べしゃっと
「ば、化けて出てやるっ」
俺が喚くと、一緒に自由落下中のくせに、サクラの声が嘘みたいにちゃんと聞こえた。
「だから、焦らないで。すぐに――ほらっ」
声と同時に、なぜかぱっと眼下の視界が開けた。
どうも今の暗い場所はカムフラージュかなにかだったらしく、今度はちゃんと眼下が見える。今は俺達の真下に、巨大な滑り台みたいな傾斜があるようだ。
幅が数十メートルはありそうな、恐ろしく規模のデカい滑り台みたいなのが。その傾斜は、またしてもずっと地下へと続いている。
なんなんだよ、この迷宮の規模はっ。
「魔法の明かりが機能してるなら、落下制御の付与魔法も無事だと思うけど。万一に備えて、一応みんな、受け身の姿勢くらい取りなさいね」
落ち着いたサクラの声が響いた。
「さもないと、べしゃっと行くわよ!」
「べしゃってなんだよ、べしゃってっ」
俺はすかさず喚いた。
「つか、警告がいちいち遅いんだよおっ」
サクラがそんなこと言った時には、もう俺達は謎の傾斜にぐんぐん接近する真っ最中なのだ。心の準備をする暇もない。
普通、この高さから落ちたら、受け身なんかとっても同じじゃないのか。わ、もうすぐそこに、傾斜のついた石床みたいなのがっ。
――びびった時には、既に俺は着地して滑り出していた。
「う、受け身ってどうやって――いったぁい!」
どこにいるかわからんが、俺に最高に手遅れな質問をしかけたエルザの声が、途中から悲鳴に代わった。
多分、まともに尻餅ついたんだろう。でもまあ、俺が予想したよりはマシな衝撃だったはずだ。
だって、優に一分くらいは落ちてる感覚あったけど、実際に落ちたら、せいぜいちょっと尻が痛くなったくらいだしな。落下制御とやらの魔法は、機能してたってことだ。
とりあえず、終始俺にしがみついているミュウは無事で、しかもいきなり滑り出した石の傾斜に、楽しそうに笑ってる。
俺はとても笑う気分じゃなかったが、やや斜め左前にサクラが綺麗な姿勢で滑っているのを見て、慌てて進路を変えた……尻と手を動かしてなんとか。
あいつとはぐれたら困ると思ったからだが、そのうちまた後ろの方でレイバーグの声がした。
「ナオヤ、前っ! 入り口がたくさんあるっ」
「み、見えたぞ、俺にもっ」
加速がついて結構な勢いで広大な傾斜を滑っている俺達だが、行き着く先は、トンネルみたいな入り口が横にずらっと並んだ場所である。
数十くらい入り口があるが……ど、どれが正解なんだ、アレ?
あとこの馬鹿みたいにデカい滑り台のせいで、どんどん加速がついてるんだけどっ。軌道修正可能なうちに、なんとかしたい!
「さ、サクラっ。どれが正解だ!?」
先頭を滑るサクラに喚く。
髪をなびかせたブレイブハートは、振り向きもせずに言ってくれた。
「……だから、わたしも正確なところは覚えてないんだって言ったじゃない? 覚えてるのは、四つの神器を隠した、それぞれの場所の光景だけー」
「おぃいいいいいいっ」
ていうか今おまえ、さりげなく嫌な新情報を口走ったな!?
それぞれの場所だぁ? 神器四つが、別々の場所にあるって話、俺は絶対に今はじめて聞いたぞ、コラ!
全力で文句を叩きつけたいところだが、無数に空いたトンネルの入り口が、ガンガン迫ってきている。
今の俺にできることは、サクラにはぐれないよう、あの女の背後につくことだけである。
「な、ナオヤっ」
最初から俺達と少し離れていたマヤ様が、遠くから叫んだ。
「こっちへ来ぬか!」
「俺が進路修正できるのは、せいぜい数メートルです。マヤ様の方から来てくださいっ」
恐ろしい勢いで迫るトンネルの穴から苦労して目を逸らし、俺は精一杯の声で叫んだ。
「ど、どうやってだ!?」
「どうやってって、マヤ様は飛べるじゃないですかあっ。飛んでこっちへ来てくださいって!」
叫び返した途端、マヤ様が大きく息を吸い込むのが見えた。
「そうであった!」
さては、飛べるのを忘れてたな、この人っ。
呆れた俺が喚く前に、俺はもう見知らぬトンネルの一つに飛び込んでいた。




