ナオヤの合図
「させるか、ちくしょう!」
仲間の危機を見た途端、俺はまだダメージが残っていたが、構わずダッシュした。
そこで来た、やっと来た! 俺の奥の手である、超スピード状態が。
「よしっ」
俺は歓喜の声を上げて突っ込んだ。
以前、似たような状況になった時は、ユメは見事に俺の速度に追従してみせたが、今は動く素振りすらない。美しい彫刻のように、右手の剣を振り上げて固まったままだ。
「もらった!」
お陰でなんの障害もなくユメの間合いに飛び込み、俺は刀をユメの頭上に振り下ろしかけた――が。この肝心な時に、なぜかレージの顔が思い浮かんだ。
彼はユメの父親代わりらしいし、ユメもまた、レージをパパと呼んでいる。サクラはユメは本当の意味で殺せないようなことを言ったが、どう考えてもこのまま刀で頭を割れば、ユメは死ぬんじゃないだろうか。
そのうちまた転生する危険はあるかもしれないが、少なくとも今この瞬間は、死を免れないのでは?
だからこそ、この肝心な時にレージの顔などが浮かんだのかもしれない。大事な人を亡くす辛さを思い、あいつに同情してしまったのかも。
だが……結果的に、俺はやはりためらわずに動くべきだったのだ。躊躇などすべきではなかった。
その報いはすぐにあった。
一瞬前までは確かにぴくりとも動かなかったユメの瞳が、その刹那、大きく見開かれた。どうしてだか、以前と同じく俺の動きに気付いてしまったらしい。
さすがの俺も危機感に煽られ、今度こそ思い切って刀を振り下ろした。
「くそっ」
「甘いわようっ」
だが、ユメが手にした剣で俺の刀を下方から叩き上げ、その腕が痺れるような剛力のせいで、俺が手にしていた刀が吹っ飛ばされた。
こうなってはもういけない。やむなく間合いを取り直すべく、俺は歯軋りして飛び退こうとする。
しかし、その時には逆襲に転じたユメの剣が、俺の首筋辺りをぶっ叩いていた。
「ぐっ」
思わず呻き声を上げ、俺はたまらず膝をつく。
かろうじて意識を失わなかったのはまだしもだが、その瞬間に超速状態が解除されてしまい、俺はユメに背後を取られ、刀を首筋に突きつけられていた。ちくしょうっ、だからわざと初手は峰打ちにしたのか!
「そこまでよ! 全員、動かないでっ」
ユメの大声に、ようやく俺が人質に取られたことに気付いた仲間が、次々に声を上げる。
「な、ナオヤっ。いつの間にっ」
「くっ、汚いわよ、ユメ!」
「貴様、ナオヤを放さぬかっ」
中でも、最後に怒鳴ったマヤ様の声は、怨嗟に満ちていた。俺は思わず立ち上がろうとしたが、あいにく武器は飛ばされた後だし、片手を背後に捻られた挙げ句、首筋に刃がぴたりと当たっている。
立ち上がることさえできず、膝をついたままでいるしかなかった。
「……最大のチャンスだったのに、一瞬、躊躇したわね?」
ユメが余裕を取り戻した声音で囁く。
既に傷口が癒え始めているのか、俺の右腕をねじ上げて背中で固めている左手には、しっかりと力が籠もっていた。これは簡単に外せそうもない。
「でも、その甘さのお陰で、ユメは逆転できたわ……だから、おまえはまだ殺さないであげる」
「やかましいっ。とっとと殺せ――ぐおっ」
俺にしては珍しく本気で喚いたが、前にも増して腕をねじ上げられ、悲鳴を上げただけに終わった。くそっ、情けない!
「わかっていると思うけど、全員、武器を捨てなさい」
今度こそきっぱりした口調で、ユメが命じた。
「捨てちゃ駄目だっ」
「捨ててはいけないわ!」
俺とサクラの声が見事に重なった。
「捨てたら、ユメはナオヤを殺して、わたし達に向かってくるだけよっ」
「そんなことないわよ、今だけは退いて上げるぅ。ここにいるのは、ユメにとっても都合が悪いものね」
必死なサクラに、いけしゃあしゃあとユメが答えたが、嘘に決まってる。この絶対の勝機に、ユメが俺達に遠慮するような道理がない。
ただ、ふらつきながらも立ち上がったサクラはともかく、マヤ様とレイバーグは、二人揃って迷っているようだった。
厳しい顔つきで俺とユメを見比べ、唇を噛んでいる。広間の外では、エルザ達はともかく、ミュウが相変わらず中へ入ろうと奮闘中だったが、やはりこの結界に飛び込むことはできずにいる。
ヤバい、これはかなりピンチだ。
もう捕まってしまった俺はともかく、マヤ様達が危ないっ。
「マヤ様!」
俺はわざと大声を出して、マヤ様の注意を引いた。
拘束はされてないものの、まだ痺れが残る左手をやっと持ち上げ、自分の腹部辺りを指でとんとんと叩く。
それから、唇の動きだけで意思を伝えようとした。
聡いマヤ様なら通じるだろうと思ったが、案の定である。終始、俺を見ていたこの方は、こっちがサインを出すのを見て、大きく息を吸い込んだ。
「それは……本気なのか?」
「当然よっ」
自分に言われたのだと勘違いして、ユメが喚いたが、もちろん俺にもマヤ様にもわかっている。俺は本気だという印に、小さく頷いてみせた。
それだけでは足りないかもしれないと思い、安心させるように無理して笑ってみせる。これで通じるだろう……通じるはずだ。
「ほらっ、ぐずぐずしないで武器を捨てるっ。時間稼ぎして損するのは、そっちの方だからぁ!」
「やかましいっ」
マヤ様は勝ち誇るユメに一喝して黙らせると、その場で大剣を手放した。
「わ、わかってるじゃないの……て、ちょっと、なによ――」
指示通りにしたかに見えたマヤ様がずんずん歩いてくるのを見て、ユメは訝しそうな声を上げる。俺の首に突きつけた剣をさらにぐっと押し当て、掠り傷まで負わせて見せた。
「動くと殺すって言ったでしょ!」
「人質を殺せば、おまえの切り札がなくなるだけだぞ」
一端は止まりかけたマヤ様は、俺の必死な目つきを見て、また歩みを再開した。途中で俺が飛ばされた刀を拾い上げ、それを手に。
「な、なにをする気です!?」
「まさか、貴女は……」
レイバーグが警戒の声を上げ、ようやくマヤ様の意図に気付いたサクラが、さすがに緊迫した声を出す。だが、もはやマヤ様はそちらを見もせず、俺の目だけをじっと見つめていた。
「安堵するがよい、ナオヤ……万一の時は、おまえだけを死なせはせぬぞ」
ちょっと待ってくれ、そりゃどういう意味だ?
確実にユメを殺すという意味ならいいが、なんか違う気がするぞっ。
しかし、いずれにせよ、もう遅かった。マヤ様は拾い上げた俺の刀を構え、真っ直ぐに走り出してしまった。無論、俺は覚悟の上だが、この後でマヤ様まで死んだら困るぞっ。
「お、おまえっ」
ユメの声に、あからさまに動揺がまじっている。
「これが見えないのっ。ナオヤが死ぬわよ!」
マヤ様は答えなかった。
代わりに俺ですら始めて聞く広間中に響く気合いの声をほとばしらせ、刀を突き出して突っ込んできた!
「軽率だよっ」
『ナオヤさんっ』
レイバーグは当然として、聞こえるはずがないのに、どこからかミュウの悲鳴が聞こえた気がする。
あるいは気のせいだったかもしれないが、どうせもう誰も止められない。
次の瞬間、赤く光る刃が吸い込まれるように俺の左肩口を貫き通した。




