約束の時間
もちろん、愚痴ったところでやらねばならないのは同じことで、俺達は一晩だけこのホテルに泊まって、翌日から早速、そのろくでもない地下迷宮とやらに向かうことに決定した。
つっても、すぐに風呂入って休めるわけじゃなく、あの後も俺は魔界本国と連絡を取るために適当な使者を出したり、あと砦に残してきたギリアム達にも経過報告を兼ねた使者を出している。
ついでに、現在のレージ軍の動きを探ってもらうために、間諜の手配をしたりと――いやもう、目が回るような忙しさだった。
肉の盾の頃は、上官は全員、目を開けたまま寝てるようなヤツばかりだったんで、軍の高官ってのはよほど暇な地位だろうと思ったのに、なんだこれ。
まあ、忙しいのは自業自得かもしれんけどさ。
ひょっとして、余計なこと考えず、俺も昔の上官みたいに、なーんも考えずにメシ食って寝ちまえばいいのかも。
……とそう思うだけで、やはり俺は考え得る限りの手を全部打っておく。
途中、見かねたローズが手伝ってくれて、間諜やら使者の手配やらをやってくれたから、それで助かったようなものだ。
最初、このねーちゃんが密かに向けてくる敵意にげんなりしていたのだが、このところ、その敵意も薄れてきているように思うな。
夜――ホテルの廊下でさりげなく、「なにか心境の変化でも?」と尋ねてみたところ、「兄もそうですが、私も相手の実力は素直に認めていることにしているのです」と言われた。ローズらしく、気をつけの姿勢で。
……それって俺のことをちょっとは認めてくれたってことか。
もしかして、昼間にステータス画面を見たせいかね。
俺がそう思ったのが顔に出ていたのか、ローズは堅苦しい顔で言葉を重ねた。
「拝見したステータスのことだけではありません。これまでのところ、戦士将の判断は全て魔界と陛下の御為になることばかりだと思います」
正直なローズはそこで苦しそうに付け加えもした。
「……ただし、やはり私は、魔王自らこんな旅に同行することには、賛成できません」
俺は頷き、そっと廊下を見渡してから、ローズに忠告しておいた。
「ローズの意見は正しい。良否でいえば、そりゃマヤ様は帝都で動かないのが最善だろう。しかし、マヤ様の性格は今更変えられないし、俺もどうしても止める必要がある時以外は、余計な口出しするつもりはないよ。だいたい、魔王ってのはわがままだと相場が決まってる気もするしさ」
最後は冗談交じりに言って、さりげなく忠告しておいた。
「とにかく、俺に意見を具申するのはいいけど、マヤ様に直接は駄目だ」
「わかっています……私も、こんなことで二つ割りは嫌ですから」
そこで微かに苦笑らしきものを浮かべかけ、慌てたようにまた真面目な顔に戻った。
「……それと、出陣の時にかばってくださって、感謝しています。今まで、どうしても素直に言えずにいましたけど」
「いや、それが上官の責任だし。責任者は責任取るためにいるらしいからな」
……俺の見たアニメのキャラが言ってたことだけど。
「とにかくじゃあ」
俺は、今更ながらに金髪碧眼の美女(十六だけど)と二人きりという事実を意識し始め、話を切り上げることにした。
「今までギスギスしてたのは忘れて、和解できたってことでいいよな」
「……戦士将と二等戦士の間で、和解というのは不適当な言い方の気はしますが」
ローズは珍しく、笑顔に近い穏やかな表情を見せていた。
「そう仰ってくださるなら、嬉しいことです。……では、お休みなさいませ、ナオヤ・マツウラ戦士将!」
最後に綺麗な魔界式の敬礼をして、ローズは廊下を歩き去った。
歩き方までキビキビしてて、どっちが上官かわからん。
今ローズが行った方角は、浴場の方だというのは置いて。
――休む直前のこの時までは、少なくとも俺にとってはそう悪い日でもなかった。
なんとなく、ユメとの戦いの突破口が開けた気がしてたしな。
それでも完全に明るい気分になれなかったのは、砦に残した仲間、とりわけミュウのことが気になっていたからだ。
ミュウが目覚めて元気そうだったら、すぐに連絡くれと言い置いて出てきたのに、未だになんの連絡もない。
まさか、未だに目覚めてないってことはないよな。
むらむらと悪い予感がしかけて、俺は慌てて首を振る。いい加減、部屋に戻って眠るかと思ったが……そこで、いきなり背後から囁かれた。
「約束通り、よいものを見せようぞ」




