望まぬ出会い――その9
――その9
「あれ……おかしいわね」
そのまま、集団に追いすがろうとしていたネージュが、いきなり止まった。
お陰で、彼女を案内役にしていた俺達も、その場で急停止してしまう。
「どうかした?」
「いえ、あの集団からごくごく微かな魔力を感じるんだけど……でも見たところ、メンツの中に彼の臣下の魔法使いはいないようなの」
「それはまた」
どういうことだろう――俺達は戸惑って顔を見合わせる。
しかし、幸か不幸か長考してるような余裕はなかった。こっちの追撃に気付いた連中が、一斉に足を止めて振り返ったからだ。
全員、貴族風の装飾過多なスーツ姿だったが、どいつもこいつも、女性と見間違うような線の細い魔王陛下とは似ても似つかない。本当にわずかでもグリュンワルド家の血が混じってるのかと、少し不審に思うほどだった。
「来てくださったんですか!」
「助けてくれると思ったよっ」
引きずられるように引っ立てられていたセシールとジェイルが、喜色満面でこっちへ駆け寄ろうとした。もちろん、連中の誰かによって引き戻されていたが。
「ネージュ、そのグレイルってもしかして……あれか?」
俺は、ひそひそとネージュに尋ねた。
彼女は苦笑して即答した。
「そう、あの一番醜い人がそうよ」
それって誰だよ!? と迷う気遣うはなかった。おそらくこいつだろうと思う、縦も横もデカいおっさんがいたからだ。裾の長い、前を大きく開いた上衣は、恐ろしいことに金色である。目立つという意味では、他の十数名のお供達の追従を許さない。
しかし、サイズが絶望的に合ってないし、そもそも出来損ないのタコ焼きみたいな顔をしているので、激しく似合ってなかった。
「また樽かい!」
悪いと思ったが、思わず呟いたほどである。
「わざわざ追いかけてくるとは、無礼な連中だ……ネージュもいるなら、それも当然か」
魚みたいな表情のない目をぎょろりと動かし、グレイルがやっと口を利いた。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべており、もう初めから説得の難しさを感じたほどだ。
「責任者は誰だ、うん? まさか……わしを前にして、この二人を連れて行く気かね。そこのネージュを横取り……したように」
おっさん、しゃべるのも苦労するほど息が切れてるぞ。
俺はそう指摘したくなったが、さすがに今は礼儀正しく出ることにした。まあ、本人が匂わせる通り、直属ではないにせよ、上官である。
「責任者は特等戦士の俺ってことになるんでしょうね。……しかし、人の家から預かった人質を連れて行くのは、そちらこそ非礼では」
「ふん、その程度の身分で……戦士将のわしに口答えとな!?」
戦士将グレイルの機嫌は、たちまち悪化した。
「たかが下っ端の分際で、身の程を知らんヤツめ。……陛下には、人質管理の変更の使者を出したところだ。問題あるまいて」
「使者を送ったばかりならば、まだ陛下の裁可は下りてないはずですぞ!」
礼儀正しいギリアムが、この時ばかりは口を挟む。
「つまり、管理上はまだこの私の責任であり、結果的には私の上官の受け持ちとなります。命令系統を無視なさるおつもりか!?」
「黙れ、ギリアム!」
グレイルはたちまち真っ赤になった。
「魔王陛下は、もったいなくも……(息切れ)……我が遠い親族のお一人でもおわす。どちらの意見を是となさるかは……この場で争うまでもないっ」
唾を飛ばして怒鳴る。
元々、導火線は極めて短いらしい。まあ、これまでは周囲の人間でこいつに逆らうヤツがいなかったのだろう。
実際、今も周囲の取り巻きが、口うるさく「身分を知れ」とか「誰に口を利いてるつもりだっ」などと、すかさず援護していた。
「し、しかしっ」
「もういいよ、ギリアム」
なおも果敢に言い募ろうとする彼を、俺は手で押しとどめた。不安そうにこちらを見つめる王子と王女に笑いかけてから、俺はグレイルの方を見やる。
「俺は言い争うつもりはないんですよ。道理はこちらにあるはずだし、どうあっても返して頂きます」
「ほぉ? なら……わしが返さぬといったら、どうする……小僧」
グレイルは愉快そうに尋ねた。
「そもそも、この奴隷二人には、今夜の夜伽を命じる予定でな……返すことはできぬなぁ」
途端に、ジェイルとセシールの悲鳴が聞こえた。
古風な言い方でも、内容はちゃんとわかるらしい。
「ああ、しょうがないな」
俺は空中歩道から、満天の星を仰ぐ。
確か……前の査問会の時も、臣下の責任は問われなかったよな? なら、俺が覚悟すりゃ済むことか。
内心で、今度こそきっぱりと覚悟を決めた。
「ならば、力尽くでも置いていって頂きます!」
ずばっと宣言した途端――。
「な、なんという……」
「よっしゃああ!!」
「こういうチャンスを待ってたわあっ」
ギリアムの呻く声に、ヨルンの威勢のよい返事、トドメにネージュのあからさまな歓声がした。
ギリアムはともかくとして……残り二人、ちっとは自重しろよ、おい。
まあ、俺が言えた義理じゃないけど。
首を振りつつ、悲壮な覚悟で刀を抜きそうになったその時である……一気に流れが変わったのは。
予兆は、連中にまぎれて立っていた近侍の者らしき男の姿が、すうっとブレたことに始まる。
その瞬間、破顔していたネージュの表情が見事に強張った。
「ええっ」
「な、なに?」
尋ねた俺を無視して、独白する。
「これは……トランスフォーメーション! まさか、供の一人に化けて、誰かが潜り込んでた!?」
「え、なに、変身の魔法ってこと? 誰が紛れ込んだって!?」
続けて訊いた俺に、ネージュはすぐには応えなかった。
ただ、新たに現れた「誰か」を見て、見る見る血の気が失せた顔になった。
「な、ナオヤ君」
誰がナオヤ君だよ!?
憮然とした俺に、ネージュが掠れた声で囁きかけた。
「これは……逃げた方がいいかもしれない」
派手に喉を鳴らした後、続けた。
「こ、この場にいる全員が、今すぐっ」




