表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
315/317

揺るがぬ心

 あやつが手を上げた途端、マヤの視界が揺らぎ、気付けば見知らぬ森の中にいた。


 もはや神としての力が戻りつつあるということなので、「マヤを送り出すくらいは、できるのではないか?」と思い、駄目元で持ちかけてみたのだが、なるほど本当にとんでもない力らしいな。人の心を読むばかりか、ちゃんと転移まで成功させおった。

 お陰でマヤは、わざわざアランの行方を探らずに済んだぞ。

 いつもならナオヤに任せてるところだが、今回ばかりは、ナオヤがアランに妙に同情している故、あの者には任せられん。


 アランを殺すことはできるだろうが、どうせ後でどっと落ち込むだろうからな。

 それに――これは元々、マヤが決着をつけるべきことだ。



 

 大方あいつの所在は、目の前に見える古くさい小屋だろう。

 木こりなどが休憩するのに使うためのものだが、もうとうに廃棄されたのか、半ば崩れかかっている。

 そしてマヤが蹴り開けるまでもなく、刀を手にしたアランが、小屋からよろばい出てきた……おそらく、マヤの気配を感じたのだろうな。

 ただ、こいつは既に怪我を負っているな。

 おそらくは、ダークピラーの元仲間が真実を知り、殺されかけたのだろうが、顔面に血が滴っている。まあ、マヤの知ったことではないが。


「おまえはっ。どうしここが!」


「そんなことはどうでもよい」

 既に抜剣しているアランに、マヤは決めつけてやった。

「おまえはマヤを怒らせ、結果的にこういう次第となった……それが全てだ。ここにいるのは、マヤ一人だぞ? もう逃げ隠れすることもあるまい」


「ふざけた女めっ」

 失礼なことに、このマヤに向かい悪態をつき、こやつはべっと唾まで吐きおった。時が経つほど、殺す理由が増える男だ。手がつけられん馬鹿だな。

「おまえにっ。だいたいおまえに、僕を弾劾する権利なんかあるのかっ。元々、肉の盾として無理矢理召喚したのは、おまえ達だぞ!」

「元はといえば父上が始めたことだが――無論、取りやめずに黙認したマヤにも責任はある」 

 微妙に訂正を入れた後、マヤは顎を上げて言ってやった。

「だが、当時の魔界はそこまでせねばならぬほど、ルクレシオン帝国に後れを取っていた。他に方法はなかったし、あのやり方が正しかったことは、ナオヤが我が魔界を勝利に導いたことでも、証明されている」

「な、なんだと!?」

 ナオヤと同じ色なのに、恐ろしく濁った瞳で、アランはマヤを睨む。

 激情に駆られているようだが、無論、マヤの知ったことではない。




「言うまでもないが、しかしあえて言ってやろう。もしも時間が戻り、父上の時代に既にマヤが魔王だったとしても――マヤはためらわずに、同じことをする!」


 ひび割れた唇を震わせるアランに、マヤはあえて言葉を重ねた。

 それくらい言わないと、どうもこいつはマヤを理解していないようだからな。

「ナオヤはよくわかっているが、貴様にはまるで理解できていないようだから、あえて教えてやろう。おまえの信じる正義ではマヤは悪人だろうが、そんなことはこちらの知ったことではない! マヤは魔王ぞっ。世界を支配する運命を持つ女として、今後も必要とあればいくらでも同じことを繰り返す所存だっ」


「こ、殺してやるっ。気配が他にない以上、おまえは本当に一人で来たらしいっ。ならば、今の僕にだって、おまえを殺せる! 地位にあぐらをかいていた女なんかに、僕を殺せるものかっ」

「ふんっ。だからせめて貴様が本気になれるよう、こうしてマヤはおまえに本音を叩きつけているではないか。感謝するがよいっ」

「ふざけっ――」

「それから最後に言っておく!」

 なにか言いかけおったが、マヤは素早く割り込んだ。

 こやつを殺すにしても、これだけは言わずにおれん。おそらくあのレージも、それを期待してマヤに譲ってくれたのだろうからな。


「今の貴様は、もはやマヤを非難することなどできぬはずだ。我が臣下たるカシムに大怪我を負わせたのは、まだしも『復讐の名の下に許されるはず』と思う輩もいるだろう。マヤは許さぬがな……だが、あの時のおまえに、それなりの理由があったことは認める。しかしっ――」


 ここでマヤはあえて声を大にした。

 この男、半ば狂気に囚われていて、自分のことしか見えておらぬようだからな。


「しかし、貴様は自分を温かく迎えたはずのレージ軍すら裏切った。レージを不意打ちで斬り、そして主君のユメさえ、己の目的のために手にかけようとした。だから貴様には、もはや復讐などという都合のよい言葉など、言い訳にすらならん。マヤに言わせれば、貴様は筋の通らぬ、ただの外道であり、マヤが殺すべき敵だ! せめてもの情けとして、ここでマヤが始末してやるから、さっさと冥界へ逝くがよいっ」


 叱声を叩きつけると、蒼白な顔で聞いていたアランは、唇を吊り上げて皮肉な笑みを洩らした。

「笑わせないでくれ、なにが情けだ……最後の最後で嘘を言うなよ」

 荒い息を吐いていたのを、深呼吸して呼吸を整える。

 ほう? 向かってくる気になったらしいな。


「あんたがわざわざ来た理由は違うだろ? もし、僕を殺すのがあのナオヤだとしたら……あんたと違って優しすぎるあいつは、僕を手にかけたことを一生、後悔する。そして、いつまでも悩むことだろう。それがわかっているから、あんたは自分でここへ来たんだっ。ナオヤをそんな目に遭わせたくないからっ。違うかあっ!!」

 死にかけにしては割と大声で怒鳴ったものだ。

 その意気に免じて、マヤはあえて本音を言ってやることにした。本来、下々の者に語ることではないが、まあ死に逝く相手にくらいは、な。

「そうだな、その一点のみ、マヤは真実を語っていない。貴様の邪推は完全に当たっているぞ」

 ゆっくりと微笑したが……おそらく、さぞかし凄みのある微笑だったはずだ。




「そうだ、認めよう。マヤはナオヤを愛している! それこそ、全身全霊をかけて愛しているのだっ。故に、貴様ごとき小物のために、ナオヤにほんの少しでも傷ついて欲しくない。どうだ、これで納得できたか?」


 よしっ。ナオヤに聞かれる心配がないので、堂々と言ってやったぞ!

「ふ……はははっ……そうかよ、くそっ。よくわかったとも、マヤ! だけど、あんたの愛は実るもんかっ。あんたはここで僕の手にかかって死ぬっ。首はナオヤの元に送り届けてやるんだっ。僕の執念を思い知れえっ」

 最後のセリフにしては長く語ったかと思うと、アランは刀を構えて突っ走ってきた。

 ほほう? さすがは肉の盾の生き残りで、ナオヤも一目置くだけのことはある。スピードもなかなかのものだったぞ。


 正確に心臓を狙ってきた閃光に等しいような突きを、マヤは心持ち身体をずらして受けてやった。もちろん、わざとだ。剣は見事にマヤの胸に刺さったが、あいにく致命傷ではない。そのために動いたのだからな。


「――っ! ぼ、僕が外しただとっ」

 アランが蒼白な顔で呻く。

「最後に攻撃を許したのは、ナオヤがおまえに同情していたからだ。いわば、ナオヤへの配慮ということ。……どうだ、少しは気が晴れたか?」

 優しく言い聞かせてやったのに、こやつは聞いていなかった。

 刺さった直後にがっちり相手の手首を掴んでいるので、もはや身動きが取れず、アランは狂ったように暴れていた。

 しまいには足で蹴ってきさえしたぞ!


 なかなかあきらめの悪い奴だが、あいにく巨大な鉄球が頭を直撃したところで、マヤを倒すことなどできぬ。

 いわんや人間の足など、綿で撫でられているのも同然だ。


「さらばだ、アラン!」

 こんな奴でも、一応は陪臣だった戦士だ。

 別れの挨拶だけはしてやり、マヤは空いた左手で、素早くアランの首を掴んだ。もちろん、手が回りきらないが、殺すだけなら十分だ。

 他愛もなくずるずると崩れ落ちるアランを見ても、大した感慨はない。

 剣が抜けた途端、胸から血が噴き出したが、なに、この程度ならすぐに回復する。マヤは不死身だからな。


 それより、早くも思いついたことがある……お陰で、ため息をついてしまった。

 言うまでもなく、アランを殺したことなどではない。そうではなく、砦で待つはずのナオヤのことだ。

 ナオヤはきっと、この死体も回収して墓を作ってやろうとするであろうなと、そう思った。


 実に甘い、甘すぎるっ。全てが甘い!  

 魔王の側近とは思えぬほどだ。この先もまだまだ、働いてもらわねばならぬというのに。


 なにしろ、あの者のいない日々など、もう考えられぬからな。

 ああ、ナオヤがいない世界などは考えられないし、興味もない。あってたまるものか!

 マヤはいつしか、足元の死体など忘れ、微苦笑を洩らしていた。

 まったく……ナオヤはちゃんと理解しているのだろうか? していてもらわねば、割が合わぬ気がするぞっ。

 

 ――このマヤともあろう者が、ここまでおまえに心奪われてしまったということを!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ