今度こそ、砦攻略(の予定)――その5
――その5
帝都を離れてからは、気味が悪いほど順調に行った。
正直俺は、どうせまた前みたいに途中で問題が起きるんじゃないかと疑っていたが、これがなんと――何事もなく平穏な日々が過ぎてしまったのだ。
今回は、前回にも増して斥候を放ちまくったが、結果はことごとくクリア……間諜や怪しいヤツなど、全く見かけなかった。
お陰で、もう明日には着いてしまう……こう順調だと、なんだか後が怖い。
まあ、唯一困ったことと言えば、同行中のマヤ様は別にあの御輿みたいなヤツに常時入ってるわけではなく、普段はずっと俺の横に馬を並べていたことである。あの御輿は組み立て式になっていて、夜休む時だけ侍女がささっと組み立てるらしい。
いわば、一種のユニットハウスだそうな。
出立時にああやって担いでいたのは、「ダークプリンセスが陣中にいるんで、おまえらは控えよ!」という意味らしい。つまり、普段は折り畳んで運んでいると。
話が逸れたが――なぜ、マヤ様が隣にいると困るかというと、ダークプリンセスの異名は魔界中に轟いているらしく、みんなこの方を恐れて近付かないのだな。
それでも平然と俺のそばから離れないのは、ミュウくらいのものである。
側近であるはずのギリアムなどは、過去のトラウマからか、マヤ様の半径五メートル以内には絶対に寄ってこなかったほどだ。
行軍中、彼にこの大陸の歴史とやらを訊こうと思ってたのにさ。
……いや、出陣前から俺は、レイバーグの野郎が残した「もし興味があるなら、この大陸の歴史を詳しく調べてみるといいよ」ってセリフが気になってはいたけど、自分で調べても、イマイチはっきりしないんだ、大陸の歴史とやらは。
だから詳しそうなギリアムに尋ねたかったのだが、この調子では当分、無理そうだ。
「うん、今回は順調そうではないか。おまえも嬉しいであろう、ナオヤ?」
人の気も知らずに、マヤ様が明るく言う。
最初のコルセットドレス姿もたいがい戦場へ赴く格好ではないが、今なんか黒いショートパンツに、同じ色のタンクトップみたいな上衣だけだ。おまけにそのタンクトップもどきは、やっぱり微妙にポッチみたいな場所がわかってしまう。
さらにだよ、ショートパンツみたいなヤツはなんか見ようによってはパンティーみたいに見えるわ、しかも例によって視線を凝らしていると、エルザの時みたいにうっすらと縦筋がわかったりするわで、行軍どころではない。
全く、末恐ろしい姿である。俺の元の世界だと、あんな格好で街を歩いていたら、規制派が大挙して飛んで来そうだ。
これは、チラ見するなって方が無理だろう。
「ナオヤ、聞いているか? マヤの言葉を無視するでない」
「あたっ。蹴らないでくださいよ」
気安く俺の足を足蹴にするマヤ様に、反射的に眉根を寄せた。
本人はヤワく蹴ってるつもりだろうが、実はキックボクサーの様子見キックくらいの威力がある気がする。足がじんじんするからな。
「いや、前回からかなり時間が経っているんで、砦の建築が進んでたら嫌だなぁと……かように考えてました」
縦筋の件は胸に秘め、二割くらいの真実を告げておく。横を歩くミュウがちらっと俺を見たが、罪の無い嘘だし、許してくれ。
事実、前回の時はまだ「拡張途中の工事中砦」だったらしいが……あれからだいぶ日にちが過ぎたもんな。どうなってるやら、見当もつかない。
「ああ、それに関しては良いニュースがあるぞ」
マヤ様はすぐに機嫌を直して破顔した。
「出立前、新たな情報が入っていたのだ。そういえば、ナオヤに伝えるつもりが忘れていた」
「へぇえ? すると、朗報でも」
「うむ。これはおまえも満足するはずだぞ。なんと、砦はもう完成しているらしい」
「……は?」
俺の不審顔に気付かず、マヤ様はうきうきと続けた。
「しかもだ、敵の兵力もどうやら増強されているようだぞ。上手くすれば、我々の兵力を上回るかもしれぬ」
ナニイッテンノ、コノヒト!
「えーと」
あまりに嬉しそうに言うので、俺は脳内で慎重に言葉を吟味した後、恐る恐る訊き返した。
「……それのどこが、『良いニュース』なのでしょう?」
「良いニュースではないか」
マヤ様は全く悪びれなかった。
「強力な敵、あるいは有り余る敵と戦うことこそ、戦士の本分であろう。我々はまさに、そういう敵とぶつかるということだ。これがめでたいと言わずして、なんとする。ナオヤも、肉の盾として使われていた時、何度も大軍に突撃したはずだぞ」
う、うわぁ、駄目だこの人。
――早く何とかしないと、とまでは思わないが、近いことは思ったね!
ったく、落胆のあまり、落馬しそうになったじゃないか。
俺の好みは大軍に突っ込むことじゃなくて、楽して勝つことなんだって。肉の盾時代だって、別に突撃が好きだったわけじゃないからな。
そう言えないのが、臣下の辛さだが。
「ま、まあ……問題の砦の様子を聞けば、今の実情もわかるでしょう。そろそろ、放った斥候も戻ってくるでしょうし」
結局俺は、当たり障りのないことを言って誤魔化しておいた。
午後遅くになり、ヨルンを始めとする斥候達が、次々に戻ってきた。
彼ら……いや、エルザにも頼んでいたが、とにかくこいつらはみんな、本当に例外なく暗い顔で戻ってきてくれた。一番わかりやすいのは、最後に戻ってきたエルザの一言だろう。
この元間諜のねーちゃんは、俺の顔を見るなり、勢い込んで言ってくれたのだ。
「このままあそこに突っ込んだら、全員、討ち死にするわ!」
――ってさ。
ああ、順調に行くはずないと思ったよ……。




