望まぬ出会い――その2
――その2
「はい。つい半時間ほど前に来られて、お留守だと知ると、後でまたお邪魔するからと。これが、実に意外な客人なのですが」
とギリアムはなぜかもったいをつける。
「相手は、ネージュ様なのですよ」
「ほう?」
て……悪いけど俺、その名前に聞き覚えがないんだけど。
元々、下っ端の奴隷に魔界の誰かの名前を覚えるチャンスなんて、ほぼ皆無だしな。
正直にそう返すと、ギリアムは罰の悪い表情を見せて低頭した。多分、俺がここ一年、ずっと奴隷だったのを忘れてたんだろうな。
「失礼しました。……ネージュ様とは、戦士長のお一人で、魔法使いとして名前を知られた女性です」
「せ、戦士長ぉ?」
素っ頓狂な声を上げたのには、理由がある。
戦士長というと、魔界の階級制度では、かなーり上なのだな。確か、上から四番目か五番目くらいに位置したような気がする。
実戦ともなると、場合によっては余裕で万を越える戦士を指揮する地位だぞ!
「そ、そんな偉いさんが、俺みたいな一兵士に何の用事だよ」
「それはわかりません……ご本人様は我らに告げる気もないようで」
ギリアムは困ったように言ってくれた。
おいおい……気になるじゃないか。
「とにかく、ナオヤ様の元気なお姿も拝見したことですし、我らはこれで一時引き上げます。後からまたネージュ様が来られるとあれば、お邪魔でしょうし」
ギリアムがきっぱり述べて、一同を追い出しにかかった。
そして、魔界の戦士長が来るという話は、ヨルン達ですら「そりゃ遠慮しないと」と思うのか、特に文句も言わず、皆ぞろぞろと引き上げて行く。
こう言っちゃなんだが、すげー心細い。
ただ幸い、最後にドアを出ようとしたミュウが、振り向いて遠慮がちに申し出てくれた。
「あの……お茶の用意などをするためにも、私は残りましょうか?」
「おお! 悪いけど頼めるかな? ていうか、やり方わかる?」
「ギリアムさんに尋ねておきました」
「そうか、そりゃ助かる!」
呆然と立っていた俺は、心底ほっとして何度も頷いた。
調理場には調理用の魔法器具もあるけど、これまでは奴隷の身で、煮炊きは全部自分達で当番制だったしな。
無論、魔法器具で調理とか、そんな甘い話は一切無かった。だから、料理に使うその手のアイテムとか、全然使えない。
まあ、部屋には暖炉とかもあるけど、それじゃ急場に間に合わないかもだし。
「では、早速」
ミュウは感じよく微笑み、奥のキッチン――とおぼしき部屋へ向かおうとした。
……しかし俺とすれ違う寸前で足を止め、そっと囁いてくれた。
「ナオヤさんが無事で戻って来られて、嬉しいです」
わ、耳に吐息がかかった。
俺は慌てて振り向いたが、ミュウはもう奥へ消えたところだった。
……しかし、いつ見ても形のいいお尻だな。目を逸らすのに苦労するぞ。
一応、服装を正して応接室で待つこと一時間――。
ひょっとしたらもう来ないかも、という俺の淡い期待を裏切り、そのネージュとかいう人は、ちゃんとやってきた。
ドアがノックする音がして、ミュウが応対に出向き、そこで俺に取り次ぐために戻ってきてずばり告げた。
「ネージュ様がいらっしゃいました」
「そ、そうか。じゃあ、早速出迎えに――て、わっ」
立ち上がったそばから、ミュウの背後より、もうその人が入ってきた。
光沢のある長い真っ白な髪をまとめ、頭の右側に寄せて束ねている。
もう髪型からして、いわゆるサイドテールってヤツで、インパクト絶大である。やたら儚そうな外見で華奢な人に見えるが、瞳は悪戯っぽそうに光っていた。
……しかもだ、服装はレオタードに短いスカート足したような、「セーラー戦士ですかい」と言いたくなる衣装なのだ。
え、この人戦士長って話じゃなかったっけ?
そんな扇情的なコスチュームで指揮してんですか!?
「え~、あの」
「そう、貴方がっ」
そう広いとも言えない部屋をざっと見渡していた彼女は、最後に俺を見て、明るい声を上げた。
瞳の色がまた、黄金色だよ……すげーな。
つか、それって確か、この世界のエルフの特徴だったような。
「異例の出世とか、あのリグルスを倒したとか、おまけに命令無視で突っ走ったとか豪快な経歴の割に、すっっごく普通そうに見えるわ」
女子高生が、テレビ見ながらカウチポテトでアニメキャラを評するような言い方に、俺は顎が落ちた。
そもそもこの人、本当に女子高生くらいにしか見えないけど、マジで軍の重鎮なのかぁ。
「座っていいかな、ナオヤ?」
微笑して俺の正面のソファーを指差すネージュに、俺はガクガクと頷いた。
「それはもう……どうぞ。あ、ミュウ。悪いけど」
「――飲み物のご用意ですね。お任せください」
実にできる子のミュウは、すぐに低頭して部屋を出て行った。
「ええと、何か俺にお話があるとか?」
ニコニコと俺の顔を眺めまくるネージュ様に、俺はびびりながら切り出した。
なんか知らんが、無理難題を押しつけられる気がしたからだ。
「ああ、そんなに固くならないで……別に、妙な話を持ってきたわけじゃないから。ただね、よかったらこのあたしも君の臣下の末席に加えてほしいかなーって」
「ああ、なるほど」
と俺は何となく返事をして……しばらく言葉の意味を考えた後、唖然とした。




