運命の分かれ道――その14
「……兵力不足だからだろうよ」
俺は上の空で答えた。
「はははっ。そりゃ妙な話じゃねーか?」
リグルスは笑いつつも真面目な顔で俺を見返した。
「素人をいきなり戦場に放り込んでも、そのほとんどは長く保ちゃしねー。生存率を見りゃ、簡単にわかるだろ。それこそ、いわゆる無駄な努力で、肉の盾としても機能してないぜ。おめーは、魔王が本当にそんな理由で召喚してると思ってんのか?」
もっともな話である。
こいつがダヤンを斬る前なら、もう少し真剣に聞いたかもしれない。
「今はどうでもいいね」
多分、今の俺は凄惨な笑みを浮かべていることだろう。
神経は張り詰めているが、少なくとも緊張してはいない。俺は元々、口では死にたくないと連呼しつつ、実はいつ死んでも構わない思いで戦ってきた気がする。
逆に――だからこそ、これまで生き延びて来られたのかもしれない。
戦場では、小狡く立ち回って生き延びようとする者から先に死んでいくのだ……少なくとも、俺が今まで参加した戦闘ではそうだった。
「今の俺にはっきりしてるのは、一つだけだ。貴様はダヤンを傷つけたっ。許せるもんか!」
最後は大声で喚き、リグルスに飛びかかった。
一瞬、敵の頭を割ることに成功したか――と思った。
しかし、甘かった。リグルスの姿が陽炎のように揺らぎ、俺が斬り下げたのが単なる残像だったと知れた。
途端に、手で触れそうなほど濃密な殺気を感じ取り、俺は冷や汗と共に飛び退く。リグルスの魔剣が危ういところで俺の脇腹を掠めた。
いや……どてっ腹にぴりっとした痛みを感じたところを見ると、どうも完全には避けきれずに掠っていたらしい。
だが、この程度なら動きが鈍くなることはない。大丈夫だ!
動揺することもなく、すかさず第二撃を繰り出したリグルスの魔剣を、俺は赤く輝く刀身で受け止める。
呆れるほどの剛力に、その場で膝をつきそうになった。
おまけに、手も痺れそうになったし!
リグルスはかさに掛かってガンガン剣撃の雨を降らせてくる。そのうち、強引に俺の刀を剣撃でかち上げやがった。
当然、俺の身体はよろよろと後退して両手は跳ね上げられ、上半身が見事にがら空きになってしまう。
体勢が崩れた俺に対し、リグルスは返した剣を素早く引く。
こっちの胴を狙うつもりだとはっきりわかった。
「もらったぜっ」
「させるか!」
リグルスの喚き声と同時に、俺は夢中で左足で砂混じりの土塊を跳ね上げた。狙ってやったものではないが、幸運の女神が哀れんでくれたのか、見事に奴の顔面を襲った。
砂が混じってたお陰で、さすがのリグルスも一瞬だけ目を閉じる。
「ちっ」
それでも強引に斬撃を繰り出し、不気味な風切り音が俺の耳に届いた。
俺は崩れた体勢を戻すことに固執せず、そのまま背後に倒れ、ゴロゴロと路上を転がってから跳ね起きた。ほぼ同時に、躍り込んできたリグルスと再び斬り結ぶ。
「はははっ。なかなかやるな、小僧! しぶといのは伊達じゃないらしいっ。だが、俺の相手をするにゃ、少しばかり早かったぜぇ? もうすぐ終わりだなあ!!」
「死体にしてから言えよっ」
全体重を掛け、俺は鍔迫り合いになったリグルスを押し戻す。間合いを取り直そうと思ったからだが……意外にも、奴の長身はさっきの俺みたいに簡単によろめいて後退した。
釣られて、俺は追撃をかけようと間合いを詰めかけた。
その時、「罠だぞっ」と俺の脳内で警告がガンガン響き渡った気がした。
ダヤンの時と同じだ。あえて隙を見せただけだっ。
もちろん、本当にそうなのか確信があるわけではない。これはあくまでも、今まで生き延びて来られた俺の勘みたいなものだ。
しかし、何度か似たような勘が働き、命拾いしたことがあったのも事実である。
――よろめいたのは誘いで、こいつは次の瞬間に必ず攻勢に出るっ。
俺はその可能性に賭けることにした。どのみち、このままだとじり貧で最後には斬られてしまうだろう。
「うぉおおおおおおおっ」
天にも届けとばかりに怒声を上げ、俺はリグルスの誘いに乗った振りをして突進した。
ほぼ同時に、リグルスの黒い瞳が光った気がした。
意識してなかったが――今の今までよろめいていたくせに、ふいに右足で踏ん張り、さっと魔剣を引くのが、躍り込んだ俺の目にはっきり見えていた。
その途端、待ち構えていた俺は、何も考えずに横っ飛びに跳んだ。
「なにいっ」
リグルスの声に、初めて動揺がまじった。
その声すら、今の俺には間延びして聞こえる。
例の、全身一体化したような突きの姿勢で、リグルスが俺の脇を駆け抜けようとしている。驚愕に見開いた目や、俺を串刺しにし損なった魔剣の不気味な輝き……全てが嘘のようにはっきり見えていた。まさに、この一瞬だけを切り取ってスローモーションにしたように。
もどかしいのは、自分の身体も思うように動かず、このチャンスに素早く動けないことだ。
外した突きの姿勢からのろのろと姿勢を変え、新たな攻撃に移ろうとするリグルスに向かい、俺は奴の脇から渾身の剣撃を振り下ろした。
手応えはあった!
そのまま、肩から胸にかけてレザーアーマーごと斬り裂いた赤い刀身も、奴の血飛沫が噴き出す様も、まだ明確に見えていた。
ところが、惜しいことにこの瞬間にあっさり世界が普通の動きを取り戻し、重傷を負いつつもリグルスが下方から剣を繰り出してきた。
しかも、スピードも元の神速を取り戻してやがるっ。
……俺に見えていたのは、奴が放った剣撃の残像だったらしい。
気付いた時には反撃をかわし損ね、俺の胸に痛みが走った。今度、派手に血を噴き出すのは、俺の方だった。
仲間の誰かが叫んだ気がしたが……確かめる前に、俺の意識は飛んでいた。
第三章、終わり。




