今度こそ、砦攻略(の予定)――その7
――その7
野営した翌日、俺が率いる小規模な軍勢は、ついに問題の砦のごく近くまで到着してしまった。
軍勢を離れた場所に止め、まずは俺とギリアムとで砦に接近して遠望してみた。
……見るなり、「あ、こりゃ正攻法じゃ駄目だ」とわかった。
中央に、石材を組んだ土台の上に建てた円形の砦があり、防壁が左右に伸びている。わかりやすく言えば、マントを着た野郎が、両腕を水平に伸ばしたみたいな外見である。
しかもその伸ばした腕(防壁)は、軍道となっていた山脈の切れ目を完全に通せんぼした形になっていて、もう見るからに人の行き来は不可能になっていた。
この砦を何とかしない限り、南方面から魔族が侵攻したいなら、もはや多大な労力を払って山を越えるくらいしかない。
どうでもいいが、俺達が観察している間に、敵の警備兵がこの辺りにまで警戒に出ているのに気付き、危うく冷や汗をかいた。
すぐにその場から逃げたが、それもこっちが向こうを先に見つけたお陰であり、もう少しで俺達の方も見つかっていただろう。
まあ、どうせいつかは見つかるんだろうが、俺の計画からすると、発見されるのは寸前の方がいいのだ。
……とにかく、これ以上計画を延ばすのは不可能らしいので、俺は早速、その夜に作戦を決行することにした。
深夜……全軍を三手に分けて進発させると、俺は自分の手勢五十名を率いて、山登りを開始していた。ただし、敵に見つかると面白くないので、砦からは十分に離れた場所を選んではいる。
しかしこの山は、幾ら標高が低いとはいえ、どう見ても数百メートルほどの高さはあり、おまけに比較的なだらかな場所であるここですら、傾斜がきつくて登りにくい。山道などというシャレたものは皆無であり、慰めといえばこの辺りには針葉樹に似た細い木――タリカというらしい――が生えているので、一応、人目には付きにくいことくらいだ。
しかし、周囲は雑草やら石ころや得体の知れない植物やらが群生していて、革のブーツを履いた俺ですら、頻繁に足を取られる。
なぜかくっついてきたマヤ様が不平の一つも洩らさないのが、むしろ不思議な程だった。
まあ、あのけろっとしたお顔からして、底ナシの体力を持つマヤ様は、この程度の斜面は楽勝なのかもしれないが。
数時間かけて山頂に着いた時、俺とギリアム以下、連れてきた二等戦士や奴隷達は、皆へとへとになっていた。
この時点で既に大幅に予定をオーバーしていてうんざりしたが、俺達は口数もすくなく、そのまま砦の方へと移動する。山頂は斜面を登るよりは歩きやすかったが、やはりここでも一時間ほど飛んでしまった。
やっと砦を見下ろせる位置に接近した時には、さすがの俺も汗だくのよれよれになっていたほどだ。おまけに、敵は魔族軍と違ってなかなか用心深く、俺が求めていた位置には、ちゃんと警備の兵士が二人もいたんだな。
こっちに熱源を感知するセンサー内蔵のミュウがいなきゃ、先に見つかって警笛でも吹かれていたかもしれない。
幸い、気付かれぬうちに先に倒すことができたが……まあ、こんな場所に警備に寄越した上官を恨んでくれ……なまんだぶなまんだぶ。
「しかしアレだな……こっちに警備の兵士がいたなら、向こう側にもいるよな?」
やっと砦を見下ろす山の切れ目に近付き、俺は顔をしかめて呟く。
「向こうの指揮官はネージュだけど、先に気付いてくれたかな?」
「大丈夫……でしょう」
細身のギリアムは、未だに息切れしつつ答えた。
「あの方の魔法の実力なら、敵を見つけるディテクションなど簡単に使えるはずです。我々と同じように、ちゃんと先に見つけているかと」
「ならいいんだけど」
俺はじりじりと切れ目の部分に進む。
ここからは慎重に行かないと、砦から見上げてるヤツがいるかもしれないしな。
右手の帝国側の山腹はなだらかでそうでもないが、左手に見える魔界側の山の斜面は、途中で山肌が広範囲に抉れている。足でも滑らせて落ちたら、下手したら下界までまっさかさまだ。だからこそ、攻略も難しいんだけど。
じわじわと進み、やっとの思いで隅っこから砦の方を見下ろすと、俺の足下……数百メートルほど下は、モロに防壁のある場所だった。
一応、さほど高くないとはいえ、石材を組んだ防壁であり、上に兵士が行き交う通路もちゃんとある。
加えて、巡回の兵士もうろうろしてるときた!
やはり正面から行かなくて正解だった。
……とはいえ、どうせこのままでも、どうにもならないけどな。
俺は逆方向の切れ目の向こう、つまり南側の山頂に目を移してみた。
上手くすれば、先に着いているかと思ったが、暗い山頂に人の気配はないように見える。こっちの方が向こうの山よりやや高いので、暗くても見えそうなものだが。
「ナオヤ」
今まで大人しかったマヤ様が、急に俺を呼んだ。
「なんでしょう?」
「……おまえの作戦では、この山の左右にロープを渡し、一気に中央の砦を攻めるということだったな」
「ええ、それが?」
「マヤなら可能かもしれないが、他にあんな遠くへロープを投げられる者がいるのか? それとも、最初からマヤに頼むつもりだったのかな?」
何かを期待するような声でマヤ様は言う。
まあ、確かに砦のある場所――つまり、山の切れ目はどう見ても三百メートル以上はある。どんな剛力の人間がいて、何を投げたとしても、向こうまで届くわけない。
帝国側だって、山と山をロープで結ぶヤツがいるなんて、考慮にも入れてないはずだ。
「……俺の説明、あんまり聞いてなかったようですね」
俺はいたくがっかりした。
振り向いてミュウを呼ぶと、彼女はいつものようにさっと寄ってきてくれた。
「俺達には無理でも、その三百メートルを難なく投げられる人がここにいるんですよ。頼もしいミュウが!」
我がコトのように自慢して、俺はミュウの肩に手を触れた。
もちろん、この為に既に彼女は長い長いロープの束を両肩に引っかけていたし、そのロープには事前にネージュに頼んで補強のための魔法もかけてある。後はこのロープを向こうの山に渡し、俺達が、山の高低差を利用して一気に滑り降りる。
砦本体の上空に来たらまたロープを垂らして降り、晴れて砦に突入という寸法である。
他にも手順はあるが、基本はそういう作戦だ。
途中で落ちたら笑えないし、下の兵士に気付かれる危険ももちろんある。かなり危険な方法だが、正面から馬鹿みたいに突撃するよりマシだ。
なぜかマヤ様がやたらと不機嫌な表情になったが、今更後に引けるか。
「しかし……肝心の向こう側のネージュ達が、まだ来てる様子がないな。ミュウ?」
俺は期待するようにミュウを見ると、囁くように教えてくれた。
「近付いてはいます。反応の数が五十なので、おそらくネージュさん達に間違いありません。敵の警備兵を倒した直後のようなので、あと少しでここからも見えるはずです」
「よしっ。それじゃ、ロープの端を固定して、準備に――」
言いかけた途端、いきなり喚き声がした。
「敵襲、敵襲ーーーっ」
「げっ」
俺は慌てて東、つまり魔界領の方を見た。
二等戦士数名に率いられ、ボンゴを含む奴隷戦士達が、遠くから姿を見せたところだった。それぞれの喚き声まで微かに聞こえるほどだ。特に、ボンゴの「じねぇえええ(死ねぇ?)」という声は一際よく聞こえる。
「お、俺はまだ合図も出してないぞっ。準備完了と同時に火矢を放つから、それが陽動作戦開始って、ちゃんと言ったはずなのに!」
思わず愚痴ったが、ひょっとすると何か別のものを合図と見間違えたのかもしれない。
いずれにせよ、俺の思惑より早く陽動が始まっちまった。
のっけからこれか、くそっ。




