運命の分かれ道――その4
――その4
慌てて俺も馬を止める。それだけでも苦労したが、なんとか止めると、馬を降りて彼女に駆け寄った。
「あ……すいません、止まってしまって」
「いや、こっちこそくだらない質問してごめん」
ぎこちなく謝る。
こういう時こそ、普段のコミュ能力が出る。ホント、俺は途方に暮れるばかりである。
「――実際は、あの」
地面を眺めていると、ふいにミュウが言った。
「うん?」
「実際は、押し倒される前に逃げてきたんです。胸やお尻を軽く触られたりして、納入三日後にもう嫌になっていて、そのままシティにあったマスターの自宅から逃げてしまいました。こちらへ飛ばされたのは、シティの片隅でどうしようか途方に暮れていた時なんです」
そこで言葉を切り、恥ずかしそうに付け加える。
「――わ、私は全く新しい試作品で、倫理回路や感情表現が、他のヒューマノイドより格段に向上してるんです。そのせいで、以前のマスターについて行けなくなったのかもしれません。普通なら、ヒューマノイドが嫌がるようなことじゃないと聞きます」
「な、なるほど……」
ミュウはもちろんのこと、そのセクハラマスターの気持ちもわかる気がするが(俺だって触りたいよ!)、もちろん昨日今日生まれたわけじゃないので、そんな阿呆なことは言わない。
「でも、そりゃミュウの気持ちを考えりゃわかるかな……少なくとも我慢して残ってた方がいいとはとても言えない」
馬の方に戻りつつ、俺は肩をすくめる。
というか、個人的にもミュウが押し倒される前で幸いだった。むちゃくちゃほっとした。
「そんなわけで……私は正直、どうしても元の世界に帰りたいわけじゃありません。当初は、とりあえずは戻ろうと思ってましたけど――今は、この世界でマスターにお仕えする方が自分の能力を活かせる気がします」
そりゃ未来永劫、エロ方面のことはお断りって意味だろうか?
なぜか微かな不安が芽生えたりして、俺もたいがい勝手な奴だよな……まあ、ミュウみたいな子がそばにいて、心騒がない方がおかしいんだけど。
今だって夜明け前で薄暗いのを良いことに、ぴっちりスーツのミュウの身体をチラチラ見てるしな――そりゃ、リアルオリエント工業(感情アリ)の子がいたら、見ずにはいられるかって。
などと考えているのを誤魔化すように、俺は前から思ってたことを口にする。
「あのさ、そのマスターって呼び方、やめてくれると嬉しいんだけどな」
ミュウは真っ青な瞳を大きく見開いて俺を見たが、ゆっくりと微笑して小首を傾げた。
「では……ナオヤさん……ではいかがですか?」
「う、うわぁ」
背中がぞくぞくきた。
ミュウが無機質なしゃべり方をやめて優しい声音で話すと、むちゃくちゃインパクトあるな。俺なんかあっさり陥落しそうだ!
「あの……さすがに馴れ馴れしいですか?」
不安そうなミュウに訊かれ、俺は勢いよく首を振る。
「いや、それでいいよ、それで! その呼び方、最高!!」
元の黒馬にまたがりつつ、断言する。
そこでさすがに気が差して、頭を切り換えた。
いくら、「まあマヤ様がそう簡単にやられるわけないだろ」と思ってはいても、万一ってこともある。緩んでる場合じゃないのである。
……つか、むしろあのお方が全然無事だった場合、その後の俺の処遇の方がヤバいんだけど。
命令無視に関する魔界の原則を思い出し、俺は危うくブルっちまいそうになった。今から引き返したらまだ間に合うかな、みたいな。
もちろん、そんなことは絶対にしないけど。
どれほど可能性が少なかろうと、マヤ様の安全を第一に考えるべきだろう。
「それじゃ、先を急ごうか、ミュウ」
「はい、ナオヤさん!」
うわぁ……なんか当分、ミュウに呼ばれる度に腰砕けになりそうだ。
なおしばらく走り続け、俺達はとうとう、マヤ様の部隊を見つけた。
……いや、正確には「マヤ様が指揮していたはずの部隊の痕跡」と言うべきなんだろうな。
実のところ、俺はこの瞬間に至るまで、頭のどこかで「さすがにまだ大丈夫だろう」と思っていた。
自分の危惧は少し早すぎる心配かもしれないし、最悪でも襲撃の瞬間には間に合うはずだ――ってさ。だって、大抵のアニメとかゲームじゃ、そういう流れだし。
しかし、俺は甘かった……ああ、一番真剣に考えていた俺にしてからが、もう全く考えが甘かったのだ。
――馬を降りた俺とミュウの眼前に、延々と死体の群れが散らばっている。
奴隷も兵士も馬も一緒くたになって、それこそ血みどろで転がっていた。襲撃は……既に起きた後だったのだ。
俺は、間に合わなかったらしい……。




