譲られた
つまり、動いてたってこと。
……ど、どういうことだよ、これ? 敵か? いや、敵ならまさか単体ってこたぁ、あるまいよ。俺達が大量脱走した直後だしな。
となると、ありゃなんだ?
「ナオヤさん、どうしましたかっ」
「ナオヤっ」
ミュウとマヤ様が焦って呼ぶので、俺はようやく覗き穴から目を離した。というか、正直、もうあまり見たくない。
背筋がぞくぞくするんで。
「どうしたのさ? その……本当に幽霊でも見たような顔して」
レイバーグが腰の引けた姿勢で尋ねる。今から怖がってどうすんだって感じだが、実は、今や俺も少し怖い。なにせ、ちょっと気になるものを見た――気がするからな。
「せ、戦士将、なにかおかしなものでも見えましたか?」
かなりびびりまくった声音で、ローズが問う。
このところ会話に加わらないと思ったら、一人で怖がっていたらしい。
「いや、まだ勘違いって可能性もあるけど」
俺はようやく口火を切った。
勘違いかもしれないが、まあ言っておいた方がいいだろう。
「この先に巨大な空間があるのは確かみたいなんだよ……ただ、俺が観察している間に、一瞬そこを、黒い影が通ったように見えた」
途端に、場が静まりかえった。
と思ったら、少し間を置き、女性二人の声が同時だった。
「ひっ」
「いやっ」
……エルザとローズだが、二人とも、「そこまで反応せんでもっ」と思うような勢いでずざざっと後ずさり、目をまん丸に見開いて俺を見ている。
ローズなど、口元に両手もやってたりしてな。
「て、撤退する?」
絞り出すような声で、ようやくエルザが尋ねた。
「いや、それは――」
「馬鹿者っ! するわけなかろうっ」
案の定、俺より先にマヤ様が断言された。
まあ……そうなるだろうなと思ったよ。
「視界を影が横切ったくらいで、魔王たる者がいちいち撤退などできるものか! 臆病者は下がっているがいい! このマヤが先頭を切って先に進み、ゴーストなど蹴散らしてくれる――」
「いえ、それは駄目です」
威勢のいい啖呵を、俺は慌てて遮った。
「マヤ様は最低でも俺より後ろで頼みます。いつも言うことですが、マヤ様を守るのが俺の役目ですし」
断固として告げながら、俺は素早く行き止まりの壁に目を走らせ、色違いの石材ブロックを見つけた。
「今から、俺を先頭に奥へ」
振り向いたところで、俺はマヤ様が赤い顔で俺を見ているのに気付いた。
なんか、つやつやの唇なんか、半開きだぞ。
「……なんです?」
「今の言葉をもう一度」
言いかけ、なぜか大きく息を吸い込んだ。
「い、いや。まあその――ナオヤがそう言うなら、一番乗りは譲るとしよう」
早口で言うなり、えらい勢いでぷいっと横を向いた。




