神の怒り
は、誰それ? と馬鹿みたいに訊き返しかけ、俺は途中で思い出した。思い出して、戦慄した。つまり……レイバーグがさっき説明しくれた、この世界の太古の神……なのか。
口をパクパクしていると、レージは愉快そうに俺を眺め、首を傾げた。
「先程、君の盟友が説明してくれたと思うが? まだ腑に落ちないかな?」
「いや……腑に落ちないというか、ど、どどどどうしてれっきとした神が、レージに取り憑いたりしてるんだ」
くっ、かなり動揺してるな、俺。
でも、ユメは慣れたからまだしも、れっきとした創造神を目前にするなんて、チキンハートの俺には荷が重いぞっ。
「いやいや、取り憑いてなどないさ。レージは私の仮の姿なのだよ。つまり、神としての意識を封印し、人間として日本で生まれ、生活していたのがレージさ。両者の違いは封印した記憶と能力のみだよ」
「な、なるほど……いや、まだ全然わかってませんけど」
おぉ、なぜか敬語になっちまった。
しかし、ユメならまだともかく、相手は本物の神だとか自称されたしなっ。
「邪魔が入るのを避けるため、一時的に時空を凍結して、君と話している。魔王のマヤと話すより、側近の君の方が私の行動を理解してもらえると思ったのでな。君の盟友から、まず私の立場を説明するよう誘導したのだが……だいたいのところは理解できたのではないかね?」
レージンフィルス、いや呼びにくいので前のままレージと呼ぶが、とにかく彼が隣のベッドを叩いたので、俺はふらふらと誘われるまま、前のベッドに座った。
「まあ……未だに『これは現実かっ』と疑ってますが……あの話の通りなら、貴方は本当にユメの父親で、この世界の太古神というわけですか」
「その通りだ、ナオヤ。しかし、私は日本での生活や、人間としての己も嫌いではなかった。故に、神としての自分を捨て、以後は密かに人間として生きていくつもりだったのだ。転生した我が子ユメと異世界で再会できるようにあの子達を導いたのも、もはや我が娘には争いのない世界で平和に暮らしてほしかったからだ」
そこで、レージは深々とため息をついた。
「しかし……ロクストン帝国のブレイブハートの生き残り達は、日本へ逃れたユメを探知し、生き残り数名のブレイブハートを派遣し、ユメを滅しようとした。運命とは皮肉なものだ……私と娘は、どうあっても戦いから逃れられぬらしい」
複数のブレイブハート……? ああそうか! サクラは別として、異世界からユメ討伐にきたブレイブハートが、他に三人いたと聞いたな。元々日本に転生していたサクラ以外は、全部ユメ達が向こうで返り討ちにしちまったらしいが。
「それもその通りだ。だからこそ、しつこく自分を殺そうとするロクストン帝国に怒りを燃やし、ユメとその側近は、再び懐かしくもない故国へ転移しようとした……もちろん、今度こそ帝国を完全に滅ぼし尽くすために。後は知っての通り、未だに神力に目覚めきっていないユメが、図らずも時空のズレたこの世界に来てしまったというわけだ」
ええと……どうでもいいけど今この人、俺が話す前に考えを読み、サクッと答えなかったか?
怖いから、訊き返すのはやめとこう。た、多分……俺が気付かないうちに声に出してたんだろう、うん、そういうことにしておこう。
冷や汗をかいた俺は、落ち着くために深呼吸し、あえて彼と目を合わせた。
「あえて人間として生きるはずだった貴方が、今やこうして元のレージンフィルスの意識を取り戻している……そのことには、どんな意味があるんです?」
俺が訊いた途端、なぜかレージの表情が、やや厳しくなった気がした。
「人間の青年であるレージとしてユメのそばにいても、本当に危ない時は密かにメッセージを送るなどして、助けてやることはできると思っていた。それに、ユメもまた神の子である故、そうそう簡単に封印されることもあるまいと思っていたのだ。しかし……実際にはナオヤと魔族達は、予想以上にユメを追い詰めた。危うく、あの子を封印する一歩手前まで行ったほどだ。……ここで一つ言っておくが」
ようやく、ふっと目元を和ませる。
「ナオヤ……君は後悔しているようだが、ユメの懇願を聞き入れ、あの子を封印することを辞めたのは、我々にとって幸いだった。お陰で私は、君達を怒りに任せて滅ぼさずに済んだのだから」
「えぇえええっ」
思わず声に出ちまった!
しかし……このレージンフィルスの立場からすると、当然なのか?
普通、自分の娘を封印するような連中は、それこそ神力を使って、まとめて滅ぼしてしまうかもな。
「ま、まさかレージンフィルスの意識が目覚めたのは、俺達を滅するため……なんですか?」
心底ほっとしたことに、レージはゆっくりと首を振った。
ただし、またしても顔つきが厳しくなったけど。
「君達は封印を中止したのだから、本来なら私が目覚めることはなかった。レージの深層意識で眠っていた私は、どうしても必要な時にのみ、警告を送るだけで済んでいたのだ」
「ああ、あの時の! お陰で俺達は、敵の追撃を心配せずに済みました」
俺はギリアムの救援を思い出し、ペコペコ頭を下げた。
あれは本当にいいタイミングだったし、救援が来なきゃ、追いつかれてた気がする。
「いや……本来は、娘のユメに事前に警告してやりたかったのだけどね」
心なしか、レージは苦笑した。
「しかし、あの地下空間に入られてしまうと、私の声が届きにくくなる。それに……そもそもレージの深層意識で眠っていた私が目覚めたのは、レージの死という最終的な危機に反応したがためだ。お陰で、完全復活までに時間がかかってしまった。……君も知っての通り、レージはあのアランという若者に不意打ちで斬られたのだ」
ここでぎらりと目を光らせ、レージはアランに殺された時の話をしてくれた。
さすがに本人だけあって、お陰で状況がよくわかったが……あいつ、殺したレージをバレないように埋めちまったのか! むちゃくちゃしやがるな、しかしっ。
「お、俺とマヤ様憎しとはいえ、それはご迷惑を――」
わたわたと言いかけた俺は、じっと俺を見つめるレージの目を見て、絶句した……こ、これは、めちゃくちゃ怒ってるぞ、おい。
「……レージが死んだくらいでは、私は許したかもしれぬ。しかし、あの男は我が娘まで手にかけた! 自分を迎えてくれたはずの、ユメをなっ。こればかりは、断じて許せぬ!」
レージは一度目を閉じ、自らを抑えるように深呼吸などする。
「既に私は、地下空間から出たダークピラーのレイモンとコンタクトし、アランの所行を全て教えた。それ故に、もはや彼は自分こそが惨めな逃亡者となっているが、それだけで済ます気はないっ。断じてな!」
じ、事態はそこまで進んでたのか!
そりゃまあ、調子こいてたアランも、神様の介入までは予測できないし、どうにもならんよな。
しかしこの人……激情で肩が震えていて、怖すぎるっ。




