いつもの二人
遅れに遅れていた、番外編です。
俺こと、松浦直也の主君は一人しかいないが、その一人がなんと、この世界の魔王と来ている。
謙虚かつ引っ込み思案の魔王などあまり聞いたことがないが、実際、この度めでたく父の後を継いで魔王となったマヤ様は、もう傲岸不遜と傍若無人を地でいくようなお方だった。
その被害を一番受けているのは、おそらくこの俺であろう。
たとえば今も、二人して酷暑の砂漠を歩きつつ、のべつまくなしに愚痴るのである。
まあ砂漠というか、なにもない砂混じりの荒野という方が近いが。
「ナオヤ、いつまで歩けば帰れるのだ。マヤはもう飽きたぞ!」
真紅のゴシックドレスかつ、ほとんど太股の上まで見えているミニのスカート姿で、マヤ様が盛大に愚痴ってくれた。
もうなんというか、一目見ただけで、荒野を歩く格好ではない。
ひらひらしたスカートの短さときたら、ちょっとでも風が吹いたら下着が見えること請け合いなほどだ。
残念ながら、今のところは風なんかこそりとも吹いてくれないが。
実は、最初は黒ストッキングも着用されていたのだが、つい先程マヤ様本人が「暑くてこんなの穿いてられぬわっ」と叫び、俺の前で脱ぎ捨ててしまった。
ちらちら横目でその場面を見ていたお陰で、今日の下着が水色であることもわかってしまった。これはまあ、眼福だったけど。
「いやぁ。だから、大人しく出現した場所で待とうって、俺は最初から言ったじゃないですかー」
いつもの軽めの軍装とはいえ、それでも私服よりは暑い。
とくに、このかんかん照りの砂漠においては、なおさらだ。
「だいたい、ネージュが悪い、ネージュがっ。あのエルフ女めっ」
マヤ様がふいに矛先を変えた。
「仮にも魔王たるマヤと、全軍の指揮官であるナオヤを揃って、こんな異世界に送りつけおってえっ」
「それも……元々は未だに完成したとはいえない次元転移術を、無理に使わせたマヤ様が悪いような気も」
ネージュは俺の臣下なので、間違っても彼女が罰せられないように、俺はやんわりと反論した。
「これっ、マヤ以外の女の肩を持つでないっ」
じろっとマヤ様が横目で睨み、俺は肩をすくめた。
そう言われましても。
だいたい、俺達が砂漠的荒野にいる事情というのは実に簡単なことで、ほとんど大陸統一を間近に控えたマヤ様が、「そろそろ他の世界を征服するために、新たな異世界を見繕うとしようぞ!」などと、びっくり仰天な宣言したせいである。
「そのために、まずは新世界を探索するのだ」
などと、大真面目に言われた。
え、以前仰ってたその話、マジでしたかっ! と俺はきっちり喫驚した。
だいたい、前述通りネージュが開発中の次元転移の術も、あまり安定して成功していないというのに。
俺は例によって嫌な予感がしたのだが、マヤ様のお供を命じられ、その結果、二人揃ってこの異世界……という名の無人の砂漠に強制転移したというわけである。
さっきマヤ様が上空からも観察したが、どうも延々と砂漠だけが続く世界らしく……そんな場所、金もらっても征服したくないわなっ。
慰めがあるとすれば、今回の転移は安全装置ともいうべき強制条件が最初から課せられていて、到着してから二時間で自動的に元の場所に戻れる。
つまり……大人しく待機していれば問題ないのだが、マヤ様はじっとしているのが嫌いな人なので、こうして砂と石ころだらけの荒野をうろうろする羽目になっているわけだ。
「さすがに、異世界征服は諦めましたか?」
何気なく俺が水を向けると、マヤ様はふふんと鼻を鳴らした。
「馬鹿者っ。この程度のことでマヤがくじけるものかっ。次がある次がっ。今度の新世界探査では、きっと豊穣な土地と、よい感じに手応えのある戦士達が揃う世界へ行けるに違いない」
「それはそれで……俺はあまり嬉しくありませんけどねぇ」
なんといっても、実質的に魔族軍を指揮してんの、俺だからな。
信じ難いことにさ!
「ところでナオヤ、マヤは喉が渇いたぞ……水筒は持ってきているだろうな?」
「もちろん」
――だいたい、マヤ様が持ってくるはずないですし。
という言葉は飲み込み、俺は腰のベルトから革水筒を外す。そのまま渡してあげた。
栓を外して一気飲みしようとしたところで……マヤ様はじんわりと俺を見た。
「ほら、先にナオヤが飲むがよい。マヤは加減を知らぬから、全部飲んでしまう恐れがある」
優しい声音に、一瞬俺は目を瞬いた。
たまにこういうしおらしいところを見せる方なので、油断ならない。
「いえ……どうせあと一時間ほどで、逆転移が始まって、戻れますし」
「それまで乾きに絶えることもあるまい。ほらっ」
「はあ」
断るのも悪いので、水筒を受け取って口をつけ、景気よく傾ける。
口元を拭って、マヤ様に素早く返した。
「後はどうぞ」
「……ふむ?」
今度は遠慮せず、マヤ様はごくごくと盛大に水筒を呷った。
仕上げにつややかな唇を舌でなぞり、俺に言う。
「そういえば、先程偵察で空を飛んだ時、この付近に湖があったぞ。あそこで水浴びでもしようではないか。なにもカンカン照りの砂漠地帯でぼさっと立っていることもあるまい」
「み、水浴びっすか!」
「嬉しいであろう?」
マヤ様が悪戯っぽく俺に流し目をくれる。
俺があえて空を見て、「なんつー照り具合だ」などと呟くと、悔しかったのか後ろから抱きつき、ギィイイっと唇を引っ張ってくれた。
「う・れ・し・い・であろうっ」
「う、うれひい、へちゃくちゃうれひいっす!」
つか、いつものことだけど、平然と岩を砕く剛力を忘れないでくださいと言いたいっ。
まあ、手加減してこれなのはわかっているけど。
……結局、俺はマヤ様と抱き合って飛行し、問題の湖へと降下した。
湖というか、荒野の低地にできた、大きめの水たまりだな、これ。幸い、水はそこそこ澄んでいるようだが。
マヤ様は一度だけ周囲を眺めた後、その場でさくさく脱ぎ始め、俺はにわかに心臓の鼓動が激しくなってきた。
「ぬ、脱ぐんですかっ」
「水浴びするのに、着衣でする愚か者がどこにいる?」
下着姿のまま、マヤ様が振り返った。
少し、お顔が赤い。
「だいたい、以前にも二人きりで湯浴みしたことがあろう? 今更、何を恥ずかしがるのか。ま、まあ、今回は入浴ではないから、下着は脱がぬが」
「そういうマヤ様も、顔が赤いですが」
「……そのような生意気なことを言うナオヤは、こうだっ」
マヤ様が飛びかかってきて、いきなり俺の服を脱がし始め、俺はかなり真剣にジタバタした。
「脱ぎます脱ぎますっ、だから離して欲しいでありますっ」
全く……異世界の荒野で、なにをやってんだかなあ、俺達!
……俺はトランクス一枚で、マヤ様はビスチェ+パンティーのみという格好になり、二人でしずしずとでっかい水たまりに入った。
予想通り、水深はさほどになく、せいぜいお腹まで水が来るくらいである。
マヤ様は俺の手を引いてずんずん歩き、水たまりの中央まで来て向き合った。
どうでもいいが、ビスチェの胸の谷間が深いのが気になる。
「先程、水筒を渡してやったのに、ほとんど飲む振りだけして返したな?」
いきなり言われて、俺はぎくっとした。
「……気付いてましたか」
「ナオヤの芝居は分かり易い故な」
微笑してマヤ様が俺を抱き締めてきた。
当然、俺もしなやかな身体に手を回したが……胸の感触がヤバすぎる。
「こんな場所で二人きり故、珍しく素直に教えておこう、ナオヤ。マヤは……ナオヤがいつもマヤを気遣ってくれていることに、深く感謝しているぞ」
耳元で囁かれて、俺は焦った。
「それに、とても嬉しい」
「いえ、どのみち待っていれば戻れるのがはっきりしてましたし」
腰の辺りがむずむずしてきたので、俺は意識して胸のことは忘れようと努めた。
おっぱいがなんだ! 無かったからといって、死にはしない……いや、俺は死ぬかもだが。
「乾きで死ぬ間際であろうと、ナオヤが同じようにしてくれるのはわかっている」
マヤ様がいつになく掠れた声で囁き、さらにぎゅっと抱き締める腕に力を入れた。
うわ、今そんなことされると自制心がどこかに――
「――ああっ!」
「どうした?」
素っ頓狂な声を上げた俺を、マヤ様が見た。
当然、そこで同じく気付いたらしい。
「逆転移が始まっているだと!?」
「ど、どうも……帰還予定時間までズレてるようですっ」
俺の返事は無視して、岸辺にバシャバシャとダッシュするマヤ様である。もうだいぶ透けてきたぞ。
「なにを慌てて」
「馬鹿者っ。ナオヤならともかく、向こうで他の男に見られたらなんとするっ」
その言い方に、追いかける俺は自然と顔がにやけた。やー、これって嬉しい言われようだなー、みたいな。
……と思いかけ、改めて自分のトランクス一丁の姿を思い出し、今更のように焦った。そういえば、向こうじゃミュウだって心配して待っていることだろう。
「うわ、もう八割方消えたっ。間に合ってくれ!」
脱ぎ捨てた服を目指し、俺は今更のように走り出した。
……まあ、それでもまだ、口元は緩んだままだったが。
全く……俺達は二人して、異世界でなにをやっているんだか。この先も多分、ずっとこんな調子なんだろうけどさ。
気付けば3万ポイント越えていて、ずっとお礼の記念短編書こうと思っていましたが。
思い立ってから半年以上経ち、ようやく実行しました。
特にご興味がなければ、素通りでどうぞ……別に本編の内容に影響しません。日常の欠片みたいなものです。
(書籍版には未掲載)
貼り直しの追記
毎度、お知らせに使って申し訳ない。
●6月22日●
例によって、一度だけ告知。
新タイトルです。
「かつてのヒーローは、とてつもなく働きたくない」
↑のタイトルで、新作はじめてます。
働きたくないから、パトロン見つけて余生を過ごそうとしたのに、出会った女の子が邪神の転生で――そういう話です。
どうかよろしくです。




