ダークプリンセス、魔王に喧嘩を売る――その1
――その1
目を覚ました時、俺はいきなり誰かの腕をひっ掴み、自分の方へ引き寄せていた。
いや、まだ戦い継続中のままのテンションだったので、とりあえず眼前に見えた黒い影に斬られる前に、先手必勝しようと思ったのだ。
しかし「あっ」という息が洩れるような声と、胸にぶつかった柔らかい何かのお陰で、やっと最後の場面を思い出した。
そう言えば――斬られて意識を失ったはず。
改めて確認してみれば、今の俺はベッドに横になっていて、しかもミュウの身体を自分の胸にかき抱くという、とんでもない体勢だった。
彼女の胸の柔らかさまで、はっきりと感じ取れたし、実際、ミュウの顔は少し赤くなっていた。
「ご、ごめんっ」
慌てて手を離し、起き上がろうとしたが……自分の体重が急に増加したような感じで、油の切れたロボットみたいにぎこちなくしか動けなかった。いや、この表現はミュウに失礼かもしれないが。
「まだ起きないでください……32時間、昏睡状態でした。心拍数、血圧共に、まだ平常値にはほど遠いです。傷口はふさがってますが、無理しない方がいいですわ」
心配そうにそう告げた後、付け加えた。
「ダークプリンセスはご無事ですから、ご安心ください。あのお方は今、ナオヤ様のために王宮で戦ってらっしゃいます。ここにいないのは、そのためですよ」
「えっ?」
俺は思わずミュウを見返す。
いや、無事なのは嬉しいが……俺のために戦ってるとは穏やかじゃないぞ。
気になったが、ミュウは首を振った。
「あのお方自身は何の問題もありませんから。今はとにかく、体力の回復に努めてください」
「そ、そうか」
マヤ様自身がオールオーケーなら、それでいいや。
それに、俺が本調子じゃないのも事実のようだ。少し身体を起こしただけで、もう頭がくらくらしている。
いや、その原因の一つはさっきのミュウの胸の柔らかさを思い出してるせいなんだが。
しかし吐き気までするのは、こりゃ明らかに怪我の後遺症かもな。
気まずい思いで周りを見れば……俺は全然見覚えのない豪華な部屋にいた。
四方の壁までヤケに遠いし、しかもその壁には装飾画まで描いてあるときた。今横になっているベッドだって、天蓋付きのでっかい代物である。天蓋付きベッドなんて、リアルで見たのは初めてかもしれない。
部屋の大きさも、余裕で20畳くらいの広さがありそうだ。
なのに、室内にいるのは俺を除けば、ベッドの横に座るミュウのみである。
一体どうなっているのか知りたいところだが、まあ浴衣みたいな夜着に包帯塗れの上半身とくれば、そりゃ怪我でダウンしてたのは間違いないんだろうな……くそっ。
当然、他にも訊きたいことは山ほどあるが、質問の優先順位は決まっている。あの後のことを訊かねば……訊くのは怖い気もするが、そうも言ってられない。
「それで――」
俺は大きく深呼吸した後、覚悟を決めて尋ねた。
「あれから、どうなったのかな?」
「ご安心を……策を使う前に、リグルスは絶命しました。ナオヤさんが放った斬撃が、致命傷となったようです」
ミュウは安心させるように微笑んでくれた。
「ナオヤさんが受けた反撃は、文字通りの最後の一撃だったようです。ナオヤさんが倒れた後に、リグルスも倒れ……そのまま亡くなりました」
「そう……か」
ちなみに策というのは、あの後、俺が考えていた「敵を撤退させるための策」のことである。実はミュウは音の再生や複製が可能なので、マヤ様を安全な場所に隠した後は、その特技を活かし、こっそり戻って魔族軍の追撃部隊が追いついた振りをしてもらおうかなと――そう考えていたのである。
大量の馬蹄の音が遠くからすれば、それで敵が諦めて退いてくれないかと。
しかし、その策を使うまでもなく、結局俺達は奴らを全滅させちまったようだ……もちろん、リグルスがこっそり殺したと思われる、敵の将軍は別として。
エルザの魔法のお陰で、短い時間でガンガン敵を減らせたのが大きかったな。
「まあ、よい方に考えよう」
俺には似合わないが、今はポジティブに考えることにした。
「とにかくマヤ様は無事だったんだし……もちろん、みんなも無事だよな?」
ミュウの笑顔が凍り付いた。
そのままそっと俯いてしまう。
「ま、まさか……ダヤンが?」
喉を鳴らして訊くと、ミュウはそっと頷いた。
「はい、あの人だけは……私が戻った直後のことでした」
「……亡くなったのか、あのダヤンが」
俺は呆然と呟く。
ミュウの言葉も、今はあんまり耳に入ってなかった。あの歴戦の戦士が死んだ……死んだのか。
「俺が無理な作戦立てなきゃ――」
「彼の遺言があります」
顔を上げ、ミュウが俺をまっすぐに見た。
「私を始め、ギリアムさん達もみんな聞いていますが……代表して私がそのままお伝えしますね」
ミュウは息を吸い込み、ゆっくりと語り始めた。
しかも、彼女の可憐な声音ではなく、亡きダヤンそのままの声で。どうやら、録音してくれていたらしい。
『ナオヤ様に……くれぐれもご自分を責めないようにと、伝えてくれ。後を追ったのは私の勝手で、そのことに後悔などない。そして結果的に……ダークプリンセスの誘拐を阻止できた……誰が何と言おうと、貴方は正しかったと……私がそう言ってたと……ぜひ……伝えてほしい』
苦しい息の下から語ったらしく、切れ切れの声だった。
俺は胸が一杯になり、しばらく言葉にならなかった。
しばらくしてようやく、掠れた声で「他に何か言ってたか?」と訊くと、ミュウはまた頷いた。
「亡くなる間際の……独り言のような声ですが」
そう断りを入れ、再生してくれた。
『ナオヤがどこまで上り詰めるか……叶うなら、一緒に見届けたかった』
「――以上です」
ミュウが静かに結んだ時、俺は先程のミュウのように俯き、密かに涙を堪えていた。
身よりもない異世界人の俺より、ダヤンこそ生き延びるべきだったのに。




