(幕間)最後のブレイブハート
サクラが地下神殿に入った時、人の気配は皆無だった。
これはまあ、ある意味で当然である。
神殿どころか、この地下ダンジョンそのものが、ある意味で長らく忘れられていたのだから。
そして、これも当然だが――邪神ヴァレンティーヌ、今は単に「ユメ」と名乗っている者のかつての本体も、サクラが最後に見た時のまま、そこにあった。
この広間に隠された神器を回収しようとして、サクラは迷った末、わざわざその像のそばまで歩み寄ってみた。
遠目でちらっと見るだけに留めるつもりが、どうしても我慢できなかったのだ。
それは、一見すると自分で立っているように見えるが、すぐ近くまで歩み寄ると、そうではないとわかる。
封印結界に覆われた彼女の身体は、あたかも透明な宝石に包まれたようにさえ見える。
当然ながら、閉じ込められている「彼女」は、遙かな昔に息絶えているし、魂はもはやここにはない。
今は転生し、ユメの身体に宿っているのだ。
それでも、サクラが前に立って向き合うと、切れ長の瞳を閉じた邪神の姿は、今にも封印を破って飛び出して来そうに見えた。
サクラは我知らず呟いた。
「悪いわね、ヴァレンティーヌ。人間嫌いの私ではあるけど、さすがに貴女を再び野放しにするのはまずいと悟ったわ」
短い期間、ともに行動しただけだが……それでもサクラにはわかってしまった。
ユメの力は明らかに桁外れであり、しかも、今や当時の邪神ヴァレンティーヌを上回っている可能性さえある。
現在のレージがあんな状態である以上、もはや彼女を止められる者はいないと見た方がいい。
となると、人間達を滅ぼすだけではなく、最終的には世界そのものを破壊し尽くす危険すらあるだろう。レージが消えてしまい、怒りに燃える今のユメだと、気まぐれでそこまでやりかねない。
それは、人間嫌いのサクラですら望まないことだ。
ただ問題は、今の世には、かつてともに戦ったブレイブハートが、自分以外に誰も残っていないという点だ。
かつて、ロクストン帝国が健在だった時には、選ばれた百名のブレイブーハートがいた。しかし、邪神ヴァレンティーヌを倒す戦いの途上で次々と倒れ、この地下でようやく封印できた時には、もうサクラを含めて四名しか残っていなかった。
その後、四名が四名とも、再度の転生を果たしはしたが……あいにく、他の三名は既に亡い。
サクラは名実ともに、未だに健在な最後のブレイブハートなのだ。
「ということは、やはり後の三名は、ナオヤとその仲間に頼るしかないかしらね」
気は進まないが、どう考えても、それしか方法がない。
ならばやはり、神器を回収した後、鈍くさい彼らと再び合流する必要があるだろう。
「憎めない人達だから、あまり死人を出したくないのだけど」
独白した後、サクラは手を伸ばして、結界の表面に触れた。
特になにか考えがあったわけではなく、向き合って立つうちに、気まぐれで手が伸びたのだ。
ついそうした、というやつである。
しかし……おそらくはそれが、サクラの運命を決めた。
彼女が触れたその瞬間、ふいに結界全体が輝き、封印された女神に重なるようにして、今のユメの姿が浮かんだ。
「――なっ!」
『うふふふっ。罠にかかった、おバカなブレイブーハートをみぃ~つけた!』
投影されたユメは、サクラを見てにぃっと微笑んだ。




