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運命の分かれ道――その5




――その5



 戦場は、もはや静まり返っていた。

 なぜか奴隷の死体はやや少ないが、二等戦士以上の指揮官クラスは全員が倒れ伏しているように見える。


 もしも、そのままミュウが声を掛けずにいたら、俺はいつまでもそこで立ち尽くしていたかもしれない。

 ボケッと立って、血の臭いが立ち籠める、死体だらけの荒野を眺めていただろう。

 しかし、彼女が俺の肩を強く揺さぶったので、辛うじて我に返ることができた。




「ナオヤさん……ナオヤさん!」

「――っ! あ、ああっ」


 息を吹き返したように首を巡らせ、俺はミュウを見る。

 彼女は痛ましそうな目をしてはいたが、少なくとも俺のように呆然とはしてなかった。連なる死体の少し先を指差し、「生存者がいますわ」と、きびきびした口調で教えてくれた。


 ……確かに、身動きしてる男が見える。


 俺はやっと、「そうだ、まだマヤ様が死んだと決まったわけでもないな」と思い至り、慌てて駆け出した。普通、激戦直後の戦場でそんな真似をすると危険なのだが、その時の俺はそれすら忘れていた。

 微かな呻き声を上げる兵士のそばに至り、しゃがみ込んで相手の手を取る。奴隷ではなく二等戦士で、俺も見覚えのある人だった。


 ただ……怪我がひどい。

 どう見ても二度ほど斬撃を受けたらしく、出血もシャレにならないし、死ぬのは時間の問題に思えた。


「しっかり!」

 それでも俺は、声を励まして叫んだ、叫び続けた。

「俺の声が聞こえますかっ」

 何度か耳元で大声を出したお陰か、彼はようやく薄目を開けて俺を見た……弱々しく目をまたたき、俺を認めて顔を歪めた。


「な、ナオヤか……どうしてここへ……おまえも裏切り者か?」


「はっ。なんの話です!? 俺は、敵の斥候を見つけて、慌てて駆けつけてきたんですよっ」

 これで話が通じるとは到底思えなかったが、とにかく事実の断片をまくし立てる。

 幸い、死に瀕してる彼はあっさり納得して長々と息を吐いた。


「そ、そうか……なら、謝るのはこっちの方だな……あのお方を守りきれなかった」

「何がありました!? あと、マヤ様はどこですっ」

 急速に表情を失っていく彼を見て、俺はこの二等戦士が死にかけているのを実感した。多分、もう痛みも感じてないはずだ。 

 だから、無理にしゃべらせるのはこくなのだが……あえて遠慮せずに叫んだ。



「聞こえますかっ、まだ話せますか!」

「あ、ああ……連れてきた奴隷の中に……大勢、敵の間諜が混じってたんだ……よ」

 ますます小声になり、俺は必死で彼の口元に耳を寄せる。

「敵と呼応して、奴隷達が反乱を起こした? そういうことですか?」

 だから、奴隷の死体は少ないわけかっ。


「そ、そうだ……夜襲をかけた敵の数も多かった……寝静まってた俺達は……すっかり不意をかれて……ダークプリンセスは……」



 そこから先は聞こえなかった。

 俺が改めて声をかえようと顔を上げた時には、もう彼の呼吸は止まっていた。

 頭がぐるぐるしていたが、俺は真っ先にミュウを振り向いた。

「ミュウ、最後の部分、聞こえた?」

「はい」

 頼もしく頷いてくれたミュウを、これほど心強く思ったことはない。

「ダークプリンセスは連れて行かれた――彼は最後にそう言いました」

「そうか!」


 微かな希望が出てきて、俺は大きく頷く。

 最後に無理やり聞き出した彼には悪いが、少なくともこれからの目標はできた。お返しすらできないものの、一応、死んだ二等戦士の両腕を組んで目を閉じさせてあげた。

 とはいえ……立ち上がって周りを見渡した時には、暗い気分になったけどな。



 この一年で戦場は見慣れたとはいえ、こりゃ悲惨すぎる現場だ。

 多分、寝込みを襲われたのが大きいんだろう。ほとんどの兵士は武装すらしてなくて、横になった時の簡素な衣服のままで血塗れになっている。奴隷はもちろん、彼らを指揮する二等戦士や上等戦士は、例外なく複数回は斬りつけられているようだ。

「生存者を探してやりたいが……仮にいたとしても、俺にはどうもできないな」

 しばらく考え、俺は小声で呟いた。


 これからマヤ様を探しに行かなければいけないし、生存者がいたとしてもどうにもならない。せいぜいミュウに運んでもらうしか――。

 そう思いかけた時、そのミュウが静かに首を振った。

「呼吸している人がいれば、私には人間かどうかを問わず、判別可能です。……今の方が唯一の生存者だったようです」


 ――どうやら敵は、トドメを刺してまわったらしく。


 最後にミュウは、そんなセリフを付け加えた。

「そうか」

 俺は一言だけ返し、周囲を確認した。

 もちろんショックは受けてるが、落ち込むのも泣き言洩らすのも全部後だ、後。

 今は何としても、その襲撃部隊に国境を越える前に追いつく必要がある。


「幸か不幸か、放置されたままの馬が何頭かいる。こっちの馬は疲れ切ってるから、乗り換えて追いかけるつもりだけど――」


 ミュウはどうする?

 そう尋ねる前に、彼女はきっぱりと言ってのけた。

「ご一緒します、ナオヤさん」

 ……こういう時、相手のことを考えて断るべきなんだろうが、今の俺にそこまでの余裕はなかった。実際、一人じゃどうにもならない気がしたし。

 だから俺は、ただミュウの手を握って心から礼を述べた。


「ありがとう。……正直、助かるよ」



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