ダークプリンセス、魔王に喧嘩を売る――その2
――その2
行軍中だった俺の部隊は、帝都マヤに引き返しつつある――とミュウから夢現のうちに聞いたが、俺が考えいていたのは、亡くなったダヤンのことだけだった。
そして、考えているうちにすっかり眠ってしまったらしい。
今度起きた時には、かなり回復していた……と思う。少なくとも、身体が重い感じは消えていたからな。
……ついでにミュウもいなくなっていて、代わりと言ってはなんだが、横にマヤ様が座っていた。
「わっ」
驚いた俺は慌てて起き上がろうとしたが、マヤ様が手を差し伸べて止めた。
「無理はするな。今は休む時だぞ」
「は、はあ……ですが、自分ではもう回復したような気が」
「派手に斬られて、そんなすぐに回復するわけがなかろう……いいから起き上がらないように」
静かに忠告するマヤ様を、俺はまじまじと眺めた。
今日は、裾のやたら短いチャイナドレスみたいな純白の衣装姿で、ベルトの代用なのか真っ赤なウエストリボンを着けていた。
そんな衣装なのに、短いスカート部分には大胆なスリットまで入ってて、恐ろしいほど上の方まで太ももが見えていたりする。
ダヤンの死を聞いてショック受けてたのに、それ見て否応なくドキドキするんだから、俺もたいがい現金だな……。
「ナオヤのお陰で、無様に誘拐されずに済んだ」
はっとして見ると、マヤ様が俺を見つめていた。
「命令無視に対する後悔はありませんが、犠牲も大きかったです」
俺が湿った声で返すと、マヤ様も静かに頷いた。
「臣下を失ったことは聞いている。しかしナオヤは、問題はあるとはいえ、結果的には最善の方法を採ったのだ。それは信じてよいぞ。もう少し遅ければあの者達は国境を越えていただろうし、マヤは敵の捕虜としてよい晒し者になったことであろう。帝国は魔族に対して容赦ないからな」
「……晒し者?」
「そうだ……これまで知らなかったのなら、教えてやろう。敵の扱いはひどいぞ。貴賤の区別などしないし、特に女に対してはひどい。裸に剥かれて民衆の目に晒されるのだ。特に見目麗しい女は危ないと聞く。――となれば、言うまでもなくマヤは大いに危ない」
最後の部分はわざと茶目っ気たっぷりにウインクなどして口にしたが……いや、そのさすがの自信は置いて、それが本当なら確かにひどい。
しかし、捕虜となった魔族側の奴隷が切り刻まれた死体とか、俺も何度か見てるしな。男に対してアレなら、女がそんなんでも全然不思議はないのか。
そういや、マヤ様だってプリンセスの身で、狭苦しいトランクみたいな場所に押し込められていたわけで。
あの後、ルクレシオン帝国に送られたこの方が裸で晒し者とかになってたら、ぞっとするな。
多分、俺は激怒して、一人で帝国に特攻しそうだ。
「ナオヤはわかりやすい……何を考えているのか、すぐにわかる」
ふいにマヤ様が手を伸ばして俺の頬を撫で、俺はむちゃくちゃ焦った。
「な、なんです」
「別に……ただ、ナオヤがマヤのことで真剣に怒っているのを見ると、なぜかマヤはひどく気分がよい。不思議なことだ」
ミュウとタメを張るような、彫刻のように美しい切れ長の目を細め、マヤ様が満足した猫(というより獅子か)のごとく微笑する。
顔を寄せてきたので、豪勢な金髪がさらさらと流れ、俺の腕をくすぐった。
あと、この方が近付くといつも得も言われぬすげーいい香りがするのだが……信じ難いことに、どうやらこれは体臭らしい。
こんな香りの香水なんかあると思えないし、そもそもこの方は香水なんかしない気がする。
「一つ尋ねてよいか?」
「ど、どうぞ」
女の子の顔がそばにあることに慣れていない俺は、どぎまぎしてしまう。
おまけに、マヤ様はまだ俺の頬を撫でていたし。
「ナオヤが密かに指揮を放棄し、すぐさま追撃に移った経緯は、他の者から聞いた。我が部隊への襲撃情報を聞いて、慌てたのはわかるが……なぜ最初、一人だけで行こうとした?」
「命令無視に対する厳しい罰則を聞いて、皆をこのことに巻き込むまいと思ったからです」
別に隠すことでもないので、俺は正直に答えた。
「もちろん、援護もナシで一人で行くのは無謀でしょうけど、かといって他の者が俺のために死ぬのはご免ですから」
そこで俺は深々と息を吐く。
「結果的に、ダヤンを失ってしまいましたけど」
「そうか……ナオヤらしいな。叱るべきだろうが、マヤはあまり強く叱る気にはなれない」
「きょ、恐縮」
――ですと言いかけたその時、マヤ様の顔がぐっと真剣になった。薄い赤色をした瞳が、徐々にその色を濃くしていく。
ついでに撫でるのをやめ、指で頬をぐいっと引っ張られた。
「安心するのは早い。強くは叱らないが、叱責しないとは言ってない!」
「いいっ、痛い痛いっ」
肉ごとちぎれるかと思うような怪力で、思わず声が洩れたね。
この人、自分の途方もない怪力を忘れてないか!
「ようやく得た直臣を失うところだった、マヤの身にもなるがよい! 今後は、将たる身でそのような自儘な真似は許さぬ」
ぎらっと至近から真紅の瞳が睨めつける。
迫力があるどころの騒ぎではなく、リグルスよりよっぽど怖かった。




