サクラの計略
「いいわ、そのまま走って!」
俺の真後ろにぴったりつけているサクラが偉そうに指示を出す。さっきはどこか茫洋とした目つきだったが、もはやいつもの冷静な態度に戻っている。やはり、ついさっきのはなんらかの演技だったらしい。
「誰かに見張られているのか?」
俺は前を向いたまま、こそっと訊いてみた。
「そう。わたしだけじゃなくてユメの部下が、あの地下広間の隅で隠れていたのよ。わたしを支配下に置いたと勘違いしているユメに、首尾を報告するためにね」
「首尾? なんの首尾?」
「いいから、黙って走る! あと二分も走れば予定の場所へ着くからっ」
切れ長のきっつい視線でキッと睨まれ、俺はやむなく言われた通り、遁走に専念した。後ろからはマヤ様とかローズとかが「逃げずに袋叩きにすればよかろう、ナオヤ!」とか「戦士将、見損ないましたっ」なんて勝手なことを喚いていたが、めんどくさいので弁明は控えた。ったくみんな、人の気も知らずにポンポン言ってくれるよな。
幸い、サクラが予告した通り、数分後にまたしても通路が途切れ、先程までいたのとよく似た、開けた場所に出た。
天井が馬鹿高いのも、巨大な幾多の円柱がその天井を支えているのも、まるで同じである。違いといえば、こちらの方がさっきの場所より広いことか。
そこに入った途端、唐突にサクラが「もう止まっていいわよ!」と声を上げた。
俺は言われた通りに足を止めただけではなく、サクラを背後に庇うようにして立ち、先頭切って走ってくるマヤ様に向かって片手を上げた。
即刻止めないと、この人は絶対、抜き身の大剣を振りかぶったままで走ってくるだろうと思ったんだが、まさにその通りだったよ!
「マヤ様、これは作戦ですっ」
「な、なにっ」
俺が叫ぶと、さすがにマヤ様も足を止めてくれた。
続いて、途中でローズを抜いたミュウ以下、ぞろぞろと仲間が追いついてくる。彼らの後ろを見たが、今のところ追っ手はいないようだ。
俺は順次到着した仲間に「これは作戦、作戦だからっ」と連呼して、全員が揃ったところで、サクラを振り向いた。
「そろそろ説明頼む。俺にもよくわかってないし」
「いいわ……でも、よくわたしが演技してるの見破ったわね?」
こいつにしては穏やかな目つきで、サクラが俺を見る。ちょっと感心してくれたらしい。
「ここへ誘導するのに、もっと苦労するかと思ったけど」
「おまえって、あっさり敵の精神支配に屈するほど、素直な奴じゃないし」
そこで本人が目を細めたのを見て、慌てて付け足す。
「だいたい、俺達を殺す気なら、もっと早い段階でかかってくるはずじゃないか」
「一部、納得いかない理由だけど、まあいいわ」
サクラはむっつりと言い捨て、ようやく教えてくれた。
「みんなも見たと思うけど、さっきの広間にあった元ユメの死体には、実はトラップがかかってたのよ。アレに触った者が、問答無用でユメの支配下に置かれるような、ね。多分、彼女が先行してここへ降りた時、あらかじめ構築した罠でしょう」
俺達は顔を見合わせ、代表して俺が訊いた。
「……で、サクラはそのトラップを見抜いて、わざとコントロールされた振りをした?」
「現実にはそう鮮やかな顛末でもないわ」
サクラは軽く肩をすくめてみせた。
「危うく支配されそうになったのは事実なのよ。ただわたしが途中から抵抗して、なんとかごまかしただけ
」
「とにかく、向こうはサクラが支配状態にあると思ってるんだな?」
俺がしつこく訊くと、サクラはしっかり頷いてくれた。
「そういうこと。ユメの声が聞こえて、『ナオヤ以下、全員を殺せ』と命じられたから、この際はかかった振りをして、ユメを罠にかけようと思ったの。もちろん、ナオヤ達の協力がいるけどね」
「どういう作戦か大いに興味はあるが、先に尋ねておきたい……おまえ、もしかしてもう神器を見つけてあるのか? 俺達と離れた間に?」
「半分イエスで、半分ノーよ」
サクラはこともなげに言ってくれた。
そして、こいつには珍しく艶然と微笑む。
「神器はここにあるの……まさに今、貴方達が立っている、この広間にね」
「マジか!? じゃあ、説明なんかしてる場合じゃないだろっ。まずはさっさとその神器を回収しないと」
「今、そうするところ。ついてこないでね!」
サクラはそう言うと、きっぱりした足取りで広間の隅までいき、そこの壁に手を当てて、ごにょごにょと何か呟いていた。
命令を無視した俺が近寄る頃には、既に両手に二つずつ金属製のブレスレットみたいなのを持っていて、ぱたりと今開けた場所を閉じている。
どうも、俺――いや俺達にに中を見られないよう、素早く閉めたというに見える。俺が壁面を見た時には、もはやどこを開いたのか、さっぱり区別がつかなくなっていた。
「ここの壁に……隠し場所があったのか? つまり、サクラはやっぱり隠し場所を覚えてたんだな!」
「そりゃ覚えてるわよ。一番重要なことですからね。でも、扉を開けるのにブレイブハートが解錠のためのコマンドワードを口にする必要があるから、どうせわたし以外には開けられないのよ」
――いや、理由はそれだけではなく、マヤ様が前にほのめかした通り、俺達のことを完全に信用してなかったからだろうと邪推したが……時間が惜しいので俺は余計なことを言わずにおいた。
「ほら、これが必要な神器の半分。残り半分はこの広間自体がそうよ。これを装着した戦士がコマンドワードを口にすることによって、床に敷設された魔法陣が姿を現すわ」
急いでいるのか、サクラは語りながらも、幅広のブレスレットみたいな四つの神器を俺達に配っていく。つまり、俺とマヤ様とレイバーグの三人である。残った一つは、サクラの分担ということだ。
俺は話題の神器を持ち上げてつくづく眺めたが、黄金色の豪華なブレスレット以上のものには見えない。所々に青い宝石が嵌まっているが、お陰で余計に装飾用に見える。まあ、単なるブレスレットにしては、やたらと目立つが。
留め金のところで二つに分かれるようになっていて、これでパチンと手首に嵌めるようだ。俺がサクラに「これ、嵌めて大丈夫なのか?」と尋ねようとしたが、既にマヤ様が自分の手首――元からある赤いリングのすぐ近くに装着していて、ずっこけそうになった。
「は、早いですよ、マヤ様! 説明聞いてからにしましょうよっ」
「そんな暇はあるまい」
けろりとしてマヤ様は言う。
「サクラの精神支配が罠だったのなら、遅かれ早かれ、罠を仕掛けた寸足らず女が成果を確かめにくるはずだ。だとすれば、さほど時間は――」
とそこまで話したところで、サクラが小声で、しかし斬り裂くような声で「全員、死んだふりをしてっ」と声をかけた。




