ユメの底力
マヤ様が相変わらずなのは、よい兆候かもしれない……少なくとも、俺はそう信じておくことにする。ただ、西側の壁にぶつかって倒れていたユメは、悠々と起き上がり、ぺろりと舌で上唇をなぞった。
俺達
四人を眺める目つきには、いささかの動揺もない。
まだ少女の身で、しかも漆黒のゴシックドレスを着込んだ場違いな姿のくせに、伝説の邪神の風格、十分だった。
「うふふ……勝利に酔うのは早いわよ、お馬鹿さん達ぃ」
いつもの舌足らずな言い方で、嘲笑する。
「なるほど、ユメは前世でヴァレンティーヌとして生きた時、同じやり方で封印されたわ。でも、少なくともあの時は封印される前に百名のブレイブハートを始めとして、人間達の軍勢と激戦を交えた後だった……ヴァレンティーヌ自身も少なからず弱っていたのよ。でも、今のユメには、そんな弱みはないわ。おまけに、当時にはいなかった存在すらいる。おまえ達は、全然気付かないみたいだけどおっ」
なぜかうっとりした顔になり、ユメは両手を広げた。
「――我、再び時を得て、異国の地に蘇らん! 愚かなり、人間どもっ。太古神の復活は近いわ。預言は、既に成就されているのっ」
な、なんの話だよっと俺は思ったし、他の仲間もみんな眉をひそめていた。
ただし、一人だけ全然気にせず怒鳴った人がいる。無論、マヤ様である。
「いちいち前置きが長いぞ、愚か者があっ」
「わっ」
首を傾げて聞いていた俺は、ぶち切れたマヤ様の疾走に気付くのが遅れ、青ざめてしまった。しかも、走り出した時には、もう例の自分の身長より高そうなごっつい大剣を振りかざしてるしなっ。
「ま、マヤ様っ」
「早いわよ、馬鹿!」
「ナオヤっ、早まるなっ」
仲間が同時に喚き、最後のレイバーグなどは、慌ててマヤ様を追いかけた俺を見て、自分も走り出した。
しかし、とにかくマヤ様が飛びかかるのを抑えるには、もう間に合わない。
おまけに攻撃される側のユメは、緊張するどころか笑ってやがる。
「きゃははははっ。実力の差というものを、思い知るがいいのようっ――来なさい、対の魔剣ダークスター!」
呼びかけと同時に、こちらも大振りの黒い魔剣が、ユメのそれぞれの手に握られる。その直後にマヤ様が「死ねぇええええっ」という雄叫びとともに間合いに飛び込んだが、次の瞬間、ユメの身体が大きく旋回した。
「おまえが死になさい!」
怒鳴り声と同時にコマのごとく小柄な身体が半回転し、右手の魔剣がマヤ様の大剣を見事に受け止める。それどろこか、片手で振り切ったその魔剣の威力を止めきれず、マヤ様ほどの剛力の人が、あっさりと弾き飛ばされていた。
「――っ! ぬうっ」
空中で見事に踏みとどまったものの、さすがのマヤ様も驚きの表情は隠せない。
「ちっくしょう」
「あははっ、二番手さんのお帰りぃ~」
ふざけた口調とは裏腹に、今度はユメが左手に持った魔剣を下方から斜め上に振り切る。俺が間合いに入る前だったのに、だ。
「ヤバいっ」
なぜか寒気がした俺は、とっさに刀を身体の前に立てたのだが、そうして正解だった。ブオンッと結構な風切り音がした刹那、光の輪のごとく衝撃波が広がり、同時に襲い掛かろうとした俺達三人を襲ったからだ。
「きゃっ」
まずレイバーグが女の子みたいに悲鳴を上げて、同じく立てた剣で衝撃波を受け止め、吹き飛ばされた。というか、俺とサクラもきっちりほぼ同時に、レイバーグの二の舞を演じてたんだけどっ。
「うわっ」
「くっ!」
俺もサクラも、これであっさり輪切りになるほどショボくはないので、なんとか受け止めはしたが、衝撃波を受け止めただけで、嘘みたいに軽々と吹き飛ばされ、最初に立ってた位置より遥か後方に落下しちまった。
「いってぇえええ」
「きゃははっ」
ユメが着地に失敗して尻餅ついた俺を、指差して笑いやがった。しかし、そんなの気にしてる場合じゃない。
尻は痛いわ、刀を持っていた両手がじんじんするわで、最悪だ。
あと、あまりといえばあまりなパワーを受けたせいか、腕も少し痛めたような。
「おい、話が違わないかっ」
俺と違い、ちゃっかり綺麗に後方回転して、美しく着地を果たしたサクラに、俺はガミガミと文句をつけちまった。
「あいつ、全然平気そうだぞっ。おまけに魔法が使えないって話じゃなかったかぁ?」
「そうかっ」
今頃気付いたのか、近くに落ちたレイバーグがぱっと俺を見た。
「さっき、魔剣を出すのに魔法を使ったよね!?」
「いや、今のイカサマな剣撃もだろ!? アレも魔法だって!」
詐欺やんけっ、と俺は憤懣やるかたない思いだったが、しかし魔法陣は相変わらず薄青い光で満たされているし、空間そのものが青く光っている。
発動中なのは間違いないのだ。
「わたしは『大掛かりな魔法は一切使えなくなる』って言ったのよ! だから、対の魔剣を呼び出すくらいはできたんでしょうよ」
サクラは唸るように答えてくれた。
言いながら、自分でも驚いたような表情だった。
「あははっ。アテが外れて残念だわねぇ」
今だ元の位置に立ったままのユメが、楽しそうに破顔した。




