリカの樹にロープを縛っていたミュウは、頼もしく頷いた。
「渡しました! 後は滑り降りるだけですっ」
即座に向こう側に目をやると、ネージュが手を振るのが微かに見えた。
「よし、みんな例のアレを用意だっ」
例のアレ……つまり、予備のレザーアーマーを解体して作った、長方形の皮である。コレをロープの上から渡し、両端をそれぞれ左右の手で握って降りていくという、素晴らしく無謀なやり方だ。一応、ロープと同じくこの長方形の皮にも補強の魔法はかけてるが、大丈夫かどうか俺にも心許ない。
さすがに、百五十メートル程度の距離は保つと思うんだけどな。
いずれにせよ、滑車なんて気の利いた物は用意できなかったし、これで何とかするしかない。
「エルザ、ちゃんといるかー?」
俺は部下達の後ろの方に声をかける。
「……いるけど、バテてまーす!」
予想通りの声が、微かにした。
ずっと後ろの方で、手を振る彼女がようやく見えた。
はいはい、そりゃ登ってる時からずっと遅れ気味だったもんな。しかし、今はこっちに来てくれないと困る。
「急いでここまで来てくれ。出番が近いぞ」
「わ、わかったわ!」
さすがに小走りに駆けてきてくれた。
念のために連れてきていたが、上手くすれば彼女も戦いに投入できるし、砦の上空から降下する時も、ずっと楽できるかもしれない。
一応、プランBというわけで、エルザにも協力してもらう。
いや、全てはあの魔法を無効化するという、マジックシフトとやらが何とかなったらの話だが。
「予定通り、ミュウが先頭、俺がその次で、三番手はエルザな!」
「――仕方ない、マヤは四番手で我慢しよう」
いきなりマヤ様がわくわくした声で言った。
どうやら興奮気味なのか、既に薄赤い瞳は真紅に染まっている。おいおい……。
「しゅ、主君が臣下と一緒に突入してどうすんです!?」
「心配するな。こんなところで死ぬヤワなマヤではないぞ。むしろ、ナオヤは自分のことを案ずるがよい」
「……ま、まあいいです、はい。じゃあ、マヤ様は四番手で。その代わり、俺のそばから離れないでくださいよ」
「ふふ……ナオヤもなかなか言うようになったな」
豪勢なペルシャ猫みたいな笑みを浮かべ、マヤ様は頷く。
「わかった。父にも言われていることだし、素直に従おう」
全然、素直じゃないし! と思ったが、もちろんぶっ飛ばされたら嫌なので俺は黙っておく。
「ナオヤ様、敵の動きが慌ただしいですぞっ」
ギリアムが後方から注意した。
「どうも、陽動部隊を迎撃に出る兆しかと」
「そ、そうかっ。よしミュウ、行こう。――作戦開始だっ」
「わかりました!」
落ち着いた様子でミュウは応じ、すぐに即席の皮をロープの上から渡す。両端を掴み、下界をちらっと確認してから、未練なく宙に躍り出た。
おおっ!? なんか……すげー勢いで降りて行かれましたが……見る見る遠ざかっていくよ。こりゃ思ったよりスピード出るわー。
大丈夫なのか……いや、彼女ではなく、俺達の方が。
「うわ、そんな簡単にっ」
エルザが口元に手を持ってくる。既に足が震えていた。
「他人事じゃないぞ。エルザは三番目だからなっ。俺の後に続けよ! ただし、合図の後でな」
年上に悪いと思ったが、びしっと言っておく。
いや、見るからにびびりまくってるんで、ここは強く言っておかないと。……まあ、そういう俺も怖いんだけどな。なんせ、道具がいい加減するし。
しかし、ここで怖じ気づくと、みんな(特にエルザ)に後で何を言われるか知れたモンじゃない。というわけで、俺は革紐をしっかり掴むと、えいやっとばかりに虚空に飛び出した。
途端に、耳元で風を切る音がした。
つか、そもそもモロに身体に風が当たる。あと、速度はやっ。思ったより全然はやっ。
頭上でロープと皮が擦れる、ギュワギュワギュワッてな音がしてるし、身体を支えるのは思ったより難儀だし……この作戦、実はすげー無理があったな!
しかも、傾斜が想像以上にあったせいか、俺があたふたと怯えている間に、もうミュウに接近していた。彼女を先頭にしたのは、実に正解だった。
どうやってか知らんけど、ミュウは確実に砦の上空で停止し、既にこちらを向いて俺を待っていたからだ。
「ナオヤさんっ」
「ぎゃあっ」
返事が悲鳴で悪いが、許せ。
人生でこんな経験すること、まず滅多にないんだし。俺はロクにスピードも落とさずに片手で器用にロープに掴まるミュウにぶち当たった。
というか、ミュウが巧妙に抱き留めてくれなきゃ、奈落の底まで落ちてたね!
どんっとミュウにぶつかり、一瞬、彼女と抱き合う形になってしまう。片手でロープを保持し、片手で俺を抱き留めるとか、この子、やっぱりすげーな。
おまけに、いつの間にか下に向かってロープも垂らしていると来た。
あと、スーツの胸の部分が俺の胸に当たり、恐ろしいまでに柔らかくてよい感触だった。
もしかして、これがクッションになったのか? と俺は馬鹿なことをちらっと思った。




