魔王の主張
ようやく少し落ち着いたのか、レージは再び目を開け、今度は穏やかな声音で述べた。
「あの男はともかく、君達には遺恨はない。特にナオヤ、君は最後の瞬間、ユメを封印せずに、助けてくれた。私はその恩を返さねばなるまい」
「で、ではっ、侵攻は止めてくださるとっ!?」
厚かましいかもだが、この際、要求しないとなっ。
前のめりになった俺を見て、レージはまた苦笑した。
「……止めるというか、この私が本来の意識を取り戻してしまった以上、もはや元の世界に戻ることは不可能ではない。時空を越え、本来のロクストン帝国へと、改めて転移しよう……幸い、ようやくかつての力が戻ってきたところだ。ユメがまだその気なら、十分に可能だよ」
「おお、それはっ――」
言いかけ、俺は肝心なことに気付いた。
……しかし、数千年前の歴史が変わるとしたら、一体、現在のこの世界はどうなるんだ?
その辺を尋ねると、安心せよとばかりにレージは微笑んだ。
「大丈夫。本来、世界は無数の可能性によって分岐するし、無限の可能性としての未来が存在する。
仮に、私とユメが過去に戻ってロクストン帝国を滅ぼしたとしても、その時は『そうなるはずだった歴史軸』へと、その時点で世界が分岐するだけのことだ。ナオヤ達が現在いるこの世界では、もう我らが帰還していない歴史が確定している。この世界にいては、もう過去が変わることはないから、安心しなさい」
それって、もしかして世界線がどうのって話だろうか。
そういうSF物語に近い話もあった気がするが、よくわからんな……ていうか、本当かな。
俺の顔に疑問が浮かんでいたのか、わざわざレージは太鼓判を押してくれた。
「理解しにくければ、私とユメ達は、あくまで他の世界へ去るのだと――そう思ってくれてもいい。そう大して意味は違わないから」
「そ、そうですかっ」
ぬうう……心を読まれている気がして、やりにくいな。
しかし、もしこの人の言うことが真実なら、そりゃ俺達は助かるっ。ホント、大陸全土を巻き込んだ、全面戦争になりかけてたからなっ。
いや、今だって、ルクレシオンがああなった以上、混乱はなかなか解消されないと思うけど。
ただし、そんな先のことを考えるより先に、俺は早急になんとかしたいことがあった。こればかりは、座視しているわけにもいかない。
「お話はよくわかりましたが……しかし、アランを倒すのは俺に任せてくれませんか。今までの経緯からして、それは俺がすべきことだと思うんです」
「復活するとはいえ、娘を殺された私は、その意見にあまり頷きたくないな」
脅しというわけでもないが、目を細めてレージが言う。
「それに、今回ばかりは、君に温情を発揮してもらっては困る。あの若者は必ず倒す! この決心が揺らぐことはないぞ」
ぬうう……さすがは神様……言い方がきっぱりしてて、口を挟む余地がないぞ。
「それにだ、『(アランを倒すのは)俺がすべきこと』と君は言うが、本来、アランがああなったのは、魔王たるマヤに大きな責任がある。いや、元々肉の盾という戦士集団を創設したのは、彼女の父親だろうが、今の責任者は彼女のはずだ。違うか?」
「いやっ。で、でもっ。マヤ様に罰を与えるという話なら、それはどうか――」
「そうではない、ナオヤ」
レージは優しく遮った。
「おまえ一人が責任を感じ、自分がなんとかすべきだと思い込んでいるようだが……私は、マヤはおまえ以上に決着を望んでいるのではないかと、そう言いたいのだ。……実は最初から君の反応は予期していたし、そう思って凍結したこの時空の中で、マヤにもずっと話を届けていた。ちょうど、我々の居場所を探しあて、マヤが今、ここに来るところだ」
――彼女の意見も聞いておきたい。
最後にレージがそう付け加えた途端、怒ったような足音がどんどん近づき、どばんっと言語道断な勢いでドアが開いた……というか、蹴り開けられたっ。
「うわっ」
俺が焦って振り向くと、ちょうど足を下ろしたマヤ様が、憤然とした顔で仁王立ちしていた。
「ええいっ、頭の中で二人の声がガンガン響いて、何事かと思ったではないか! 密談するなら、最初からマヤも呼ばぬかあっ」
「い、いやっ。俺は単にこの方に呼ばれただけでっ」
見苦しくも責任回避した俺を見て笑い、全く動じないレージがマヤ様に頷いた。
「よく来てくれた。あらましはもうわかったと思うが、ナオヤがアランとの決着をつけるという話、君はどう思うかな?」
マヤ様はすぐに答えず、立ったまま不機嫌そうに俺を見つめ、次にレージを見つめた。いきなりレージに斬りかかるのではないかと思って俺はびびっていたが……後から思えば、俺はマヤ様の頭の回転が速いのを、忘れていたのだ。
このお方は、そんな目先のことより、その一歩先のことを考えておられたのだな。
「おまえ達の会話を聞かされたところでは、どうやらレージは人の心を読むことができるように思うが、それは本当に可能か?」
「……そうだね、もちろん可能だ。あえてやらずに済ませることが多いとはいえ」
「そうか、ならば話が早い。マヤが今なにを考え、どうしたいのかを……ぜひ読むがいい。ここでナオヤを交えてくだくだ無駄な会話を続けるより、その方が遥かに早い。それに――」
とそこで、マヤ様はじっとレージを見つめた。
俺と違い、気圧された気配も全くなく。
「おまえが世界創世の神なのはわかるが、マヤとてこの世界全てを支配する気でいる、魔界の王だ。ならば、今マヤが考えていることが、道理だとわかってもらえるはずだが? 本来、アランに対する責任を負うべきはマヤぞっ。当然ながら、最終的な決着も、このマヤがつけるべきなのだっ」
「ちょっと!」
俺は今度こそ立ち上がったが、マヤ様もレージも、身動きもせずに見つめ合っている。
その間、五秒……あるいは十秒ほど過ぎたろうか?
とにかく、ふとため息をついた後、レージは立ち上がった。あかたも、声にならないやりとりが終わったかのように。
「そなたの考えはよくわかった。そなたなら情に流されることもあるまいし、任せて問題あるまい。私の怒りは、所詮は私怨だからな」
「ええっ。一体、何を言って――」
俺は憤然と抗議しかけたが、全ては遅かった。
満足した笑みのマヤ様と、やたらと残念そうに片手を軽く上げるレージ……この神様がなにをしたのかは、すぐにわかった。
なぜなら次の瞬間、マヤ様の姿が部屋から消えたからだ!
俺は天恵のように閃き、レージに迫った。
「まさか、マヤ様をアランの元へ送ったのか!?」




