レージの正体
「後に残されたのは、ダークスフィアと呼ばれる太古神の神力を秘めた宝石と、彼の娘のみであった」
なぜか遠い目をした後、レイバーグは革表紙を軽く叩く。
「この本の中には、こんなことも書かれているよ。『生まれた神の子ヴァレンティーヌ(ユメ)様は、自らの父を忘れ去り、捨て去った人間どもが許すことができなかった。さらに言えば、人間達はその頃になると、太古の神を崇めていた頃の謙虚な生き方を忘れ、政治は乱れ、国に悪徳が栄えるようになった……それがために、ヴァレンティーヌ様は立ち上がり、人間達に鉄槌を下すことを決意したのだ』と」
「な、なるほど……」
ヤバい薬でも決めたのかと思うほど、やたらと神々しく見えるレイバーグにたじたじとなり、それでも俺はうんうんと頷いた。
なんか気圧されていたと言ってもいい。つか、こいつ本当に正気だろうなっ。
「つまりあれだ? 邪神だ邪神だとロクストン帝国時代の人間どもはガタガタ言ってたが、ユメの側にだって、ちゃんと立ち上がる理由があったというわけだ。けど、その昔話と、今の俺達のドツボ状況が、どう関係するのかな? ていうか、おまえもしかして、どっか具合悪くないか? なんか様子が変だぞ」
トランス状態に近い虚ろな微笑みを広げ、レイバーグは俺をじっと見つめた。
「前にボク、ナオヤに言ったことがったよね?『(ユメが)転生してナオヤの世界に逃れた途端、どうして普通の男にべったり懐くのか……おかしくない?』ってさ」
「あぁ、そりゃ俺も疑問だったさ! 最終的に、ロクストン帝国でブレイブハート達に封印されたユメの魂が、緊急避難的に日本に転生したのまではいいとして――なんで人間嫌いの邪神様が、人間に懐くのかって話だよ……サクラはなんか知ってそうだけど」
「――我、再び時を得て、異国の地に蘇らん」
「はい? それって確か、封印騒ぎの時、ユメが口走ったセリフだろ?」
急に口走ったレイバーグを、俺はいよいよ訝しい目つきで見る。
しかし、こいつは妙に明るく微笑んだまま、俺の視線をがっちり捉えてくれた。
「今のは、全ての原因となった太古神が、自ら消え去る前に残した言葉だよ。さっき君も尋ねただろ?」
「訊いたけど、無視されたような」
俺が控えめに嫌みを言ったのに、こいつ、またしてもスルーしやがった。
「言葉の意味は、簡単に言うと『娘が危ない時には、予は必ず異国の地にて復活するであろう』という、神の預言さ」
「お……おお」
「さて、ボクの話もそろそろ終わりに近付く……ユメの父は自らが消え去る前、ユメにダークスフィアと呼ばれる宝石を残し、娘と約束した。いざという時は必ず復活し、今度こそ共に世界に覇を唱えようとね。ユメとその数少ない信徒達は、彼の約束を信じ、ユメが再び転生した直後に、すぐに彼の転生先を探した。まさか異国というのが異世界に当たるとは思わなかったけど、信徒達にもそれなりの手段があり、最終的には転生先が異世界の日本であることを探知したんだ。そう、君の故郷の国さ。……そこでも戦いはあったけど、結局、ユメの一派が携えたダークスフィアは再び持ち主の元へと戻り、見事に親子共に蘇ったということさ」
「……おい、待て」
さすがに鈍い俺にも、この話の落ち着き先が見えてきたぞ。
いや、まさかとは思うが。
「それって――」
「一つ、あえて語らなかったことがあるよ」
レイバーグは俺の質問をかわすように、にこやかに告げた。
「今の話で散々出てきた、ユメの父――元々、太古のこの世界を創造した神々の一人……そのお方の名前をわざと語らずにおいたけど、今こそ君に告げよう。彼の名はレージンフィルスという」
「れ、レージンフィルスだぁ? それって、いよいよあの人の名――おいっ」
絶好調でしゃべりまくっていたレイバーグが、いきなりぱたりと俺が半身を起こしているベッドに倒れ込んできて、正直、焦った。
何事かと思ったが、よくよく見れば普通に寝息が聞こえる。単に、しゃべるだけしゃべって寝ちまったらしい。
とはいえ、どうもスイッチが切れたみたいな倒れ方で、気になる。
俺は何度かレイバーグの名を呼んで肩を揺すったが、拉致があかない。やむなく、急いで着替えて部屋を出ようとした。
今の説明は説明として、まずは薬師とか呼んだ方がいいだろう……様子もおかしかったしな。
○――――○
しかしだ……俺は廊下に出た途端、いきなり違和感を感じた。
今いるのは、国境地帯にあった、あの大規模な砦ではない。それこそ軍勢が一時的に立ち寄って補給したり、あるいは帝国からの侵入者を見張るためにあるような、ごく小規模なものだ。周囲を囲む防壁はあるが、ほんのお飾り程度にすぎない。
だから、大勢が砦のそばで野営しているような現在、どうしたって自軍の兵士達がざわめく声や、あるいは砦内を行き交う兵士の気配などがするし、会話する声だって否応なく聞こえる……聞こえるはずだ。
なのに、周囲には誰もいないどころか、そもそも人の気配すら全然しなかった。
「……なんだ?」
きょろきょろとそう広くもない廊下を見渡した俺は、首を傾げながら歩く。
一応、まだレイバーグのために薬師を探すつもりではあるが、ほとんど反射的な動きみたいなものだ。周囲だけではなく、自分の行動もおかしいなと思ったのは、同じ階の廊下の端っこにあった部屋に、いつの間にか入ろうとしていた時である。
ちなみに、そんな見知らぬ部屋に入る用事なんざない。いや待て……そういや、昏々と眠り続けるレージを寝かせてある部屋が、この階にあったと聞いたような。
「……む?」
なにかがおかしいぞと思ってはいたが、俺はどうしても衝動を抑えきれず、そのまま部屋のドアを開けて中へ入った。おまけに、鍵がかかっているはずなのに、なぜかあっさり開いてしまった。
中は……いわば病室のように作られているらしく、複数のベッドと、周囲に薬や薬草などを入れたガラス戸付きの棚があった。ただ、部屋にいたのは、銀髪を長く伸ばした優男が一人だけで、そいつはベッドに横座りしていた。
まだ青年の年頃だろうに、やたらと物静かで……そのくせ、妙に迫力のある男だった。
着ているのは、日本風のシャツとズボンで、最後に見たレージが着ていたのとそっくりである。しかしレージと髪の色が違うし、さらに言えば、こいつの瞳は赤い。
「……やあ」
その赤い瞳で俺を見るなり、まるで知己に対するように笑顔で挨拶などする。
釣られて俺も引きつった声で「や、やあ」などと答えてしまった。
「ていうか、あんたは一体――」
言いかけ、俺はようやく気付いた。
髪の色が変化して、しかも長さも変わっていたため、すぐにはわからなかったのだ。というか、微妙にイケメン度もバージョンアップして、美青年になっているような。
「まさか……レージ?」
「はははっ。やはりこの姿だとわかりにくいかな? 顔はそう違わないと思うのだが」
青年……いやレージは、かつて見たこともないほど余裕の表情で頷くと、微かに低頭した。
「改めて自己紹介しよう、少年――いや、ナオヤ。私が、レージンフィルスだ」




