運命の分かれ道――その6
――その6
敵を追うのはいいとして、問題は方角である。
しゃらくさいことに、戦場からは結構な数の足跡が北へ向かって続いていて、普通はここで混乱するんだろうが――俺は即座に疑いを持った。
どうもそっちは、追撃の目を眩ますための陽動の気がする。その証拠に、馬の蹄の跡が一つもない。そのくせ、国境方面の西には、ばらばらと蹄の跡が残ってるしな。
人間の足跡が一つもないってのは、逆に怪しいんじゃないか? こりゃ多分、陽動部隊を犠牲にして、生き残りの騎兵だけで急いで魔界を脱出しようとしてるに決まってる。
そりゃマヤ様を虜にしてるなら、タラタラ行軍してる場合じゃないもんな。
一刻も早く逃げたいはずだ。
……問題は、絶対の確信まではないってトコだが、試しにミュウに俺の推理を話すと、彼女は即座に賛成してくれた。
「ここは国境に近いそうですから、ダークプリンセスを捕虜にした敵は、すぐにでも領外に脱出したいはずです。騎馬部隊のみで国境へ向かったというのは、正しい推理だと思います」
「ミュウもそう思うか?」
俺は頷き、大きく息を吸い込んだ。
「よしっ、そっちに賭けることにした!」
その瞬間、優柔不断な俺は珍しく即断した。
馬を飛ばせば、国境まで半日もかからないのだ。魔界から脱出されたら、もう手が出せなくなる。追いつきたいなら、迷ってる場合じゃない。
かくして、俺とミュウはまた馬と徒歩(というか疾走)に分かれ、敵の残党を追う追撃戦に入った。今までは北を目指していたが、今度は国境に向かって西へ急ぐことになる。
しばしばミュウが背後を振り向き、周囲を警戒してくれている(多分)ので、俺は一人で黙々と馬を駆ることに集中できた。
いつもは細かいことでも気になる俺だが、さすがに今は周囲に注意を払う気分じゃない。
そのうち、俺達は国境間近に広がるブラックリーフと魔界で呼ばれる森に入った。
……これは本当に地名そのままで、真っ黒で巨大な葉を持つ魔界の樹木、ブラックウッドが数キロに渡って群生している場所なのだ。
ごつごつした太い幹は灰色で、(森の名前ともなった)黒い葉っぱを持つ枝が、長く俺達の頭上にまで延びて陽光を遮っている。
……お陰で、陽が昇ったばかりだというのに、森を貫く街道はやたらと薄暗かった。
加えて、先を急ぐにつれて、点々と死体が転がっているのを見るようになった。
奇襲成功とはいえ、どうやら敵軍の被害も甚大だったらしく、行軍しているうちに怪我のひどい者から脱落している感じだ。
脱落というか、怪我がひどくて途中で死んじまって、そのまま落馬……死体は街道に置き去りというわけだ。
まあ、仲間の死体を放置してでも、急いで逃げたいのだろう。こりゃ、ますますこっちで間違いないな。
問題は、敵の数があとどのくらい残っているかだ。
捨て石に等しい陽動に、歩兵のほとんどを割いたわけだから……騎馬部隊だけならもう少数……だといいんだがな。
ひたすらそのことを考えていた俺に、ミュウが突然、警告を発した。
「ナオヤさん、速度を緩めてくださいっ」
「お、おおっ!?」
俺は慌てて手綱を引いた。
つっても、引きすぎると馬が怒って暴走しやがるので加減が難しいのだが、まぁ最初よりは上手くなったはずだ。時間はかかったが何とか速度を緩め、最後は停止させた。
「どうかした?」
「熱源探知に複数の反応があります。前方、700メートル!」
「敵の残党かっ」
「わかりませんが、私がこっそり接近して見てきます。しばらくお待ちを」
「……う」
いや、俺も行くぜいっ――と申し出るのは簡単だが、あいにく馬より速いミュウについてくなんて無理である。心配は心配だが、まあ彼女のことだ、大丈夫だろう。
「わかった。じゃあ、ここで待つから偵察頼む。……くれぐれも偵察だけだよ? 一人で特攻とかしちゃ駄目だから」
「もちろんです」
走り出そうとしたミュウを、俺は鞍から飛び降りて止めた。
いやホント、女の子だけ偵察に行かすって心配だしな。だから、か細い肩に手を置いて、念には念を押しておいた。
て、うわぁ……なんかこのぴっちりスーツ越しだと、直に肌に触れてるような感触になっちまうのか!? こんな時になんだが、いろんな意味でたまらん。
「ぜ、絶対だからな? 俺は、マヤ様を助けるためにミュウを犠牲にする気はないんだ。だから様子がわかったら必ず戻ってきてくれ」




