一難去ってまた一難
叫びたくなったが、そんな場合ではない。
早速、マヤ様が俺を見て、抑えきれない笑みを浮かべた。
『これはまずいなっ』
……囁き声が大きいというのは置いて、全然まずそうに見えないよっ。
とにかく俺は、マヤ様は無視して、背後のみんなにさっと両手を上げ、×印を作って見せた。
下手に動くなっという意味であり、幸いこれは全員に通じたようだ。
エルザも両手で口を押さえて、小刻みに頷く。よしよし、動くなよ……動いてくれるな。まだ諦めるのは早い。
俺の横では、相変わらず人工兵士どもが黙々と行軍して岩の中に吸い込まれていく。
今回はホントに俺達なんかガン無視であり、そこは予想通りだった。
今騒いでいるのは、順番待ちの傭兵連中だけなんで、このまま声を上げなければ、ごまかせる可能性は大きい。
さっきのは、空耳だと思ってくれるかも。
ただ、まずいことに、あいつら立ち止まってガヤガヤ騒ぎ始めやがった。
「色っぽい女の声だぁ? おまえ、女日照りでついに幻聴かよ」
「いや、違うって。ぜってー、もっと前の方で聞こえたってっ」
「そうかぁ? 俺は特に聞こえなかったぞ」
「ほれみろ?」
「いやいや、ホントに女の声が――」
……待てよ、この隙にさっさと入ればいいかもと俺は思ったが。
さらに後方から、気障なマント姿のレイモンが大股でやってきてしまい、やはり自粛した。あいつは鋭そうだ。
「うるさいぞっ、何を騒いでいる!」
長身のレイモンを見て、傭兵どもは慌てた様子で首を振った。
「いやね、この野郎が女の声がしたって言うんでさ」
「声がするのはおまえ達の方だっ」
幸い、レイモンは短気な野郎だった。
真偽を確かめることなく、うるさそうに命じる。
「いいから、黙って並んでいるがいい!」
「へ、へぇ……」
「へーい」
膨れっ面で髭面どもが答えた。
ナイスだ、レイモンっ。おまえの人間嫌いのお陰で、俺達は助かった。
とここで、後ろの方でネージュが合図を寄越した。指を二本立てているが、あれは間違ってもVサインじゃないはず。
おそらく、『あと二分くらいしか魔法が保たないわよっ』の合図だろうな。俺も慌てて頷き返し、軽く片手を上げた。
もちろん、改めて前進の合図である。マヤ様があからさまに舌打ちしたが、無視。
斬り合いなんか回避した方がいいんだって!
ほっとして、また急いで岩の方へ向き直ろうとした――のだけど。
「あぁああああああ、ほれ見ろ、ほれ見ろおおおおっ」
なんて大声が聞こえて、俺はひっくり返りそうになった。
こ、今度はなんだよっ。またエルザがコケたか!?
振り向いた俺は――しかしそのまま口を開けて凝固してしまった。
背後にちらほら見える黒い幹の間を、ふらふらと歩いてくる女の子……それが、見覚えがありまくりの少女だったからだ。
つまりその……戦闘スーツ姿のミュウなんである!
な、なんでここにミュウがっ。
「ほれ見ろぉ。声がしたって言っただろ?」
福笑いみたいな愉快な顔の傭兵が、自慢そうに胸を反らす。
仲間から「声の方向が全然違うだろうがっ」と突っ込まれていたが、んなのどうでもいいっ。これはどういうことだ!?
しかも、なんだか歩き方がふらふらしてるしっ。
「なんだ、誰だ貴様っ」
などと言いつつ近付いたレイモンが……途中ではっと端正な顔を強ばらせた。
「待て……おまえの顔には見覚えがあるぞ!」
や、ヤバいっ。
ついさっきのエルザのずっこけで血の気が引いたとすれば、今や貧血寸前の有様だ。そういや、レイモンは俺達との最初の戦闘で、ミュウの姿を見ている!
ネージュがしきりに『もう魔法が切れるわよぉおお』と合図をしていたが、それどころではないっ。ミュウをほっとけるもんか。
『マヤ様とみんなは、先に行ってください!』
それだけを言い置き、俺は急ぎ足でミュウのそばまで近付いていった。




