今度こそ、砦攻略(の予定)――その1
――その1
あの、レイバーグの侵入騒ぎから十日が過ぎた。
結果から先に言うと、レイバーグ達は無事に逃走してしまい、魔王陛下はレッドドラゴンの群れを壊滅させて事態を収拾した。
まあ、形としては痛み分けになるのか? どうやってか知らないが、向こうも飼い慣らしたレッドドラゴンを大量に失ったわけだし。
ただ……俺は魔王陛下と互角の斬り合いを演じたレイバーグが、どうしても忘れられずにいた。思えば俺も、とんでもないヤツを敵に回したな、くそっ。
ちなみにマヤ様はあの時、ご自分の部屋で爆睡していたらしい。そのまま朝まで、まっったく目覚めなかったとか。
あれだけの大騒ぎだったのに、色んな意味ですげーよ。
時に――人質が逃げた件については、とりあえず俺はお咎めナシとなった。
なぜなら、幸か不幸か、変態樽おっさんの戦士将グレイルが、陛下に「人質管理変更」の使いなどを無理に送りつけていたため、人質が逃げたのは亡きグレイルの落ち度、ということになったからだ。
グレイルを叱りつけるために急遽戻った陛下は、この機に乗じてグレイルに落ち度を押しつけたというわけだ。こういうところ、魔王陛下はただのイケメン魔族戦士じゃないと思う。なかなか策士でいらっしゃるようだ。
というのも、陛下はついでにグレイル亡き後の彼の一族をも処罰の対象とし、「おまえ達の所業、日頃から目に余る。家名を継ぐことは許さぬぞ」と申し渡したからだ。
俺は当初から「こんなヤツでも戦士将とか務まるわけ?」と密かに思っていたのだが、それは誰よりも魔王陛下が頭を痛めていたことらしい。
ただ、魔族は無駄に歴史が長いせいか、有力な家系や諸将が、それこそ山のようにいるらしいのだな。
そいつらは大抵、地位の割には大して働きもせず、余計な差し出口はするわ、利権を掠め取って甘い汁は吸おうとするわで、陛下にとっては目の上のたんこぶだそうな。
それでも、そいつらはそれぞれ無視できない数の私兵を擁し、いざという時はそれなりの数の兵士を動かせる。つまり、いざ戦となると、名門の当主はどうでもいいとして、そいつが擁する兵士は出してもらわないと困るわけだ。
だからこそ、陛下ほどの実力と権力があっても、なかなか断罪に及べないというわけ。
……ていうか、これらは全て、あの後で陛下に呼びつけられた俺が聞かされた、愚痴のようなものだが。
俺みたいな小物にそんな愚痴を聞かせていいのかと思うが、俺の顔を見て、陛下はその疑問を先んじて察したのだろう。
大真面目な顔でこう仰った。
「おまえにはできるだけ多くを知っておいてもらいたいのだ、ナオヤ。この先、予に何かあった時は、マヤが魔界を治めねばならぬ。そのような時が来れば、おまえが我が娘を支えることになろうからな」
有り難い話だが、さすがに陛下の崩御は考えたくないな。
あと、そんなことを言いつつ、俺が「ならば一つ質問がございます」と切り出した時、までこっちが何も訊かないうちから、先手を打たれちまった。
「ナオヤの質問は予想できる」
陛下は勢い込んだ俺を宥めるように言った。
「だが……その疑問に答えるまでは、もう少し時間をくれぬか? 予にも打ち明け難いことはあるのだ」
「それでは、お待ちしますが……もしかして、俺の疑問の答えとやらは、先日陛下から伺った、例の秘密と関係してますか?」
諦めきれずに尋ねた俺に、陛下はただ黙って頷いた。
ただし……その数日後で今度はマヤ様に呼ばれたわけだが、そこであの方から「父上がナオヤを呼びつけたそうだが、何故だ?」と尋ねられた時、もちろん俺は正直に答えなかった。
そもそも、陛下が打ち明けた「秘密」に関しては、誰にも話さないと約束していたし、実際俺も、今はマヤ様に教えない方がいいと思っている。
いや、むしろ永遠に教えないのが正解の気がしてるほどだ。
しかし、「いや雑談ですよ」とトボけようものなら、鋭いこの方はたちまち何か秘密があると疑うだろう。
そこで俺は、「どうも陛下は……ご自分が亡き後のことを考え始めているらしく」などと、一部本当に聞かされた話を告げておいた。
陛下は、マヤ様のことを心配しているようだってさ。
これなら、嘘にもならないし。
「……父上ともあろうお方が、何ということを仰せか」
ソファーに俯せに横たわったマヤ様は、気持ちよさそうな表情と怒りの表情を器用に同居させていた。
「既に千年近くもその地位にある父だぞ? 父上に仕えていたメイドの中にすら、同じくらい生きていた者もいるのだっ。それを何を弱気な……くっ……ナオヤ、もう少し力が入らないのかっ」
叱責された俺は、汗だくになった額を拭い、慌てて答えた。
「すいませんっ。でも、俺は結構、力を入れてますよっ」
すぐ下には、この世界の下着に当たる、レオタードちっくな薄着を着たマヤ様が、モデルのように横たわっているのだが――。
なぜか、最初ほど嬉しくない。
つか、手と腕が痺れてきた。この方、全力でニギニギしても、全然痛そうにしないしなっ。
……当初、「俺にもついに幸運がっ」とか思った俺は、大馬鹿だった。
それを言うなら、「俺のいた世界には、マッサージ専門の店なんかがあって」などと雑談に紛らわせて教えたのが、そもそもの間違いだったのだが。
いや、今後の打ち合わせのために私室に赴いた時、陛下の一件を話す前に、「魔界とナオヤのいた世界は、かなり違うのか?」などと質問されたので、いろいろと教えて差し上げたのである。
で、その中の「マッサージ専門店」というのに、マヤ様はいたく興味を示されたのだった。
「まっさーじ? そのようなものは、ここでは聞かないぞ。それは、どういうことをする店なのだ?」
――てさ。
この時、俺がエロい妄想を抱かなかったと言うと、それは嘘になる。
遙か昔、亡きかーちゃんによく「ナオヤ式独自マッサージ」を施していた俺は、今こそその手腕を活かす時だと思ったわけだ。




