ミュウが
……テスト飛行という名の恐怖のフライトは、俺の中に回復不可能なトラウマを植え付けてしまった、と最初は思ったが。
大空を縦横無尽に飛び回っている途中ふと、「しかし、女の子と抱き合って死ぬのって、昔の俺からしたら悪くないんじゃ?」などと大馬鹿な考えが浮かんでから以後は、なぜか割と平気になってしまった。
元々、高いところは好きだし。
といっても、気を張っていたのは間違いなく、二時間弱のフライトで俺はすっかり消耗してしまい、戻ったら即、ベッドに倒れ込んでしまった。
にも関わらず――部屋で爆睡していた俺は、早朝からネージュに叩き起こされ、まずは起き抜けに嫌なニュースを聞いた。
つまり、「間諜の報告がようやく来たけど、レージ軍には解放したはずのレージが戻ってないんだって!」という情報である。
「戻ってない!?」
びびってすっかり目が覚めた俺は、ベッドの上に上半身を起こした。
「あらあら~。乙女の前で、上半身裸は勘弁して欲しいわね~」
ネージュが苦笑気味に言ったけど、わざとらしく手で顔の前を覆う割に、指の隙間からしっかり見ているという……。
だいたい、乙女が動けなくなるまでタダ飯食うかと思うが、俺も恥ずかしいので慌てて毛布を引き上げた。
「ああ、ごめん。それで、戻ってないってどういうこと」
「理由は全く不明」
ベッドの横に立ったまま、きびきびとネージュは続けた。
「現在、レージ軍では支城の近くで私達が発見された事実に騒然となっているだけで、司令官のレージは相変わらず行方不明扱いよ」
「……おいおい、参ったな」
サクラがへそを曲げそうだというのもあるが……それ以前に、レージをまだこっちが握ってると勘違いされるのは――
「あ、でも……勘違いされると、むしろこっちは好都合なのか。つっても、サクラはレージに人質としての効果はないって、わけのわからんことも言ってたしな」
途中で混乱して呟く。
どのみち、今俺がどうにかできる問題でもないので、ため息をついて促した。
「で、叩き起こしたのはそれが理由?」
「ふう……あのね、その程度なら、朝食の時にでも言うわよナオヤ君」
なぜかネージュが憂い顔で息を吐いた。
「報告は今からが言うのがメイン……入りたてほやほやの情報だけど、実は私達が砦を出た直後から、ミュウが行方不明ですって」
「――! なんですとおっ」
今度こそ俺はたまげて、ベッドから飛び出した。
「ちょっ! 下にズボンくらい履いてよっ」
「わ、悪い悪い……しかし、ミュウがいない? どういうことだよ!?」
慌ただしくズボンを履きつつ、俺はせわしく尋ねる。
あ、ヤバい。レージの件よりこっちの報告にドキドキするぞ。
「療養中なのに、勝手に消えるか? それにミュウなら、出て行く時にギリアムに伝言くらいするだろっ」
「私もそう思うけど、実際、聞いたところでは、眠っていた部屋が空っぽだったらしいわよ。情報の伝達に時間差はあるけど、とにかく今の時点では、ミュウはもうあの砦にはいないわ。伝言も置き手紙もないので、行き先も全く不明」
「えぇええええええっ」
俺は久しぶりにリアルで頭を抱え、へなへなとその場に座り込んでしまった。
我ながら意外だったが、ミュウの所在が不明と聞いた途端、本気で大ショックを受けてしまったのだな。
「お、俺の不甲斐なさに呆れて、元の世界に戻ってしまったんだろうか」
「しっかりしてよ、ナオヤ君。元の世界に戻るなんて、そう簡単にできるわけないでしょう!」
抱えた頭を前後に振ってる俺を見て、ネージュが目を見張っていた。
あまりの動揺ぶりに、驚いたらしい。
しかし、そりゃ動揺するだろっ。ただでさえ、ミュウのことが気になってたんだから!
「まだ姿が見えないってだけで、特にどうって話じゃないでしょ。次に情報が来たら、案外簡単に見つかってるかもしれないじゃない」
「そりゃそうかもしれないけどさ」
今度は立ち上がって部屋を行ったり来たりしてしまう。
頭の中は、いかにミュウを見つけるかで一杯である。
「あのねナオヤ君、悪いけど今は気をしっかり持ってちょうだい」
ネージュが「これはマジでヤバそうだわ」と思ったらしく、少し語気を強めた。
「ダークロードは豪快な方だけど、ナオヤ君が補佐しないと、全員この先どうなるかわからないわ。なにしろあのお方は、あたし達の進言なんかまっったく聞きませんからね。ということは、唯一ダークロードが気を許すナオヤ君の判断一つで、あたし達はおろか、魔界の命運まで左右されるかもしれないってこと!」
「……そ、そうだな」
いきなりプレッシャーをかけられ、俺はようやく足を止めて深呼吸した。
だ、大丈夫だ……ミュウのことだ、そのうちひょっこり出てくるはず――だ。




