終わりなき夢
抜け駆けでマヤ様がアランを倒してしまったことにより、今回の戦いは一応の区切りとなってしまった。
もう少し正確に言うなら、レージンフィルスがレージの中で覚醒した時点で、もう勝負は終結する運命だったのかもしれない。
味方だったはずのアランに倒されたユメは、復活の後にゴネるのではないかと俺などは思ったが、それは俺が、ユメがいかにパパ(レージ)を好いているか知らないが故の、余計な心配というヤツだった。
現に、アランが倒れた日からきっちり七日後に完全復活を遂げ、起きて動けるようになったユメは、レージに今後の方針を告げられ、笑顔でそれを受け入れてしまった。素直にもほどがあるってもんだが、ホムンクルスは塵に戻し、招集した軍勢は全て解散するという……まあ、大半は傭兵なんだけど、中には魔界とか旧ルクレシオンの反乱兵も交じってたんだけどな……今後、本当の意味で後始末をつけるのは、俺達の役目ってことになりそうだ。
……などと、また頭の痛いことを考え始めていた俺は、「おお、来ましたぞ、ナオヤ様っ」という濁声に、ようやく顔を上げた。
興味深そうに「彼ら」を見つめるカシムは、さすがにもう完全回復しているようだ。別に気落ちしている風でもないし、タフだなやっぱり。
ただし、コトの顛末を見届けに、わざわざこの砦まで駆けつけたところを見ると、密かに心中に思うところがあるはずだ。強い人なんで、あまり外に出さないだけで。
ちなみに俺達は、まだ最後に駐留した国境のシケた砦に滞在している。無論、今日まで滞在していた理由はちゃんとある。
本日は、レージが呼び寄せたかつての「闇の軍勢」のメンバーがようやく全員揃い、太古のロクストン帝国へ転移する日なのである。
もちろん今、さして広くもない砦の屋上に上がってきた連中の中には、レージの腕にしがみつくユメもいれば、レージその人もいるし、レイモンもいる。おまけに、旧ルクレシオンの方の抑えに回っていて、俺達はほとんど名前しか知らなかったヒューネルとかいうダークピラーの青年もいた……みんなそれぞれ、随分と晴れやかな顔をしていたが、最後に上がってきたサクラだけは、なぜか複雑な表情をしている。
「なにか気になることでも?」
俺が尋ねてやると、サクラは流し目をくれて、随分と色っぽいため息をついた。
「珍しく、迷っているのよ」
「迷うって、なにを?」
野次馬根性で見送りに来たとしか思えないエルザが、興味深そうに訊く。
このねーちゃんはしかし、いちいち物見高いし、なんにも首を突っ込みたがるなぁ。まあ、その隣に立っているネージュとローズの二人も、似たようなもんだけど。
「ロクストン帝国に戻るのはいいけど……ここに来てから、ようやくかつての恨み辛みを忘れかけていたのよね。金輪際、忘れることなんかないと思っていたのに」
どこか哀愁漂う表情でサクラが呟く。
いやぁ、美人がこういう顔すると、決まるなぁ。
「残るか行くかで迷っているというのなら」
などと、終始俺と腕組みしていたミュウが、にこにこと口を挟んだ。
ちなみにこの子も、まだ全然元に戻ってなくて、微妙に性格変わったままなんだが、まあ本人が元気ならいいやと思っている。少なくとも、俺にとっては不快な変貌じゃないし。
「――どちらの側に好きな人がいるかで決めるといいですよ~。それだと、後悔しないです!」
しかし……相変わらず、突然突拍子もないことを言うな、この子!
「どちらに好きな人が、ねぇ?」
なぜかレージの陣営と俺達の陣営を見比べ、サクラが口元だけで笑う。
「おいおいおいっ」
黙って聞いていたレージが、焦った顔で口を挟んだ。
「俺達を助けてくれるんじゃないのか、サクラ? 俺なんか、ただでさえ無能司令官とか内外に言われてて、心細くてたまらんのにっ。今日だって、転移が成功するかどうか、めちゃくちゃ不安だしなっ」
実際に脂汗かいてくどく彼を見て、俺は思わず苦笑した。
そう……実はレージンフィルスは、ユメを復活させ、ダークピラーの二人を呼び戻した時点で、また「日本人レージ」の深層意識の中に戻ってしまったのだな。
『私はもはや、人間として生きる決意をしている。再び我が愛し子やレージの身に破滅が近付かぬ限り、おいそれと出て来る気はない』
な~んて最後に告げて消えたので、おそらくレージはあくまで日本人の青年として、下手すると生涯を過ごすことになるかもしれない。
「大丈夫よ、パパ。転移は成功するわ、今度こそ! ユメが、よい方法を思いついたの~」
甘えるような声音で、ユメが言う。
そのよい方法とは、レージをエネルギー源として、ユメが力を振るうというもので、要するに転移の失敗がパワー不足だったため、今回は潜在的に神の力を持つレージの力を、ちゃっかり利用しようというわけだ。
そのやり方も、レージンフィルスが言い残した方法なんだけどな、本当は。
「ま、まあ……成功するか失敗するかはすぐわかるだろうけど、とにかくおまえは来てくれるよな、サクラ!」
レージが懸命な面持ちでサクラに言い募る。
一時は敵に回ったのに、随分と頼りにしているらしい。ユメが密かに膨れっ面になっていたほどだ。
「いえ、わたしは決めたわ、レージ」
ふいにサクラが、決然として告げた。
「貴方はその気になれば、いつでもここに転移して戻れる。だけど、わたしはそうもいかないしね。だから、しばらくはこっちにいることにする」
「え、いやしかしっ」
レージが盛大にうろたえて声をかけようとしたが、その前にエルザとネージュとローズが、一斉に声を上げた。
「それは心強いわねっ」
「女が増えるのは、大賛成よ~」
「実際、戦力的に申し分ないです!」
「おぉ、これは意外な展開だな」
最後に俺自身も唸ってしまった。
「だけどまあ、有り難いよ。なら、しばらく俺達を助けてくれ。気が変わるまででいいから。もちろん、俺がマヤ様にお願いして、しかるべき地位を用意するし」
「別に地位はどうでもいいわよ」
サクラはさらりと答えた。
「ただ、命令系統は一つにして。具体的にはナオヤだけがいいわね。そして、気が進まない時はたまにナオヤの要請も断るかも」
「はははっ」
俺は引きつった笑い声を上げたが、別に反対はしなかった。
まあ、サクラはそういう子だ。今更なんで、文句言う気もない。規則に厳しカシムは、目を白黒させていたけどな。
「ま、まあ、鋭意努力する……希望通りにできるよう」
「しかしっ」
まだしぶとくレージが喚きかけ、サクラと目を合わせてそのまま言葉を呑み込んだ。
「……おまえがそこまで言うなら、無理強いもできないか。なら、本当にこっちの方が、そのうち顔を見にくるよ。ちゃんと元気でやっているかどうか」
「ええ、そうして」
気怠い仕草で頷くと、サクラはそのままつかつかと歩み寄り、レージにそっと抱きついた。
「あぁあああっ」
ユメがなにか喚いたが、全く無視してレージと頬と頬を合わせ、凜々しい声音で囁く。
「しっかりやるのよ、レージ! 本当に困った時は、呼びにきてくれていいから」
「ははは……いや、俺の方が年上とは思えないな。でも……ああ、本当にいざという時は頼む」
レージが照れながら答え、それを最後にサクラは俺達の方へ戻ってきた。
「では、そろそろ参りますか、ユメ様」
「そうそう。僕らの本番はこれからなんだしね」
退屈そうにやりとりを見ていたレイモンとヒューネルが、ほっとしたように声をかける。あまり交流もなかったせいか、彼らはとっとと転移を済ませたいらしい。
「あ、もうちょっとだけ待ってくれ!」
レージが始めてしっかり俺を見て、ユメを伴って前に立つ。
「捕まってた時の苦い記憶しかないが、今から思えばそっちも必死だったんだろうと、今ならわかる。なにしろ、相手はユメとダークピラーだからな。うまくユメが新たな転移法を思いついたから、こうして遺恨なく別れることができるが……ホント、下手したら日本人同士で殺し合いするところだった」
「ていうか、元々そっちが侵略してきたのが原因でもがもがっ」
余計な口を挟みかけたエルザの口元を、俺は慌てて押さえた。
この期に及んでユメの機嫌を損ねるな、馬鹿! 相手はこれでも神様なんだからっ。
「とにかく……新天地でも元気で。ユメも、元気でな」
俺はしっかりレージと握手し、おそるおそるユメにも手を差し出した。
拒否されるかと思ったが、ユメは目を丸くした後、ちゃんと握手に応じてくれた。
「おまえの忠誠心と能力は、ユメも認めてあげるぅ。ユメ達以外になら楽勝だろうから、今後もがんばりなさい」
やたら偉そうに言ってくれた後、屋上をざっと見渡す。
「結局、あの女は来ないのね」
「ああ、ごめん。ちょっとほら……マヤ様はわがままだから」
まさか、まだ爆睡中とも言えない。
まあ起きてたって、敵だと思ってる連中を見送るような人じゃないけどな。
「そう……まあ、その方がいいわね。顔見ても皮肉言うだけだし」
つんと顔を上げ、ユメはレージパパと一緒にレイモン達の方へ戻っていった。それからレージの腕を組むのやめ、今度は両手で彼の手を握った。
「それじゃ、パパ。力を借りるわね」
「……俺の潜在力なんて信じられんが、本当にあるなら、そりゃいくらでも」
「大丈夫、もうどんどん流れ込んできたからぁ!」
実際、漆黒のドレスを着込んだユメの身体が、いきなり神々しい光を放ち出す。慌ててレイモンとヒューネルがそばに寄り、そして最後にユメは俺達の方へ手を振った。
次の瞬間、ふっと全員が消えてしまう。
思ったよりあっけなくて、ちょっと周囲を確かめたほどだ。
「わあ、あんな簡単に転移できるなら、始めからそうして欲しいわよねっ」
俺の腕から抜け出したエルザが、不服そうに呟く。
気持はわかるが、レージンフィルスが目覚めてこその転移だからな。
「なんにしても、これで大きな山場は越えたんだ! みんな、お疲れ様――」
言いかけたところで、今頃になってマヤ様が上がってきた。
「なんだ、ナオヤっ。こんなところにいたか!」
「拝礼っ」
カシムが大声を上げたが、幸い、マヤ様本人が手を振って止めた。
つか、拝礼なんてずっと忘れてたな。
「よい! 今は急ぐっ」
「急ぐって……ユメ達なら、もう転移した後――」
「なにを寝ぼけているのか、ナオヤ! なにが哀しくてマヤともあろう者が、元敵を見送る必要があるっ」
マヤ様は、心底呆れた顔で俺を見た。
「そうではなく、今からすぐに、ギリアム達が待つ砦へと出陣だ」
「ええっ」
驚きの声を上げたのは、ローズである。
「き、昨日から兄の姿が見えないと思ったら」
「あやつには、先に残留部隊に号令すべく、もう出立させてある。これから我々もすぐに参るぞっ」
「ま、参るぞって、まだなにか戦いでもあるんですか?」
「あるとも! せっかくのチャンスではないか」
マヤ様は爛々と輝く真紅の瞳で、俺に嬉しそうに言った。
「ちょうど、旧ルクレシオン帝国内は、政治的空白となっている。ユメ達が混乱させたお陰で、王権派と反乱派が睨み合っている有様だ。最大の強敵だったレイバーグは、もはや我らに敵対する恐れもない。今こそ、大陸全土を統一する時ぞ!」
そ、そりゃまあ……レイバーグは今、王子と王女の救出に向かってる最中だし、今更自分を見捨てた王様につきはしないだろうけど。
「しかし……今からすぐですか? 即座に出陣されると?」
「そうだ! 今こそ大陸全土を、我が手中にする時ぞっ」
こ、この溢れんばかりの覇気……これだけは俺、どれだけ強くなろうと、絶対に真似できないだろうな。元の素養が違うとしか。
しかし……密かに周囲で「えぇええ、あたしこの後、帝都に戻って買い物しようかと思ってたのにぃ」とか愚痴るエルザや、「ナオヤさんと食事の予定がっ」と眉を下げるミュウ、その他の脱力した面々と違って、俺は実はわくわくしていた。なんというか、マヤ様の覇気を感じる度に、妙に嬉しくなってしまうのだな、俺という人間は。
だからもちろん、食事と昼寝の予定など忘れて、こう言ったさ。
「わかりました、マヤ様! 早速軍勢をまとめ上げ、出陣の準備に入ります」
単純な人ねぇとサクラが呆れ顔しやがったが、うるせー、ほっといてくれ!
「うむっ。頼んだぞ!」
マヤ様は俺の肩に手を触れた後、今思い出したような顔で付け加えた。
「そうだ、ナオヤは今回、戦を収めた武功により、魔神将に昇進が決まった……というか、マヤが決めた。今後も励むがよい」
『ま、魔神将』
素っ頓狂な声で、仲間が声を揃える。
「おぉ、もはや軍のトップですなあ。大師と神将を飛び越え、三階級昇進ですぞっ。いやぁ、めでたいっ」
カシムが我が事のように大喜びしていたが、俺としてはかえってびびるぞっ。
最高位の魔神将なんて、もう何百年も空位だったと聞いてるのにっ。
「これでナオヤも、存分に力が振るえることだろう!」
真紅の瞳を俺に向け、マヤ様が破顔する。
「まずは大陸全土っ。それからいよいよ他の世界へと領土を広げるつもりだ。ナオヤ、マヤと一緒に全ての世界をこの手に掴もうぞ!」
とりあえず完結までいき、無事に最終刊も発売されました。
皆様、ありがとうございます。
――――――
これで全部終わりではなく、次のページにお礼の番外短編がありますので、ぜひどうぞ。
書籍にも載っていません。
(それと、現状の告知など)




